3.販売について考える
「時間ならありあまってますから!」
「本当かい? 助かるよ」
「でも数によっては商業ギルドの販売権に引っかかるかもしれないので、確認してからお返事した方がいいかもしれません」
まさか三十近い依頼が来ているとは思わなかったが、飴も包み紙も瓶も生産自体は難しいものではない。
一気にたくさんできるし、何より今のジゼルは暇だった。
それよりも気になるのは、ここまでの数となると『お裾分け』ではなく『販売』と見なされてしまうのではないかということ。
大陸内での商品の売買のほとんどが商業ギルドを通さなければならない。『例年よりも大幅に野菜が採れてしまったため、隣村に売りに行った』や『孤児院でのバザー』などが例外に当たる。
生産時に予想ができなかったこと・売り上げが公共のものとなる場合・知り合い同士などの小規模で行われた取引であることがポイントとなってくる。
詳しい数字までは把握していないので、一度商業ギルドで案内をもらってきた方が安心だ。
商業ギルドに通すのであれば、どのプランへの入会が一番お得か確認しておきたい。
「それなら宿の商品として登録すればいい。うちの規模ならまだ枠が余ってるからさ」
「いいんですか?」
宿は全て宿屋ギルドに所属しており、ギルドにいくらかの費用を支払っている。
入会するランクに応じて受けられる特典や泊められる人数、宿屋でのアイテム売買数が決められている。
ここの宿はちょうど真ん中のCランクで、置けるアイテムの数は十個まで。
大体の宿はタオルや石けん、携帯食と飲み水は固定。冒険者が多く利用する宿だと、これに加えて回復ポーションや麻痺直し、キズグスリを置いている。
その他にもその土地の名産品やお土産ものを売っていたり、馬車が乗り合い馬車サービスを行っていればここにカウントされる。枠は通常のアイテムよりも多めにカウントされるそうだが、地方だとわりといい収入になるのだとか。
この宿での販売はタオルと石けんのみ。近くに市場があるため、携帯食と飲み水の販売もしていないのだ。
といってもその枠は女将さんと親父さんが宿屋ギルドに会員費を支払って得たものだ。利用させてもらうのは少しだけ気が引けてしまう。
「こっちがお願いしたんだからこのくらい当然さ。申請も宿屋ギルドならすぐに通るはずだから」
「ありがとうございます」
「それから値段のことなんだけど、一瓶を十個入りとして、銀貨五枚で売るのはどうだい?」
「ぎ、銀貨五枚!?」
銀貨五枚といったらかなりの大金だ。
王都のちょっと割高な宿でも朝食付きで二泊は泊まれる。
「やっぱり安すぎるか……。本当は飴一つで銀貨一枚取ってもいいと思っているんだけど、まだ実際に食べたのはヴァネッサ婆だけだろう? だから初めはお試し価格ってことでちょっと安くしておいた方がいいと思うんだよ」
「高いくらいだと思います……」
「高くなんてないさ。これを作れるのはジゼルだけなんだから! 胸を張りな! ああ、そうそう。価格を伝える時にはしっかりと『お試し価格』って書いておくんだよ」
強めに背中を叩かれ、コクコクと頷く。
「えっと、じゃあ先にお手紙の返事を送りますね」
「それがいい。便せんと封筒はあとで持って行くから」
「あ、ありがとうございます」
なんだか販売を続けていく形になっている気がする。女将さんの目には大量の銀貨が浮かんでいる。完全に商売モードだ。
勢いづいた女将さんを止められる人はいない。親父さんも隣で苦笑いをしていた。
当面はお金と職に困らなくて済むと前向きに考えることにした。
「ジゼル、悪いな」
「いえいえ。そういえば親父さんの分もそろそろなくなりますよね。追加で作っておきます」
「ありがとう。お礼に今日の夕食は期待しててくれ。美味いもんいっぱい作ってやるからな」
「やった!」
ジゼルは頬を緩ませながら、自室へと戻る。
荷物を置き、早速手紙を確認する。どれも凄い熱量だ。腰痛・肩こりがよほど辛いのだろう。
ヴァネッサに話を聞き、藁にも縋る思いで手紙を書いているのだと。便せん三枚にわたって書かれているものもあった。
ジゼルはまだ肩が凝ることがあっても軽いものだが、朝起きてもズッシリとのしかかるような重さには覚えがある。
それぞれの手紙を読み、希望の飴と個数をメモに記していく。
明確な個数は書いていない人には瓶一つ分として、それぞれの種類を三十瓶ずつ作れば安心だろう。
疲労回復の飴について書かれている手紙はなかったが、女将さんが話したのは確か腰痛と肩こりの分だけ。値段と個数について記すついでにこちらについての案内を作っておいた方がいいかもしれない。
高いからやはりいらないと言われる可能性もあるが、女将さんのやる気からして余っても宿屋に置いてくれそうだ。