6.ドワーフからの依頼
「ジゼル、ちょっといいか?」
「ドラン! 帰ってきてたのね」
「何度も来てもらったみたいで悪かったな。フルーツサンドも食べたかった……」
「ううん。フルーツサンドはまた作ってくれるって親父さんが言ってたよ。ところで、そちらの方は」
十日ぶりに会うドランは見知らぬ男性を連れていた。
人族ではなく、ドワーフだ。立派に蓄えられた髭に尖った耳、がっしりとした身体付きですぐに分かった。
「彼は俺の知り合いのドワーフ。ドラゴンのブラシを作ってくれているドワーフの弟さんで、今日はジゼルに話があるっていうから連れてきたんだ」
「私に?」
「これを作ったジゼルっていうのは嬢ちゃんだよな?」
ドワーフが担いでいた袋から取り出したのは、まさしくジゼルの作った瓶である。まじまじと見るまでもない。なにせ数日に一度は必ず作っているキャンディボトルなのだから。
「じぜるのびんだぁ」
「はい。私が作った瓶で間違いありません」
「俺はガラス細工を専門にしててよぉ、お貴族様の依頼を受けた時、綺麗だからってんでこの瓶をもらってきたんだ。そしたら耐久性もよくて、冷たい酒を入れてもぬるくならねぇ。こいつでグラスを作りたい! と思ってた矢先にドラゴン使いの坊主が錬金術師と知り合いだって聞いてな、急いで村から飛んできたってわけよ」
入手経路はともかく、酒を入れたのか。
ステファニーから提案されたランプとしての使用も予想外だったが、今回はそれをさらに上回る。
保冷効果があるなんて、ジゼル本人も今の今まで知らなかった。
酒好きのドワーフならではの発見だ。
「それで話っていうか相談なんだけどよ、この瓶に使っているガラスを売っちゃあくれねぇか?」
「ガラスを、ですか?」
そんな依頼初めてだ。
アイテムを作るのが錬金術師であって、素材のことは今まで深く考えてこなかった。
とはいえジゼルの場合、ガラスも完成品を買ってくるのではなく、錬金術を使って作成している。すでに一つのアイテムとして完成しているといえば完成している。
こういう売り方もありなのだろうか。少し考え込む。
するとドワーフはジゼルがガラスの販売自体を渋っていると受け取ったらしい。
「近々うちの里でドワーフとエルフの会合が開かれるんだけどよ、今回の開催は俺らの村なんだ。十五年ぶりってんでみんな張り切ってて、俺もなんか特別なものを用意しようって考えた時、このガラスで作ったグラスが頭に浮かんだって訳だ。綺麗なものに目がないエルフ達はもちろん、ドワーフだってきっと目ん玉飛び出すくらい驚くぞ!」
詳しい事情とジゼルのガラスの凄さを熱気の篭もった言葉で語ってくれる。
職人ならではの視点でガラスの密度や光沢について語られるため、ジゼルにはよく分からない部分も多い。
だがいくら知り合いの知り合いとはいえ、ドワーフの里は王都からかなり離れている。そんなところからわざわざやってきてくれたのだ。その熱意は間違いなく本物だ。
ドランが付き添いで来るほどに親しく、ガラス作りなら錬金飴の作成を止めずに済むというのもジゼルとしては嬉しい点だ。
数日前のようにトラブルの心配をしなくて済む。
「会合はいつなんですか?」
「半年後だ。作業日程を考えて、二ヶ月後までには手元に欲しい」
「なるほど……。錬金術以外で加工することを前提として作っていないので、普通のガラスを加工するよりちょっと大変になってしまうとは思います。それから納品するときの形なのですが、小さい釜で作るので大きめのガラス玉みたいになってしまいます」
このくらい、と手を使って大きさを表す。
物を見てやってきたとはいえ、瓶として加工したものとガラスとでは状態が異なる。この二点は承知しておいてほしいところだ。
「そこは職人の腕の見せ所だ。どうせ溶かしちまうから、量さえ確保できれば形はなんでもいい。そのサイズなら五十くらい欲しい。一個、金貨十枚でどうだ?」
「金貨十枚……」
コンロ一つをガラス玉製作用にして、飴作りと平行させて行えば、五日もあれば余裕で終わる。作ってみた感じで前後するかもしれないが、形は違えど作り慣れたもの。もっと早く終わる可能性もある。
残る問題はお金の方である。
一つあたり金貨十枚で五十以上作るとなると、最低でも金貨五百枚の支払いがある。
宿屋ギルドと『満月の湖』とのやりとりを経て、多少の金額なら尻込みすることはなくなったジゼルだが、少し気になることがある。
「少ないか?」
「あ、いえ。値段はそれで大丈夫です。ただ……」
「ただ?」
「できればお金じゃなくて、何か物としていただくことはできますか? 例えば錬金釜とか」
「なるほどな。それで構わねぇよ。今度、金額と商品名を書き出して送る」
「助かります」
「どういうことだ?」
「じぜるおかねじゃないほうがいいの?」
ドワーフにはすぐにジゼルの意図が通じた。
だがドランとたーちゃんは不思議そうに首を傾げる。
「ガラス玉として売ると商業ギルドを通さなきゃいけなくなるから、物々交換したってことにしたいなぁって」
「継続するなら申請は必須だが、一回きりなら申請出すのも取り下げるのも面倒だからな。申請しておけば金を取りっぱぐれた時の保証もあるからすっ飛ばすのは善し悪しだが、仲間内じゃあよくやるな」
「へぇ」
取引額が大きければ大きいほど、商会ギルドに支払う額は増える。
手続きをするにしても初めてなので、そこでかなり時間を取られてしまう可能性もある。
そこを省略してしまおうというのだ。
といってもジゼルがこんな提案をしたのは、目の前の彼がドランの紹介だから。
ドランの知り合いなら信頼できるし、金貨五百枚を使い切るほど買いたいものもある。
ドワーフのアイテムは鍛冶・宝飾品分野で抜きん出ているのだ。
例えば錬金釜。
通常の錬金釜のうん十倍はするが、手入れ次第で何代にも渡って使えるのだと。アイテムの出来も数段変わってくるともっぱらの噂である。
一流の錬金術師は必ず一つは持っているのだとか。
ジゼルもひそかに憧れを抱いていた。
「錬金釜だけじゃまだ余るが」
「大丈夫です。買いたいのは色々あるので! あ、もちろんはみ出た金額はきっちりとお支払いします」
「おう」
親父さんはドワーフの包丁が欲しいと言っていたから、包丁も欲しい。
それから目の前の彼は細工品が得意とのことだから、女将さんにはガラス細工がいいか。自室用の花瓶とか水差しとか。日々の生活の彩りになりそうなものが欲しい。
毎年二人の結婚記念日には色違いのものを用意していた。だが今年くらい別々でもいいかもしれない。
悩んでいた結婚記念日の贈り物も解決し、ドランの役にも立てて、ジゼルはすっかりとほくほく気分だ。頬も自然と緩んでしまう。
「交渉成立、だな。数が揃ったらドラゴン使いの坊主に渡してくれ。ドラゴン便の金はもう払ってあっから」
「重いしかさばるから、俺がちょくちょく取りに来て配達ギルドで保存しておく」
「ありがとう」
「どらんあそびにくるのうれしいねぇ」
「遊びじゃないけどね」
「似たようなもんだ」
だが置き場所を考えなくてもいいのは助かる。
足下に置いておいたのを忘れて躓いたら一日中へこみそうだ。飴を運んでいる最中ならへこむどころの話ではない。
ありがたくドランの好意に甘えることにした。
「あとよ、肩こりの飴? っつうのを買ってこいって母ちゃんから言われてんだわ。いくつか売ってくれねぇか?」
「瓶入りと一個売りのどちらにしますか? 瓶入りだと十個入って銀貨五枚、単個だと一個あたり銅貨五枚になります」
「瓶入り一択だな。嬢ちゃんの瓶はいくらあってもいい。それを一個くれ」
「おやっさん、疲労回復もオススメです」
「ん? じゃあそれも瓶でもらってくかな」
「肩こりと疲労回復が一瓶ずつですね。合計金貨一枚になります」
「金貨一枚だな。あいよ。んじゃあ、俺は酒場に行く。坊主、また明日な」
お代を支払ったドワーフは錬金飴を袋に入れ、颯爽と去って行った。王都の酒を堪能するのだろう。
ドランは「ここでも酒か……」と少し呆れたようだったが、ドワーフに酒を我慢しろなんて酷な話だ。
「俺は明日おやっさんを送らないとだから、また留守にするけど、明後日にはまた顔を出すから」
「フルーツサンド、用意してもらっておくね」
「別にフルーツサンドがなくても来るぞ」
「あった方が嬉しいでしょ?」
「そりゃあな」
「たーちゃんもたべるよぉ」
困ったように眉を下げるドラン。
何もなくてもドランが来てくれることくらい、ジゼルだってちゃんと分かってる。
けれど今度こそゆっくりとおやつを食べながら、おかえりなさいと伝えたいのだ。