6.配達ギルドのドラン
案内を人数分より少し多めに書き、ペンを置く。
先ほど飴を入れた瓶を一つだけ手に持って部屋を出た。
夕食の準備には間に合わなかったが、後片付けには間に合う。皿洗いくらいはさせてもらわねば。
親父さんに飴瓶を渡し、なんとか手伝いをゲットしたジゼルはせっせと働いた。
寝る前には手紙の返事を書く。
といっても一人一人は非常に短い文になってしまったのだが。翌朝には全員分の手紙を完成させていた。飴を同封するのも忘れていない。
手紙を抱えて部屋を出れば、女将さんとパン屋のおばさんとばったり出会った。
もうパンの配達の時間だったらしい。明らかに徹夜した顔のジゼルに二人揃ってギョッとする。
「ジゼルちゃん、頑張りすぎよ」
「つい気合いが入っちゃって。おばさん、これが昨日お伝えした飴です」
「ありがとう。パウンドケーキはもう渡してあるから、おやつの時間に食べてちょうだい」
「おやつの前にしっかりと休みなさいよ?」
「これを頼んだら一眠りすることにします」
「それがいいわ」
「いってらっしゃい気をつけてね」
「はい~」
飛び出そうになるあくびをかみ殺しながら、馴染みの配達ギルドへと向かう。
窓口にいたのはやはり馴染みの男の子、ドランだった。
ジゼルが王都に来た二年後にやってきた青年だ。年はジゼルと同じなのだが、年のわりにはかなりの小柄で、ジゼルと二人で『市場の孫』扱いを受けている。
市場に行けばおまけを付けてもらい、ホクホク顔なところがまた可愛いのだとか。
早朝から昼にかけて窓口にいることが多く、通勤前に宿の荷物を頼みに来ることのあるジゼルは彼と度々顔を会わせてきた。
そんな彼だが、国内に五人といないドラゴン使いの一人でもある。ギルド内には彼の相棒のドラゴンがいて、何度か飛んでいるところを見たことがある。
普段の姿からは想像できないほど格好よかったのをよく覚えている。
「これ馬車便でお願い」
「すごい量だな。しかも全部ジゼルが書いたのか」
「そうなの。夜通し書いたから眠くって。それで、全部でいくらになりそう?」
「ちょっと待ってろ。確認してくる」
ドランが担当するドラゴン便は早いが、目が飛び出そうな値段がする。
ちなみに価格は早さと安全面と比例している。上から順に、ドラゴン便・飛鳥便・走鳥便・馬車便がある。
ドラゴン便は大陸のどこにいても一日以内に届くことが一番の売りである。またドラゴンの鱗で包まれた特別製のバッグに入れて運ぶため、荷物には傷一つつくことはない。
値段は平民の年収が数年分軽く吹っ飛ぶ程度であることから、貴族でもなかなか利用する機会はない。
王都に住んでいてもその姿を見るのは一年に数回あるかないかくらいなものだ。
一般的に利用されるのは一つ下のランクの飛鳥便。
魔物の飛鳥族とテイマーが荷物を運んでくれる。飛鳥族はドラゴンの半分くらいのサイズの超大型から手乗りサイズまで存在する。
値段は身体の大きさに比例しており、手乗りサイズなら単独で贈り物を届けてくれる。
大きな飛鳥族は大きめの荷物の運搬や貴族が手紙を送る際によく利用される。
小型の飛鳥族は、手紙サイズなら走鳥便よりも安価かつ素早い配達をしてくれる一方で強奪などの危険を伴う。
そのため平民が簡単な手紙を近場に送る際に利用することが多い。
残るは走鳥便と馬車便だが、この二つの違いは日数のみ。
どちらも荷馬車を引っ張って陸地を進む。頼める荷物のサイズも大体同じくらいで、値段の差もせいぜい銅貨三枚ほど。そこまで差はない。
とはいえ手紙を返す量を考え、銅貨一枚だろうと節約したいジゼルは迷わず馬車便を選んだという訳だ。
「銀貨八枚と銅貨四枚だな」
「さすがに高い……」
「量が量だからな。これでもお得意様割引を適用してやったんだぞ? ところで貴族達に手紙なんか出してどうするんだよ。まさか錬金ギルドを辞めて、どこかで店を開くつもりじゃ……」
わざとらしくぷるぷると震えるドラン。
絶対外れる冗談のつもりで言っているのだろうが、残念ながら半分当たりである。
「ギルドを辞めた、というよりも辞めさせられたのは事実だけど、しばらくはこのまま宿屋においてもらうつもり。これは全部届いた手紙の返事なの。錬金術で作った飴を売ってほしいって言われて」
ジゼルの言葉に、ドランの顔色が一気に変わった。
「辞めさせられたっておまっ、そんなに軽く言うことじゃないだろ! 何か変なことされてないだろうな!?」
カウンターから身を飛び出し、ジゼルの両肩をガッと掴む。
普段からドラゴンの世話をしているドランの力は見た目以上に強い。すごく痛い。
だが痛いから離してくれと言える雰囲気ではない。小さく揺られながら事情を説明する。
「急にクビって言われただけだよ。それに辞めさせられたのはショックだったけど、ありがたいことに心配してくれる人もこのまま置いてくれる人も、私の作ったアイテムを喜んでくれる人もいるし。先にこっちかなって」
言い終わると、ゆっくりとドランの手が剥がれていった。
同時に彼の肩はストンと落ちる。深いため息もセットで。
「そういえばジゼルってこうと決めたら突き進むタイプだったな……。まぁこの先、働き口と住む場所に困ったらうちに来ればいい。うちのギルドの寮は錬金ギルドの数倍は立派だからな。風呂もある。でもジゼルが寮は嫌っていうなら、家を買ってもいい。少し離れているが、城門の近くに広めの土地が空いていて……」
「ふぁあああ」
力が抜けた後で残るのはドランの手の温かさだけ。
眠気マックスのジゼルにはとても心地よいものだった。思わず会話の途中で大きなあくびをしてしまうほどには。
これでもかと口を開いたジゼルに向けられるのは、ドランからの冷ややかな視線だった。
「俺、今大事なこと言ってたんだが」
「ごめんごめん。安心したら眠くなっちゃって。配達ギルドの寮とお風呂が立派って話だよね」
優しくしてくれる人は多いが、一番落ち着くのは女将さんと親父さん、ドランと共にいる時である。
女将さんと親父さんは王都に来てからずっと一緒だから。
ドランは多分、年と目線が近いからだと思う。ジゼル自身もよく分かっていない。
「やっぱり聞いてねぇ……。まぁ王都に残るならいいか」
「うん。しばらくはこのまま残るし、これからは今まで以上に配達ギルドのお世話になることになるかも」
「そっか。安くしてやるから俺がいる時に来いよ」
「早朝は空いてるもんね。じゃあ、私、帰るね」
「今度はちゃんと寝てから来いよ」
「あははは」
軽く笑い飛ばし、宿に戻る。
すると親父さんが朝食を用意しておいてくれた。
半熟の目玉焼きとベーコン、トーストにオニオンスープとジゼルの好物ばかりだ。
しかもベーコンは三枚もある。ジゼルはいつものようにベーコンで目玉焼きを包み込み、トーストに載せてから頬張る。
美味しさが大渋滞を引き起こして、心の底からの幸せを実感するのである。
朝食後のお皿を洗い終わった後、幸せを胸に抱いたまま、ふかふかのベッドに潜り込むのだった。