2.サンドイッチさん
「あの、先ほど話しているのを聞いてしまったのですが、皆さんは以前も錬金飴を購入してくださったのですか?」
これほど特徴的な装備品を身につけた冒険者なら一度見たら忘れない。けれど彼らを見るのは初めてだった。
ならばどこでこの飴を知ったのか。純粋な疑問だった。
ジゼルがこてんと首を傾げると、彼らはあっさりと答えてくれた。
「いや、通りすがりの冒険者にもらったんだ」
「これを食べると元気が出るって言われて半信半疑だったけど、あの時はポーションも一本も残ってなくて」
「ただの飴でも腹の足しになればって食べた途端に元気になってさ。この飴がなければ宿までたどり着けてなかったと思う」
元気になった彼らは、包み紙に書かれた名前と飴を頼りに『ジゼルの錬金飴』に辿り着いたそうだ。
その時の話をいろんな人に話しているうちに、伯爵から依頼が舞い込んだーーと。
「あの時の冒険者はもちろん、君も俺達の恩人だ」
「必ず注文する」
「こんな美味いの、これだけじゃ足りない。国に帰るまで持つかどうか……」
「おい、不穏なこと言うなよ」
「だからまた金貯めて買うんだよ!」
「邪魔したな」
「お買い上げ、ありがとうございます」
「ありがとぉございまあす」
楽しく言い合いをする彼らを見送った。
「通りすがりの冒険者って誰だろう?」
見知らぬ冒険者に分けるほど錬金飴を買ってくれる冒険者となると、おそらく常連さんの誰かだ。
その人も意図しなかったとはいえ、遠い国でも錬金飴の話が広まることとなった。
お礼を言うのも変な話だが、少し気になる。
「さんどいっちさん?」
「ああ、そっか。あの人ならいつもいっぱい買ってくれるし、大陸中いろんなところに行くみたいだからそうかも」
さんどいっちさんとは、宿泊の度に親父さん特製サンドイッチを楽しみにしてくれる常連さんである。
宿帳を見れば名前は分かるのだが、お客さんの名前を呼ぶ機会なんてほとんどない。呼びかける時は『お客様』で十分だ。
身内で話す時は『サンドイッチ好きの常連さん』と呼んでいた。それを聞いたたーちゃんは『さんどいっちさん』と呼ぶようになったのだ。
ちなみに本人にもそう呼びかける。
さんどいっちさんが嫌がる様子はなく、普通に会話を続けているので、ジゼルもそのままにしている。
「こんどきたら、きたよ~っておしえてあげようか」
「そうだね」
のんびりと話をしながら、錬金飴の販売数を記載しようと帳簿に手を伸ばす。
すると大きな影が重なった。
「私がどうかしたか」
「っ! いらっしゃいませ」
今しがた話題になっていたサンドイッチさんである。
彼は背が高く、普段は入ってきた時点ですぐに気付く。ただ全く音を立てないので、他の作業をしている時など気付くのが遅れることもある。
驚きで心臓がバクバクするのを必死で隠して、平静を装う。
「五泊したいのだが、空いているか?」
「はい。すぐにご案内できますよ」
「サンドイッチも頼みたい」
「かしこまりました」
普段ならこれでジゼルとの会話は終わりだ。宿泊手続きをし、鍵を渡す。
けれど彼がそれを持って去ることはなかった。
「それで、私が何か?」
どうやら先ほどのことが気になるらしい。後ろめたいことは一つもないが、どう伝えたものかと考え込む。
するとご機嫌なたーちゃんが「あのねぇ」と切り出した。
「さっき、あめもらったってひとがきたんだよ」
「飴? お嬢さんの飴のことか?」
「こまってたときにしらないひとからもらったんだって。さんどいっちさんかなぁってはなしてたの」
「そんなことをしたような気もするし、しなかった気もする。覚えてないな」
「そっかぁ。それでねぇ、たーちゃんこのまえおでかけしてね、おいしいのをたべたんだよ~」
いきなり話が変わったが、これはたーちゃんが少し前から「さんどいっちさんがきたらおしえてあげるの」と決めていたことだ。
たーちゃんはサンドイッチさんがお気に入りで、いつもこうして話したいことが溢れ出る。だからサンドイッチさんも慣れっこだ。
「それはよかったな。どんなのを食べたんだ?」
「ふるーつさんど」
「ふるーつさんど? それは、サンドイッチのことか!」
途端にサンドイッチさんは目をカッと開いた。
どうやらサンドイッチ好きの彼もフルーツサンドの存在を知らなかったらしい。ジゼル達はかなり珍しいものを食べたようだ。
「うん。くりーむとくだものがはいってるの。でもたーちゃんはおやじさんがつくってくれるのがいちばんすき」
たーちゃんは少し前に食べたフルーツサンドを思い出しながら、ほっぺに両手を当てる。
口元からはうっすらよだれが垂れており、ジゼルの方をチラチラと見ている。
世間話をしながらもおねだりするとは……。なんともあざといタヌキだ。そんなところも愛らしくてたまらない。
「クリームと果物の入ったサンドイッチ……。お嬢さん、明日のサンドイッチにそのふるーつさんどなるものを追加してもらうことはできるだろうか」
「聞いてみます」
「ああ、よろしく頼む。それにしても、まだ見ぬサンドイッチがあったとはな。サンドイッチの全てを知った気でいたというのに……」
「あたらしいのにあえてよかったね」
「……そうだな。初めてのふるーつさんどを親父さんに作ってもらえるかもしれない、という機会に巡り会えたことに感謝すべきか」
目の色が変わったり、落ち込んだり。加えていつもよりも饒舌だが、ジゼルの心臓はすっかり落ち着いていた。
彼が受付に来た時が驚きのピークで、以降は普段と少し違う程度。彼のサンドイッチ好きは今に始まったことではないのだ。
今度こそサンドイッチさんは鍵を受け取り、部屋へと向かっていった。
さて親父さんに彼の宿泊を伝えなければ。誰かが来る様子がないことを確認してからスクッと立ち上がる。
「すぐ戻ってくるけど、お客さん来たら待ってもらっててね」
「じぜる、たーちゃんのも~」
「うん、たーちゃんのも頼んでおくね」
「やったぁ」
やはりたーちゃんも食べる気満々。両手をほっぺの横で擦り合わせながらおねだりする姿にクスッと笑い、今度こそキッチンに向かうのだった。




