6.たーちゃんは駄々をこねる
「配達ギルドに戻る前に市場を覗いていってもいい?」
ギルドに戻る途中、通りから少し離れた場所にある市場を指さす。行きから目を付けていたのだ。
「ああ。女将さんと親父さんへのお土産か?」
「うん。名産品とかあればいいんだけど」
「なら桃がいい」
「桃? でももう旬は少し前に過ぎてるよ?」
桃が市場に並ぶのは暑い時期だ。王都だと比較的長めに並んではいるものの、すでに見かけなくなってしまった。
隣国とはいえ、旬は変わらないはずだ。
桃は好きだが、さすがに難しいはず。そう思ったのだが、ドランはふっふふ~と得意げに笑う。
「この国ではいろんな種類の桃を育てていて、年中買えるんだ。ほら、あそこ。店出してるだろ?」
「本当だ!」
ドランが指さす先にあったのは『桃』ののぼり旗。さすがに並んでいるものが桃かどうかはこの距離からでは見えない。ドランの視力は人並み以上なのだ。
旗を目指して歩き始め、近くまで来てようやく見慣れた形の果物が並んでいるところが見られた。
「あれってフルーツサンドにしたら美味しいかな」
自国では見かけなくなった桃を目にして思うのは、先ほど食べたばかりのフルーツサンドのこと。
桃が甘い品種でも酸っぱさのある品種でもクリームの調整次第で楽しめるはずだ。
ジゼルは桃のフルーツサンドに思いを馳せる。一方で、ドランが思い描くのは別のスイーツだった。
「パフェもいいよな」
「ぱふぇ?」
「ああ。前にジゼルと食べに行ったことがあるが、桃のパフェは美味いぞ」
「あれは美味しかったよね」
二年前の、ランプの仕事が始まる少し前のこと。
クリームと桃のジュレ、バニラアイスが層になっており、一番上にはシロップ漬けされた桃が大胆に丸々一個載せられていた。
小さめの桃とはいえ、かぶりついた時に一気に来るじゅわっと感は、カットされた桃では決して楽しめない。丸々一個だからこその贅沢感があった。
思い出したら満腹まで食べたのを忘れて、今からでも食べたくなってきた。
二人してほおっと息を吐く。
するとたーちゃんが腕の中で暴れ出した。
「たーちゃんたべてないよ!」
「そりゃあたーちゃんが来る前のことだからな」
「たべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたい」
すごい抗議だ。危なく落としそうになる。
両腕でしっかりとホールドしなおし、よしよしと落ち着かせる。
「今度は一緒に食べようね」
「いっぱい買って帰って、親父さんに作ってもらおう。親父さんなら店で食べたものより美味いものを作ってくれるはずだ」
ドランの後押しでたーちゃんはピタリと動きを止める。
そしてぱあああっと満面の笑みを浮かべた。ドランの案で納得してくれたようだ。親父さんには悪いが、ホッと息を吐く。
そのうちにドランは早足で屋台に向かい、袋いっぱいの桃を購入する。
「お金あとでいい?」
「さっきはジゼルに払わせたからな。絶対受け取らない」
「でも」
「それに俺も親父さんの作ったパフェとフルーツサンドが食べたい。これは材料代みたいなものだ」
「そっか」
「ああ。ジゼルからも頼んでおいてほしい」
「分かった」
そう言われてしまえば文句なんて言えやない。
ジゼルだってすでに親父さんのパフェとフルーツサンドを楽しみにしている。
お土産じゃなくなっている。そう、理解はしている。だが生まれてしまった食欲という名の強い衝動を抑えられないのだ。
代わりに何種類か買っていこうと決め、ドランとたーちゃんと一緒に市場をぐるぐると回るのだった。
りんごと栗もいっぱい買って、上機嫌で配達ギルドへと戻る。
想像よりも長いお留守番に、待たされていたドラゴンはやや不服といった表情だった。
だが大量のフルーツサンドを並べれば一転して上機嫌へと変わる。一人前はドラゴンの一口へと変わり、大きな口に納められていく。
「たまにはこうして出かけるのもいいな。娘とたーちゃんよ、また我が出かけに連れて行ってやろう」
「お土産が欲しいだけだろ」
「坊一人だと気の利いたものを買ってこんからな」
あっという間に全て平らげ、ふんっと大きな鼻息を鳴らす。ドラゴンも大満足の一品であったようだ。
彼が乗せてくれるというのなら、今度も遠慮なく背中に乗せてもらうことにしよう。
もちろん錬金飴の差し入れも忘れずに。