4.フルーツサンド
ドアを開くと、カランカランと心地良い音が響く。
外観も落ち着いた雰囲気だったが、内観も古き良き喫茶店といった雰囲気だ。ゆったりとした音楽が流れており、お客さんも自分達の時間を過ごしている。
店員さんに案内され、入り口付近のボックス席に通される。
「テーブルに布を敷いて、その上に精霊を座らせても大丈夫ですか? ダメだったら膝の上に座らせますので」
「精霊、ですか?」
入店許可の時点でどうなのかと思ったのだが、入店してすぐに魔物を足下に座らせている人が見えた。テイマーと契約した魔獣なのだろう。
たーちゃんもいけるはずだが、足下にいるのと机の上に座るのとではまるで違う。
「この子なんですけど」
「たーちゃんです」
抱っこしているたーちゃんを高めに持ち上げる。
宿の接客で挨拶慣れをしているたーちゃんはここでもしっかりとお辞儀をする。気持ち深めで。
謎のタヌキに店員さんは大きく目を見開いた。ただでさえ精霊が人間の前に現れることは珍しい。加えてタヌキの姿をしていれば、驚くのも無理はない。
「精霊……ちょっと聞いてきます。お先にこちらをどうぞ」
「ありがとうございます」
店員さんを見送り、渡されたメニューを開く。たーちゃんはジゼルの膝の上に立ち、ひょっこりと顔を見せる。
メニューは全て手書きで、横に添えられたイラストは可愛らしくも食欲をそそる。
その中でもジゼルの目を引いたのはパンケーキともう一つ、見知らぬデザートだった。
「パンケーキだけでもいくつかあるのね。このフルーツサンドっていうのも美味しそう……」
サンド、というくらいだからサンドイッチの一種なのだろう。イラストでもパンらしきものでサンドされている。
挟まれているのはいちごと、なんだろう。
じいっと見ていると、ドランがほわっと笑った。
「パンケーキとそれを頼むか。三人で分けよう」
「うん。あ、パンケーキはドランが好きなのを決めて」
「この栗のやつはどうだ? ジゼル好きそう」
「美味しそう~」
「飲み物は紅茶でいいか?」
「うん」
「たーちゃんはみるく」
さすがはドラン。ジゼルの好みをよく分かっている。紅茶は三種類あるようだが、いつも通りドランに決めてもらう。
すると先ほどの店員さんが壮年の男性を連れてやってきた。店長さんだろうか。彼はたーちゃんを前に目を丸くしている。
「その子が精霊、ですか」
「たーちゃんです。せいれいだよ」
「しゃべった……」
「タヌキにしか見えないと思うのですが、この子が精霊であることは俺の相棒のドラゴンが保証しますので」
「机に敷くタオルはこれでして」
バッグの中に入れていた敷き布を取り出す。女将さんがローブと一緒に用意してくれたのだ。端っこにはたーちゃんの顔が刺繍してある。
ちなみに一緒にジゼルのハンカチも縫ってくれており、そちらには三種類の錬金飴が刺繍されていた。たーちゃんの敷き布と一緒にバッグに入れてある。
「あ、はい。大人しくしていてくれれば、テーブル上でも大丈夫です」
「ありがとうございます」
「ありがと~」
たーちゃんは踊れない代わりに、左右に身体を大きく動かして喜びを表現する。ジゼルとドランもぺこりと頭を下げる。
来てくれたついでに先ほど決めたばかりの注文を伝える。
キッチンへと戻っていった二人はしきりに「かわいい」「もふもふ」と小さな声で呟く。その声に反応するように、周りのお客さん達もたーちゃんの方をチラチラと見る。
どれも好意的な視線で、そこも含めて雰囲気が気に入った。
「フルーツサンド、楽しみだね」
「俺もフルーツサンドって初めて聞いた。美味しそうだよな」
「フルーツも季節によって違うみたい」
「いちご?」
「いちごはやってなくて、今はぶどうみたい」
「おいしそう」
イラストを見せると、たーちゃんはじゅるりとよだれを啜った。
たーちゃんの一番好きな果物はいちごなのだが、それ以外の果物も好きなのだ。
「おまたせいたしました。こちらフルーツサンドと渋栗のパンケーキになります。よろしければこちらをご利用ください」
「ありがとうございます」
注文したフルーツサンドとパンケーキの他に、取り分けるためのお皿と子ども用のフォークを用意してくれた。
その前に運ばれてきたミルクも、たーちゃんが一人で持てるくらいの小さなコップにストローが刺さっていた。おかわりも別に用意してくれるという周到ぶり。
案外子どものお客さんも多いのかもしれない。その気遣いが嬉しい。
ドランもドラゴンへのお土産はここで買おうと決めたようだ。早速持ち帰りでフルーツサンドを十人前注文している。
ジゼルも親父さんと女将さんのお土産に、と思ったのだが、フルーツサンドを見て止めた。
イラストでは分からなかったが、フルーツと一緒に挟まれているのが生クリームだと分かったからだ。
ドラゴンに乗せてもらう分、通常よりかなり早い時間で帰れるとはいえ、ジゼルが持ち帰ってすぐに二人に食べてもらえる訳ではないのだ。美味しい状態で食べてほしいと断念した。
女将さんの言っていた通り、市場で買うのが無難だろう。