表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/101

7.宿屋ギルドのヴァネッサ(前編)

 数日後。ジゼルは宿屋の裏で錬金釜を洗っていた。


 錬金釜は頻繁に洗うようなものでもなく、中身を空にして拭くだけの人も多い。


 ジゼルの場合は、仕事で使うものなら二ヶ月に一度、個人の釜は半年に一度くらいのペースで洗って影干ししている。大体二日。休みの日に行う。


 綺麗にする意味もあるが、錬金釜を休ませる意味の方が強い。

 他の錬金術師からはバカにされがちだが、錬金釜は自分の相棒みたいなものだ。休みなく働かせていては疲れてしまう。



「よいしょっと」

 個人所有の小さめの錬金釜を四つ。

 洗い終わったら乾いた布で軽く水気を拭き取る。水が垂れてこなくなったら、専用の箱に並べて置く。親父さんが作ってくれたものだ。


 今まで使っていた錬金釜は三つ。飴などの口に入れるものを作る用が二つと、それ以外のものを作る用に分けていた。


 干してあるもののうち一つは予備だったのだが、しばらくは錬金釜の稼働率が高くなりそうなので思い切って予備も使い始めることにしたのだ。


「これでオッケーっと」

「ジゼル、今ちょっと時間いいかい?」

「大丈夫ですよ。廊下のモップがけですか?」

「そっちはもう終わっているから大丈夫。実はジゼルに話があるって、ヴァネッサ婆が来ているんだ。客間で待って貰っているから来てくれる?」

「私に? なんだろう。すぐ行きます」


 荷物を片付け、客間に向かう。

 客間といっても来客応対専門に作られたものではなく、普段は親父さんと女将さんの休憩スペースとして使われている。食事を取るのもここだ。


 入り口に入ってすぐ横にあり、ドアは厚めだが小窓が付いている。

 来客中は小窓を閉めて声が漏れないように、普段は小窓を開けておいてお客さんが来たらすぐ分かるように、と使い分けている。


「失礼します」

 ドアをノックしてから部屋に入る。


 ソファには杖を持ったおばあさんと若い女性が腰掛けていた。おばあさんがヴァネッサで、若い女性はお付きの人なのだろう。ぺこりとお辞儀をする。


「ああ、あんたがジゼルさんかい? 話は女将から聞いているよ。娘みたいに可愛くて仕方ないってね。この飴をもらう時もそりゃあ自慢話が長くて長くて。だからあたしも息子の嫁自慢で応戦するんだけど、そしたら南から来た宿屋の親父が割り込んで孫自慢を始めてねぇ。それでうちの息子の嫁なんだけど」


 義理の娘自慢が始まりそうなところで、お付きの女性が大きめの咳払いをする。


「ギルドマスター、本題に入ってください」

「そうだった。なかなか結婚しないと思ってたらいい子を連れてきたもんだからついね」

「はいはい。お嫁さんの話はまた今度にしてください」

「今日はあんたをスカウトに来たんだ。……ジゼルさんや、あんたさえよければ宿屋ギルドに入ってくれないか?」

「宿屋ギルドに、ですか?」


 想像と違う切り出しに目を丸くする。てっきり錬金飴の話がされるのだと思っていたのだ。


 驚くジゼルに、宿屋ギルドのマスターはにいっと笑う。


「女将にはすでに話したけれど、この宿の規模ならまだ職員数の追加が可能だ。追加料金もない」

「我がギルドに所属していただけた場合、錬金ギルドに所属していた時同様、身分証明書が発行され、税金・通行税などの優遇が得られます。ですが、現状では他ギルドに所属した場合との差はありません」


 身分証明書と言われてハッとする。


 錬金ギルドをクビになったからには、一ヶ月以内に他のギルドに所属するか国に申請する必要がある。村にいた頃は申請も更新も全て父がまとめて行ってくれていたため、すっかりと失念していた。


 税金優遇などはギルドの規模によってまちまちで、主にギルドが納めている税金額によって変わる。『精霊の釜』は大手ということもあり、売り上げと納税金が高いため、ジゼルはかなりの優遇を受けていた。


 ちなみにギルドに所属していない個人の場合はやや高く付くが、ギルドに入るにも諸々の条件だったり入会費やら維持費を取られることもあるので、どちらを取るかは自由である。


 なので彼女の言う通り、無理に入る必要はない。

 他のギルドに入っても個人で申請しても似たようなものだ。


「だが錬金飴を本格的に売り出すことを考えれば話は別だ。宿屋ギルドなら商業ギルドのマスターと直接連携ができる」

「本格的に売り出す、ですか」


 この宿屋で売ることは了解している。

 だが宿屋ギルドのマスターは国内外で売ることを視野に入れている。


 あまりにも大きな話で頭がついていかない。ジゼルの口からは「はぁ……」とため息にも似た、気の抜けた言葉しか出てこない。


 彼女はそのまま話を続けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ