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2.ジゼルの錬金飴

 女将さんはジゼルの顔に明るさが戻ったことをいち早く察知した。

 そしてふふふと意味ありげな笑みを浮かべる。


「ところで、次にやりたいことってあったりするのかい?」

「お前、それはまだ早いだろう」


 親父さんは眉を下げて止めるが、女将さんが止まることはない。


 ズイズイとこちらに歩み寄り、ジゼルの手の中の荷物をカウンター横の荷物置きに置く。


 さすがは宿屋の女将歴二十年。手を動かしながらも笑顔を崩さずに話を続ける。


「実はさ、前から相談したいことがあったんだよ」

「私にできることであれば喜んで!」

「ジゼル無理なんてしなくていいんだぞ」

「いえ、お二人にはいつもお世話になってばかりで……。何か返せるものがあれば、私、やってみたいです」

「そう身構えなくても大丈夫。ジゼルには錬金飴を作ってほしいんだよ」


 錬金飴とはその名の通り、錬金術で作った飴のことだ。


 といってもただの飴ではなく、薬師の祖母直伝の薬あめである。

 村に居た頃は子ども達を中心に、お薬をなかなか飲んでくれない患者さんに処方していた。


 何に使うかによって使用する素材が異なるのだが、女将さんと親父さん向けに作っているのは肩こりに効くタイプ・腰痛に効くタイプ・疲労回復タイプの三種類。それぞれ間違えないように飴の包み紙の色を変えている。


 ちなみに肩こりに効く飴は風邪の引き始めにも効果がある。


 最近腰痛に効く方の飴を追加で渡したのだが、風邪・肩こりの方がなくなったのだろうか。


 症状が肩こりならいいのだが、風邪なら錬金飴に頼り続けるよりも専門の人に看てもらった方がいい。


「錬金飴ならお金なんてもらわなくても作りますが、風邪なら薬師の元に行ってもらった方が……」

「あ、あたしの分じゃなくて。ほら、前に宿屋ギルドの集まりでギルドマスターにいくつかお裾分けしたって話しただろう。覚えているかい?」

「確か腰痛持ちの。ヴァネッサさん、でしたっけ?」

「そう。ヴァネッサ婆」


 二ヶ月ほど前のことだ。その日はちょうどギルドの方はお休みで、宿屋の手伝いを買って出たのでよく覚えている。


 女将さんがお裾分けしてもらったというりんごを使ったアップルパイを焼いてもらったことまでバッチリだ。あのアップルパイはいつもよりも美味しくて、二回もおかわりしてしまった。


 アップルパイを食べながら、女将さんは集会であったことを話してくれた。


 半年に一度行われる集会で相談するようなことはあまりないようで、ほとんどは近況報告で終わるのだと。その近況報告というのが実は宿屋にとっては一番大切なのだと。


 その日の話の一つに腰痛持ちのギルドマスター、ヴァネッサの話があった。


 元々腰痛持ちではあるが、最近はあまりにも酷いのでそろそろ会長の座を引くことまで視野に入れているのだと。あまりにも弱っていたもので、たまたまポケットに入れたままの錬金飴を分けてあげたーーという話だった。


「そうそう。実は少し前、ヴァネッサ婆から連絡があってさ、是非とも売ってほしいっていうんだよ。でもジゼルはこの時期忙しいだろう? だからなかなか話せなくて……」

「そういうことでしたら今日すぐにでもお作りしますね。瓶はどのくらいのサイズが……」


 大したものではないのだが、自分が作ったものを気に入ってもらえるのはやはり嬉しい。


 どうせなら瓶も少し凝ったデザインにするのもいいかもしれない。錬金飴の材料と一緒に瓶の材料も買いに行くとして、夕方には作業に取りかかれそうだ。


 ジゼルは頭の中でスケジュールを組み立てる。

 すると女将さんは顔の前でパチンと両手をくっつけた。そして申し訳なさそうに眉を下げる。


「えっと、その……悪いんだけど、頼みたいのは一つじゃないんだ」

「へ?」

「待ってもらっている間、ヴァネッサ婆が知り合いに話しちゃったらしくて」


 女将さんは一旦カウンターの中へと戻り、横に備え付けられている棚から紙の束を三つほど取り出した。


 よく見てみると、それらは全てが一度開封された封筒だった。


「もしかしてそれ全部……」

「そう、錬金飴の作成依頼」

「お前、作るのはジゼルなんだぞ! いくら何でも限度ってものが!」

「私だってこんなたくさん、って思ったよ? でもこれはギルドマスターからの依頼、それでこっちは公爵家で、こっちは大手商業ギルドマスターの奥様。全部目を通したけど、全部断れないようなものばかりなんだ。それにあんただってジゼルの錬金飴の効果は身を以て知ってるだろう?」

「それはそうだが……」

「お願いジゼル。次からはちゃんと断るから、どうかここにある依頼だけは受けてもらえないかい?」


 受け取った封筒の送り主を軽く確認してみたが、聞いたことのある名前ばかりが並んでいる。


 貴族の名前は詳しくないけれど、いずれも大きな宿屋がいくつもある領地と同じ名前だ。


 また商業ギルドと宿屋ギルドは切っても切れない関係。その繋がりで話が広まったと思われる。有名な薬師の名前が入っているのは気になるが、彼らもまたヴァネッサの友人なのだろう。


 さすがは宿屋ギルドのマスター。交友関係が広い。



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