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10.小さな変化と変わらないもの

 釜を増やしたことで、『満月の湖』限定デザインは予定よりも早く納品することができた。


 ステファニーからの手紙には感謝の言葉と共にお客さんの反応が事細かに記されていた。配る相手のリストは作成済みだったようで、届いたその日から配り始めたようだ。次に会う時にはランプとしての使用感想も聞いておいてくれるそう。


 それを掲げて、次のボトル作成依頼も持ってくるところまで簡単に想像できる。


 さすがに毎シーズンは難しいが、彼女が言った通り、次も受けたいという気持ちにはなっている。


 お金はしっかりと払ってくれるし、時間はゆったりと取ってくれる。作成者に負担をかけないように注意してくれるだけではなく、ジゼルにもアイテムにも真摯に向き合ってくれる。


 戸惑うところはあるけれど、依頼者としては魅力的な相手だ。


「ジゼルが楽しかったのならよかった」

「でもりんごのおやつはしばらくいいかな」


 手紙の配達手続きをしにきたついでに、ドランに最近の出来事を報告する。

 ちなみにたーちゃんは宿でお昼寝中だ。満月の湖への納品分を作ったら疲れてしまったらしい。ここ数日よく寝ている。


「俺のところにも持ってきてくれたもんな。りんごのマフィンはまた食べたい」

「……そう」


 ジゼルは今まで何度もドランにお裾分けをしてきた。


 野菜だったり果物だったり、手作りのお菓子だったり。どれも喜んでくれたし、手作りのお菓子は必ず感想をくれた。美味しいだとか幸せだったとか。大げさに思える言葉だってたくさん。


 彼の真っ直ぐな瞳と和らいだ表情に、また作ろうと思えた。

 けれど明確に『次』を求めることはなかった。


 ドランの小さな変化に頭がついていかず、固まってしまう。

 すると彼は困ったように笑った。


「忙しかったら無理にとは」

「ううん、また作ってくるから! 絶対!」


 予想外の言葉に反応が遅れてしまったが、ジゼルは嬉しいのだ。


 親父さんのように料理が上手い訳ではないし、凝ったものも作れない。それでも求めてくれたことが、嬉しくてたまらない。


 ドランの気が変わってしまわぬよう、彼の肩をがっしりと掴んで「持ってくるから、食べてね!」と念を押す。


「どうした、ジゼル。様子がおかしいぞ?」

「だってドラン、いつも自分の欲しいものとかしたいこと、あんまり言わないから」

「俺はわりと口に出やすいタイプだと思うんだが」

「そりゃあ親父さんのデザートが食べたいとかは言うけど、作ってくれるのは親父さんだし」

「ジゼルにもいつも伝えているよな?」

「全然伝えてない」

「そうか?」


 不思議そうに首を傾げるドラン。無自覚なのだろう。

 そういうところが好ましくもある。だがジゼルとしてはドランの欲しいものやしたいことが、彼のことがもっともっと知りたい。


 この機会を逃してなるものかとぐいぐいと押していく。


「うん。私、ドランの欲しいものとか全然知らないもの」

「ジゼルの喜ぶ顔がみたい」

「そうやっていつもはぐらかす」

「はぐらかしているつもりはないんだが……。ジゼルが楽しければ俺も楽しい」


 ドランはこの手の言葉を恥ずかしげもなく言い切ってみせる。


 出会った時はジゼルの方が恥ずかしいくらいだったが、今では慣れたものだ。


 ドランの好意を一度だって疑ったことはないし、この先だってきっと与え続けてくれるのだろうとも思う。


 だがジゼルだって好意を言葉以外の何かで示したいのだ。


「ねぇ、ドラン。今、欲しいものってないの? あ、親父さんが作ったデザートが食べたいって言うのはなしね。私が用意できそうなもので」

「いきなり言われてもなぁ……。あ、飴が欲しい」

「飴って錬金飴?」

「いや、普通の飴。前にジゼルからもらった飴食べてたら懐かしくなってきたから」

「今度飴屋さんで見て、いいのあったらプレゼントするから」

「ジゼルのがいい」

「私のって」

「俺が王都に来たばかりの頃、くれただろ」

「ああ、あれ! 懐かしいね」


 初めて出会った時、お近づきの印として自作の飴を渡したのだ。


 あの頃はまだ長時間錬金釜の前にいることに慣れず、気を紛らわすための飴を作って、常にポケットに入れていた。


 錬金飴のように果物などの味がついているものではない。子どもがお使いのお駄賃にもらうような、ざらめを使った普通の飴だ。


「でも飴屋さんで買った方が美味しいよ?」

「あの時の飴がいい」

「そう? じゃあ今度持ってくる」


 久々に思い出したら、ジゼルも食べたくなってきた。たーちゃんも食べそう。何個ほど作ろうかと考えながら指を折る。そしてふとある顔が頭に浮かんだ。


「ドラゴンさんも食べるかな?」

「あー、俺食べてたら欲しがりそう」

「じゃあドラゴンさん用に大きいの作ってくるね」

「大きいのもできるのか?」

「うん。私、ガラスを作る時に一旦丸いのを作るんだけど、それと同じイメージで」


 このくらい、と両方の手を使って大きさを示す。

 錬金飴だと摂取量を気にしなければならない。だが以前フルーツサンドを大量に食べていたところを見ている。普通の飴なら問題なさそうだ。


「あいつの分まで悪いな」

「ううん。今度雪解け祭りに連れて行ってもらうから!」

「気にしなくていいのに」

「こういうのは気持ちの問題だから。じゃあそろそろ戻るね」

「ああ、気をつけて」


 ブンブンと手を振る。宿へと戻る足取りはいつもよりも軽い。まるで両足に羽が生えたかのようだ。


 その日の夜、久々に作った普通の飴を試食してみた。


 あの頃と全く同じ味。特別なものなんて何も入れていないけれど、何を見てもキラキラして見えていた頃の気持ちを思い出す。


 大きく何か変わったわけではない。相変わらずみんな優しいし、ドランは今だって側にいてくれている。


 口の中で飴が溶けていく度に『相変わらず』の大切さが身に染みて、素朴な優しさに包まれていく。


「ずっとこの先も相変わらずが続けばいいなあ」


 そんなことを願いながら、包み紙も作ることにした。

 錬金飴用に作ったものではない。ジゼルとドランを結んでくれた飴だから少し特別な、ドラゴンの柄。


 といっても本格的なドラゴンではなく、可愛いマスコットみたいな感じになってしまったが。くりっとした目がどこか愛らしい。


 後日。手紙を頼む時に飴を持っていくと、ドランもドラゴンもとても喜んでくれた。


 ドランは包み紙も含めて気に入ってくれたらしく、部屋に飾るとまで言い出した。


 ドランの少しオーバーな反応も出会った頃から変わらない。変わらず、ジゼルを幸せな気持ちにさせてくれるのだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ほのぼのしてて、でも退屈しない。素敵な物語
[良い点] ジゼルとドランの会話が可愛いくて好きです
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