10.地位も名声もいらない
「つまりあなたが言いたいのは、ランプを作った方が地位や名声、お金が手に入るってことですよね?」
「ああ、そうだ。一度見れば誰でも君のランプの虜になる。ギルドを辞めた今、国外にもその才能を見せつけるチャンスなんだ。国外にアプローチする際には最高の通訳と交渉人を用意すると約束しよう」
「ですが私の意見は変わりません。地位や名声はいりませんし、お金も身の丈以上に欲しいとは思いませんので」
「ならせめて錬金飴とランプのどちらもを売りにすればいい。ランプの方に客がつくか心配なら私がパトロンに!」
「結構です。冒険者向けのランプのように、シンプルなものを売るだけなら検討の余地はありますが、受けた依頼に合わせて作るほどの余裕はありません。あいにくと私は器用ではありませんし、それらを捌くだけの技量もありませんので」
「君は優秀な錬金術師だ! 今までだって多くの物を作り出してきたではないか!」
「私が未熟であることは他ならぬ私が一番理解しています。未熟なりに小さな小さな努力を重ねてきましたし、これからもそうでありたいと思っています」
今の生活はジゼルによく合っている。錬金ギルドにいた頃よりも自分らしい自分でいられる。
もちろん錬金ギルドに所属した方が安定しているし、この先仕事に困るようなこともなくなる。こうしてよく分からないお客さんが突撃してくることもない。
だが日々たくさんの声が届くのだ。
錬金ギルドにいた頃は聞こえなかった、ジゼルの作ったアイテムで小さな幸せを手に入れた人達の声だ。
腕が上がるようになった。
腰痛が楽になった分、眠れるようになった。
目がまわるほど忙しくても、飴を舐めれば少しだけ楽になる。
錬金ギルドにいた頃は聞くこともなかった言葉に、ジゼルはたくさんの元気をもらってきた。
固定の部分はスタンプで楽できるようになった分、それ以外の部分でジゼルは彼らに思いを伝えてきた。
目の前の彼はランプと、その製作者であるジゼルを優秀だと称するが、別に優秀でなくてもいいのだ。
一番の錬金術師になりたくて大手錬金ギルドに所属していた訳ではない。
地位や名声を求めるのなら、ジゼルは長年初級魔法道具なんて作っていなかった。
今も以前も根幹にあるのは何も変わらない。
ただただ誰かに喜んでほしい。
未熟でも錬金術師としてのプライドはある。
納得できないものは渡したくないし、相手が不満に思うようなものも同じだ。
自分よりももっと優れた物を作れる人がいるのであれば、ジゼルは迷いなくそちらを勧める。嫌味などではない。その方が互いのためになると信じているからだ。
「私には荷が重いので、他の方にご依頼ください」
深く、深く頭を下げる。
男は今にも溢れ出しそうなほど目に涙を溜め、叫んだ。
「なぜ君が、君のランプの素晴らしさを理解しようとしないんだ!」
いきなりの大きな声に身体がビクンと跳ねた。
途端にたーちゃんが机の上にヒョイっと移動する。
「じぜるのことおいじめるならかえってぇ」
「虐めてない。俺はただ、少し前と同じように眠りたいだけなんだ!」
「お前の事情なんて知ったことか。ジゼルを怖がらせる奴はこの場所にいる資格はない」
「今も仕事の邪魔をしている自覚はある。俺だってランプさえ手に入れば……」
「ランプくらい他の奴に頼めばいいだろ」
「ランプくらい、だと?」
ドランの言葉に、男の目の色が変わった。泣きそうな顔から一点、氷のような鋭い目つきへと変貌する。ドランも応戦する気満々。たーちゃんはジゼルを守るようにぺったりとへばりついた。
先に飛び出したのは男の方だった。
「君はジゼルのランプの魅力を全く分かっていない! ああ、城からいくつかランプを持ってくればよかった……まぁいい。説明するから心してよく聞け」
「は?」
「いいか? ジゼルのランプは芸術性が高く評価されることが多いが、やはり一番は機能性だ。ランプとしての使用感を徹底的に追求することでよりユーザーに寄り添ってだな」
どうやらドランは彼の加速スイッチを押してしまったらしい。男はジゼルのランプがいかに睡眠に適しているか語り出す。
ドランが動けば無表情で目を見開き、「ちゃんと聞け」と両肩を押さえて座らせるのだ。怖い上になかなか厄介な客である。
それでも無理矢理追い出そうとしないのは、興奮した男が時たま口にするワードが引っかかるから。
『城』『父上』『国を支える者としての責務』『一年に一度』『家族全員』
一つ一つは些細なものだが、いずれも王家を想像させる言葉だ。
ドランもたーちゃんもそれに気づいているのだろう。触ると厄介だと思っているだけかもしれないが、静かに話を聞いている。
夜のルーティンだのを話し始めたあたりからドランの目が死に始めた。ジゼルも遠い目をする。
思い出すのは王家からの依頼のこと。
そういえば二番目の王子のランプ依頼には毎回『眠りへと誘ってくれるもの』というオーダーがついていた気がする。
姫様の依頼のインパクトが強いのと、ベッドサイドに置くものかとサラッと流してしまっていたため、深く考えたことはなかった。実際、毎回リテイクも苦情もなかった。
話が進む度、より確信に近づいていくが、これ以上考えるのは危険だ。
王家の人間がお忍びで依頼に来たなんて考えたくもない。




