7.クッキーとお酒
「ジゼル、来たぞ~」
「入って入って。もういくつかできてるんだ」
ドワーフの里からドランが帰ってきた。
朝、錬金飴の配達を頼みに配達ギルドに行った際、一度会っている。昼過ぎくらいに来ると聞いて、少し部屋の整理をしておいた。
といってもドランがくつろげるスペースを確保したくらいなものだが。
ジゼルは一旦作業の手を止め、ドランを部屋に招く。
「前来た時よりも色々増えてるんだな」
「釜も増えたし、材料も買いだめしてるから」
「でもジゼルらしい」
「自分でも気に入ってるんだ。あ、適当に座ってて。今やっている分が終わったらフルーツサンドとお茶もらってくるから」
「どらん、ここどうぞ~」
たーちゃんはクッションを手に、空いている椅子に誘導する。その間にジゼルは再び釜の前に戻る。
今作っている錬金飴の作業がもう少しで終わりそうなのだ。ガラス玉も同じくらいにできあがる予定。キリのいいところまで済ませておきたい。
慣れているドランは「わかった」と短く返事した。
「フルーツサンドなら親父さんがあとで持ってきてくれるって。さっき会った」
「あとでお礼言わなきゃ」
「お礼といえば、おじさんにフルーツサンドくれたんだってな。すごい喜んでた。あの人、甘いものに目がないから」
「おじさん?」
「俺がいない間、配達ギルドに来てたドラゴン使い。遠縁の親戚なんだ」
「そうなの!?」
「においにてたよ~」
「知らないで渡したのか?」
「だってドランいなかったし、クッキーのお返しに渡せそうなものがフルーツサンドしかなかったから。それに、フルーツサンドの入った籠をすっごい見てたし」
それはもう熱烈な視線を感じた。
一応の礼儀として、ドランに渡そうとしたものであることを伝えた上で渡したのだが、あれは喜んでる時の反応だったのか。ほとんど表情が変わらないから気付かなかった。
「おじさん、ほとんどしゃべんないのに視線はうるさいもんな……。気を使わせて悪かった」
「ううん。気にしないで。喜んでくれたならよかった。といっても作ったの親父さんなんだけど」
「くっきーもおいしかったねぇ」
「ね~。ドラゴンのイラストも可愛かったし」
たーちゃんはあの時もらったクッキーを思い出しながら、身体を左右に揺らす。
あのクッキーは美味しかった。同じドラゴンのクッキーでも練り込まれているチョコが違って、たくさん入っているクッキーもペロリと食べてしまった。ジゼルとたーちゃんだけではなく、親父さんと女将さんもパクパクと食べていたものだ。
「お菓子作りが趣味なんだ。普段は王都なんて寄り付きもしないのに、ジゼルが錬金飴を売り始めたって話した時はお菓子屋さんを開いたんだって勘違いして買いに来ようとしたくらいだし。錬金飴も気に入っててさ、毎月送るように言われてるんだ」
「そうなの?」
「ドラゴンの籠の方からいくつか取り出して送ってるんだ」
「今度から別に用意しようか?」
「大丈夫。あいつ、おじさんとこのドラゴンを弟分みたいに可愛がってるから。二人に分ける分はまた別に確保してるんだ」
「なかよし? たーちゃんとじぜるといっしょ?」
「ああ、そうだな」
そんな話をしながらコンロの火を消し、ガラス玉を取り出す。
その後、穴あきお玉に手を伸ばす。残りの釜から飴をすくい、バットに入れる。カートに積み終わると、ドランがドアを開けてくれた。
「ありがとう」
「俺も持っていこうか?」
「ドランはお客さんだから待ってて」
「たーちゃんがおあいてするね」
「よろしくね」
そう告げてから部屋を出る。部屋とキッチンを往復して、できあがった分の飴を乾燥台に置く。
すると親父さんが台の横からひょっこりと顔を出した。手にはフルーツサンドの載ったお皿がある。
「ジゼル、フルーツサンドできてるぞ」
「わぁ美味しそう」
「俺がお茶を持っていくから、ジゼルはフルーツサンドを持ってくれ」
「分かりました」
一緒に部屋まで運んでもらい、テーブルの上に置く。
紅茶を注げばおやつセットの完成だ。
「親父さん、ありがとうございます」
「ジゼルからずっと留守にしていると聞いていたから、久しぶりに会えてよかった」
「ドワーフの里までドラゴンのブラシを作ってもらいに行ってたんです。あ、そうだ。これ、親父さんに。ジゼルにはこっちな」
ドランはポケットから小さな小瓶とメモを取り出した。
メモには商品名と金額がずらりと並んでいる。以前ドワーフが話していたものだ。早速用意してくれたらしい。
瓶の中身に覚えはない。
ラベルはなく、シンプルなガラス瓶には透明な液体が入っている。
親父さんもジゼル同様、しばらく首を傾げていたが、思い当たるものがあったようだ。ハッとした表情で瓶に手を伸ばした。
「ドワーフの自家醸造酒か!」
「はい。料理酒にもいいそうで」
「ドワーフが酒を譲ってくれるなんて……悪いな」
「ジゼルが仕事を引き受けてくれたお礼みたいなものですけどね」
ドランはおどけたように笑った。
ドワーフの自家醸造酒は通常手に入らないものらしく、親父さんは感動したようにふるふると震える。そして何を作ろうかと考えながらジゼルの部屋を後にした。その背中からは幸せが溢れている。
お酒を譲ってほしいと伝えたのはドランだが、自分もきっかけの一つになれたことが嬉しくて、ジゼルの頬も緩んだ。
「ジゼルがいない内にたーちゃんから聞いたんだけどさ、もう結構な数作ってくれたんだってな」
「作り慣れてるし、瓶作るより楽だから」
「本当は、相談もなくおやっさんを連れてきたことを怒ってるんじゃないかって思ってたんだ。錬金飴の生産が軌道に乗ってきたところだし、邪魔してるんじゃないかって」
「ドランの紹介だもん。少し調整するくらい全然迷惑じゃないよ」
「ジゼル……」
作るものの形も材料も明確な分、ドラン達が帰ってからすぐに作業に取りかかれた。
始めてみれば想定よりも早いペースでの作成が可能で、錬金飴作りとの平行作業にも問題なし。
想定よりも早い分、部屋に溜まっていくのも早く、場所の確保がやや大変だったくらいなものだ。
「ドランは前に私が頼ってくれて嬉しいって言ってたけど、私だってドランが頼ってくれたら嬉しいし、役に立ててよかったな~って思う。ねぇたーちゃん」
「うん、どらんはじぜるこまらせないってたーちゃんしってる」
「そ、そうか……」
ジゼルもたーちゃんも心からの言葉を伝える。
ドランは恥ずかしそうにほんの少しだけ視線を下げ、けれども嬉しそうに赤く染まった頬を掻く。
「だからもっと頼ってね」
「ジゼルも。なんかあったら俺を頼ってくれよ?」
「じゃあ食べ終わったらガラス玉運んでもらおうかな~」
「それくらいお安いご用だ」
甘えたように両手を頬の前でパチンと合わせる。たーちゃんがおねだりする時のポーズである。
ドランはフッと笑ってから「運ぶ度に何かもらおうかな~」と、ジゼルのノリに付き合ってくれた。
ドランは二日に一度来て、三回で依頼分のガラス玉を持って行ってくれた。
完成したガラス玉は合計五十七個。
少し多いが、足りないよりはいいと全て持っていってもらうことにした。不要なら持って帰ってきてもらうように伝えてある。余ったら溶かして瓶に使うつもりだ。
またメモの最後に書かれていた『ジゼルの判子』も一緒に渡す。作ったグラスの底に、自分の名前と一緒に押したいようだ。
こちらで作ることも可能だと書かれていたが、折角の機会だからと作ってみることにした。思いのほか、上手くできたのではないかと思っている。