【閑話】ドランとドラゴン(後編)
「我が相棒ながら情けない……。変な男に捕まったらどうするのだ」
「ジゼルを悲しませた時点で八つ裂きにしてから魔物に食わせる」
ジゼルを悲しませるなど、この世で最も重い罪である。
意識を残した状態で放り込んでやるから、息絶えるその瞬間までジゼルに懺悔し続けるといいと思う。
「ドラゴンの制裁そのものではないか。執着がないのか重すぎるのか分からん……いや、待てよ? 数十年前にも似たような言葉を聞いた気がするな」
「やっぱり俺は普通なんだよ。足やるから下ろして」
「だが人間はアプローチをして恋人になり、そこから段階を踏んで結婚すると。恋人か夫婦となってから巣を共にするとも聞いたことがある!」
「そりゃあ巣には信頼できる相手しか入れないのは基本だろ。だから下ろしてくれ」
背中と首周りが一通り終わったので、次は足を磨きたい。
特に今日は時間があるから、爪の間までしっかりとゴミを落としていくつもりだ。
ペシペシと身体を叩き、もう一度「下ろしてくれ」と伝える。
ドラゴンはそんなドランに呆れたようで、深くて長いため息を吐いた。
「我に釣られて家ではなく、巣と呼ぶ時点でなかなかだと思うぞ」
「たまたまだろ。それにドラゴンのお前に言われてもピンとこない」
「疑うならそこら辺の暇している奴を捕まえて聞いてみるといい。そして我の意見の正しさを理解したら残りのあめも寄越すのだ」
結局、錬金飴に繋がるのか。
ドランはまだ食べたことがないが、あとで籠の中のものを一つもらって食べてみよう。
ジゼルが作ったものだ。美味いに決まってる。
以前たくさん作ったからとお裾分けしてくれたジャムも美味しかった。一緒に付けてくれたスコーンも絶品で、未だにあの味を明確に思い出せるし、この先も一生忘れることはないのだろう。ほおっと息を吐く。
そして「あめ~あめ~」と低音のあめくれコールに現実に引き戻される。
「ダメだ。残りは明日以降」
「ケチなことを言うな」
「人間なら一日一個って制限が付いているんだ。食い過ぎると身体に悪いぞ」
「我はドラゴンだから問題ない」
「そう言って、この前行った先で大量の果物食って腹壊しただろ」
「う゛っ……」
「諦めろ。何事もほどほどがいいってことだ」
しょんぼりと頭を垂らすドラゴンの隅々までブラシをかけ、ついでだからと外で水浴びまでさせて。
さぁ宿屋に行こうと龍舎を出たところで、先ほど言われたことが少しだけ、ほんの少しだけ心配になってきた。
辺りをぐるりと見回し、暇そうにしている人達に片っ端から話を聞いていく。
けれど彼らから戻ってきたのは、ドラゴンの言葉とは少し違った。
「まぁそれがドランなりの愛情表現だから」
「今さらじゃないか」
「大丈夫大丈夫。ジゼルも親父さんも女将さんも全く気にしてないから」
「前にいたドラゴン使いも似たようなもんだったから、あんまり気にしたことなかったな」
「ありゃあもっと酷かった。ドランのジゼル好きなんて可愛いもんだ」
「うんうん、健気だよな」
「ジゼルも満更ではなさそうだし」
「ジゼルの場合、恋愛感情に限らず、他人から向けられる感情に疎い」
「でも純粋な好意はちゃんと受け取ってくれるんだよな~。おじさんは嬉しい」
「分かる。孫を愛でる気持ちでいられる」
「お前、孫どころか娘すらいないだろ」
「うちは女房もそれでいいんだって言ってんだ」
まとめるとこうだ。ドランは人間の一般的な感覚とはズレているものの、ジゼルが嫌がっている素振りはない。むしろ好意自体は伝わっているものの、恋愛感情はあまり伝わっていないーーと。
ズレていることにはズレているのだが、ドランにとって大切なのはジゼルがどう思うかである。ジゼルが嫌でないならなんでもいい。
「ありがとうございます」
ドランはすっきりとした気持ちで彼らに頭を下げる。
ちなみに現状のドランのライバルを無理に挙げるとするならば、間違いなく宿屋の親父である。
といっても宿屋の親父がジゼルに向けるのは娘に向けるような愛情で、さっき奥まで覗きに来たのも純粋に心配だったから。
ドランの気持ちを察してなにかとジゼルとのデートのチャンスを作ってくれる女将とは対照的に、親父さんにはデートチャンスを何度か潰されたことはある。
だがどれも食べ物関連で、親父さんにあるのは善意だった。
果汁百パーセントを売りにしているジューススタンドにも負けないほど純度の高い慈愛である。
フルーツティーだってそうだ。ドランと約束しているものの、ずっと行けていないとジゼルから聞いていたのだろう。わざわざドランの分まで用意してくれた。
本当にいい人なのだ。もちろん女将さんも。
ジゼルが下宿している場所があの宿で良かった。
「ちょっと出てきます」
「パン、忘れないで買ってきてね」
「はい!」
元気に返事をして駆け出した先は市場。
今の時間では朝市は終わってしまっているが、王都の市場には一日中様々なものが並んでいる。
手土産によさそうなものがあるといいのだが……。
上機嫌のドランの背中を見送った配達ギルドの面々は、午後からの仕事も頑張ろうと大きく伸びをするのだった。