4.こないでくださぁい
「私はもう『精霊の釜』を抜けておりまして、ランプの生産依頼は受けていないんです」
「なんですって!?」
「なんとかならないのか?」
気に入ってもらえるのは生産者としては嬉しい。
だが個別の依頼は可能な限り受けたくない。『満月の湖』の依頼を受けたのは、宿屋ギルドのマスターからのお墨付きがあったから。
名の知れたギルドであることから、変な依頼はしてこないだろうと踏んでのことでもある。
出会った日に前のめりになっていたことから、支払いの心配もなかった。話し合いの時間や製作時間もジゼルに合わせてくれたのも嬉しい点だ。
なによりボトルのデザインの違いはあるものの、あくまでも注文の品は錬金飴。
空き瓶をどんな使い方をしようと、キャンディボトルは飴を入れるための容器。つまり新しく登録する必要がなかった。
だがランプを作るとなると話は別だ。商業ギルドに登録にいかなければならない。
それに、知らない人からの個人依頼を受けたくない。これが一番大きい。
服装を見る限り、そこそこお金を持った貴族なのだろうが、お金に物を言わせて何度も作り直すように言われては錬金飴の作成が滞る。
シンプルなデザインなら少し時間をもらえればできる。だが凝ったものとなるとガラスなど、部品ごとに一度作ってからそれらを材料として再度錬金釜で煮込むことになる。
彼らが注文しようとしているのはおそらく凝ったものの方。
基本的に一種類のガラスと蓋で完結する瓶とは違い、ランプはパーツが増えるごとに作業は複雑化していく。
つまりデザインを凝れば凝るほどかなりの時間がかかってしまうのである。
加えて、ジゼルが今使っているのはギルド在籍時に使っていた物よりもずっと小さな釜。
錬金術では、使用する釜以上に大きな物は作れない。
彼らが持っているというランプよりも確実にふたまわり以上小さくなるのである。
考えれば考えるほど、クレームへ続く道がはっきりとしてくる。
一つ作ったと知れれば他から来た仕事も断れなくなる。個人依頼ではなおのこと。貴族なら家格云々と厄介な問題が発生すること間違いなし。
想像するだけで頭が痛い。
ジゼルの腕の中でほっぺを膨らませているたーちゃんは、こういうところを見抜いて追い返そうとしたのかもしれない。
あとで謝っておかなければ。
だが今はたーちゃんに機嫌を直してもらうよりも先に、目の前の二人の対応をしなくては。
「申し訳ありません」
諦めてもらおうと、とにかく深々と頭を下げる。
「そんな……」
「金ならいくらでも払う。だから!」
「錬金ランプなら他の錬金術師でも作れますので、是非『精霊の釜』にご依頼ください。デザインにもよりますが、半月以内には納品可能かと」
「あなた、知らないの? 『精霊の釜』はギルドマスターの解任で活動休止になったのよ」
「え……」
「もしや先日、王宮錬金術師採用試験があったことも知らなかったのか!?」
「そういえば少し前に人の出が多かった日がありましたね」
「そう、その日よ!」
思い出すのは、ステファニーとブルーノと共にキャンディボトルのデザインを決めた日のこと。
市場に立ち寄った際、大荷物を持った人達が肩を落としてのろのろと歩いていた。妙に人が多かったが、何らかの理由で馬車が迂回したのだろうと。王都ではたまにあることなので深く気に留めることはしなかった。
宿屋のお客さんが増えた訳でもなく、キャンディボトルのことで手一杯で、今の今まですっかり忘れていた。
「あんなに大々的に出したのに、見てもいなかったなんて……」
出した? 変な言い方をするものだ。
もしや貴族に見える二人は、新聞社の関係者なのだろうか。
それなら悪いことを言ってしまった。
ジゼルは新聞を読む習慣がない。大抵の情報なら出先での世間話で耳に入ってくるし、大きな話題なら女将さんや親父さん、ドランが教えてくれる。今までそれで困ったことはなかった。
とはいえ、今回も困っていない。
ギルドが活動休止になったと知ったところで『嫌な思いはしたけど、退職金はもらえたし、ちょうどいいタイミングで辞めたんだな~』くらいなものである。
オーレルが在籍している時ならまだしも、辞めた今となってはあまり関心がない。
かつてジゼルを気にかけてくれた人達は上手く立ち回ることだろう。彼らの腕前は自他共に認めるほどだ。ジゼルなんかが心配するまでもない。
王宮錬金術師採用試験についても同じだ。
目の前の二人はジゼルのランプを高評価してくれる。
王家が毎年ランプを大量発注しているとはいえ、ランプを作れるくらいでは王宮錬金術師にはなれない。
中級以上の魔法道具を作れるジゼルだが、あくまで錬金術師歴相応な物を作れるというだけ。
錬金術師の中でも才能溢れる人達が選ばれる王宮錬金術師にはなれっこない。
ジゼルは身の程を弁えているつもりだ。
だからこそ今回の仕事を受けるつもりはない。
評価してくれた彼らには悪いが、不要なトラブルは避け、身の丈にあったことをコツコツとこなしていく。それがジゼルのやり方であった。
「『精霊の釜』以外にもこの王都には錬金ギルドがいくつもありますし、錬金ランプにこだわらないのであればランプを専門とする職人さんがいらっしゃいますので、そちらに当たってみることをオススメします」
「ジゼルの錬金ランプでなければダメなんだ!」
「私だってあなたの時計が欲しいって、ランプの納品の時に頼むんだって決めてたのよ!?」
気に入ってもらえるのは嬉しいが、ジゼルはランプ職人ではない。時計に至っては作ったこともない。ギルドに所属していた頃に依頼されても断っていたはずだ。
諦めてもらうため、申し訳ありませんとひたすら謝り続ける。
するとむくれながらも静かにしてくれていたたーちゃんが怒りだした。
「じぜるをこまらせるひとはぁおかえりくださぁい~」
ジゼルの腕からスポンと抜け出し、ランプの姿で出口まで誘導しようとする。
たーちゃんが何かに変身するのは出会った日以来。
あの時はドラゴンに怯えていたからだが、今回はよほど頭にきているらしい。
デザインも前回とは違い、非常にシンプルなものだ。大きさもジゼルがすっぽりと入ってしまいそうなほど大きい。その姿でぴょんぴょんと跳ね「はやく! はやく!」と急かしている。
「困らせてなんか!」
「いや、今日のところはお暇しよう。いきなり来て悪かった。また日を改めて来る」
「こないでくださぁい」
あまりにストレートな物言いに、妹はしゅんとしてしまった。
兄に肩を抱かれながら去る直前「ごめんなさい」と小さく溢した。
だがまた来てくださいと言うことはできない。
ジゼルにできることは喉元まで出かかっている「諦めてください」の言葉を必死で飲み込み、深々と頭を下げて見送ることくらいだ。