三巻記念SS あみぐるみとおやすみなさぁ〜い
「追加分持ってきました」
「できたよぉ〜」
ジゼルは錬金飴が入った籠を女将さんに渡す。
籠に入っている飴は全てバラで売る分だ。かなりの量を作ったので、三日は保つはず。
ドワーフの里から帰って早五日。
溜まっていた注文も送り終え、錬金飴の生産もすでに以前のような落ち着きを取り戻していた。今朝からは宿の仕事の手伝いも再開している。
後で客間の掃除と在庫チェックもしなければ……。
そろそろ瓶も追加で作っておきたい。多めに作っておけば、親父さんに釜置きを使ってもらう時も安心だ。
ジゼルはカウンター内に残った錬金飴の数を確認しつつ、今後の予定を組み立てる。
「お疲れ様。二人ともおやつできてるよ。それから今日はいいものもあるみたいだ」
「いいもの、ですか?」
「いいものってなあに?」
ジゼルとたーちゃんは揃って首を傾げる。
おやつがあるというだけで、ジゼル達にとっては『とてもいいこと』である。その上さらにとなると、一体なんだろうか。すぐには浮かばない。
「それはキッチンに行ってからのお楽しみさ」
女将さんはニヤリと笑い、ジゼルとたーちゃんをキッチンに送り出す。
「なんだろ〜ね?」
たーちゃんはトコトコと歩きながら、うーんうーんと首を捻る。
左に首を傾げれば身体は左前方に進み、右に首を傾げれば身体は右前方に進んでいく。ジゼルはたーちゃんが壁にぶつからないよう、左右に手を添える。抱き上げてもいいのだが、楽しい考え事の邪魔はしたくない。一緒になんだろうね~と声をかけながら考える。
「二人ともお疲れ様」
キッチンに入ると、親父さんが待ち構えていた。
カウンターの方から声が聞こえていたのかもしれない。
「おやつといいものあるよ〜っておかみさんいってた!」
「ああ、どっちもできてるぞ。初めて作るもんで、意外と時間はかかっちまったけどな。納得がいくものができた」
親父さんはふっふっふ~と笑い、背中に隠していたものを見せてくれる。
「たーちゃんそっくり!」
親父さんが見せてくれたのは、たーちゃんの編みぐるみだった。たーちゃんに「ほれ」と渡してくれる。両手を伸ばして受け取ったたーちゃんは、今にも踊り出しそうなほど。目が輝いている。
ジゼルもしゃがみ込み、編みぐるみをよく見せてもらう。
「可愛い。お腹の模様までそっくり。親父さん、ありがとうございます。よかったね、たーちゃん」
「おやじさん、ありがとお」
たーちゃんはぎゅっと編みぐるみを抱きしめる。
そしてぺこ〜っと深いお辞儀をした。
「その毛糸はジゼルとたーちゃんがお土産にもらってきてくれた物なんだぞ」
「いと、たーちゃんになっちゃったの!?」
「そうだぞ〜。ぬいぐるみ用の洋服も作ってやるから待っててな」
「やったぁ〜」
たーちゃんはぴょんぴょんと跳ねる。
そしてるんたった~とスキップしながらキッチンを飛び出した。
「おかみさんみてぇ〜。いとのたーちゃん!」
早速女将さんに見せているようだ。カウンターの方から聞こえてくる楽しそうな声に、ジゼルと親父さんの頬が緩んだ。
「いらっしゃいませぇ〜」
「今日はたーちゃんお手伝いの日か。なに背負ってるんだ?」
「いとのたーちゃん! おやじさんがつくってくれたんだぁ〜」
たーちゃんは嬉しそうに背中を向ける。
編みぐるみを気に入ったたーちゃんのために、女将さんがおんぶ紐を作ってくれたのだ。たーちゃんの尻尾に引っかからないよう、かなり凝って作ってくれたようだ。今ではほとんど一日中背負っている。
「本当だ。可愛いな〜」
お客さんはたーちゃんの背中にいる編みぐるみを見つけ、ほぉっと息を吐く。すると新しいお客さんがダダダと駆け込んできた。
「今日は部屋空いてるか!?」
「あいてるよぉ〜」
「よっしっ!」
彼はグッと拳を固め、ガッツポーズをする。
すると元々いたお客さんは驚いた様子で尋ねる。
「どうしたんだよ。別にまだ慌てる時間じゃないだろ。……何かあったのか?」
驚きから渋い表情に変わっていく。
ソロで活躍する冒険者同士、宿の外でも交流があるらしい彼には相手の行動が異様に思えたらしい。一方で、駆け込んできた相手はフッと笑う。
「そうか、お前はまだ知らないのか」
「何がだよ」
「先に部屋取っちまえよ。俺も後から来たやつに取られたら困るからな」
まぁまぁと肩を抱き、手続きを促す。
相手は納得いかないという表情だが、促されるままに手続きを進める。
「一泊で夕食と朝食を付けてくれ。緑の錬金飴を十個、それからたーちゃんのレモネードも頼む」
「俺は三泊。夕食と朝食は毎日で、今日は風呂も入っとくか。飴は赤と青を二十ずつ。俺にもたーちゃんのレモネードを頼む」
ジゼルは二人分の手続きをして、それぞれに部屋の鍵を渡す。
代金と鍵の受け渡しが終わったのを確認して、たーちゃんがぴょんっとカウンターから降りる。
「れもねーど、たーちゃんがもってきたあげるねぇ」
「よろしくな」
「俺達、そこに座ってるから」
冒険者の一人はカウンターの奥にある席を指さす。
たーちゃんは「わかったぁ~」と元気な返事をして、キッチンに向かった。
「それで、なんなんだよ」
「お前、たーちゃんが背負ってるぬいぐるみ見たか?」
「ん? ああ、あの可愛いやつな。あれがどうした?」
「常連限定なんだが、たーちゃんは気まぐれにあのぬいぐるみを持って夜中に部屋に来てくれることがあるんだ」
「それはつまり、たーちゃんがおやすみって言ってくれるってことか?」
男は顔の前で両手を組み、真剣な表情で相手に問う。
端から見ると、今から強い魔物に挑みに行くかのよう。だがやはり話している内容はたーちゃんのことなのだ。
相手は「ああ」と深く頷く。
「宿泊客が押し寄せるのも納得だな」
「だがそれだけじゃない。なんと、あのぬいぐるみを夜の間だけ貸してくれるんだが、借りた翌日はいいことが起こると噂があってな。実際、翌日に冒険者ランクが上がった奴もいる」
「それは……たまたまじゃないか? この宿の常連客はわりと堅実に積み上げてきた実力者が多いだろ」
「それだけじゃない。ずっと欲しかった武器が安く手に入ったやつもいる」
「それは結構嬉しいな」
「だろ? 他にも割りのいい依頼を見つけたとか、回復ポーションを一つおまけしてもらえたとか、たまたま通りがかった道で珍しい植物を見つけた、なんて話も聞く」
「おお!」
初めは声を潜めていた彼らだが、盛り上がると共に声が大きくなっていく。
こうして編みぐるみの噂は短期間で広まっていった。
ちなみに『いいこと』として報告されている例の半分は、サンドイッチさんの身に起きたことである。それを見ていた他の常連がこの噂を広めたそうな……。
ちなみに珍しい植物は、ちょうど彼らが腰かけている椅子のところでたーちゃんと一緒に食べていた。
草を何本かまとめて折り、そこから出てくるエキスをチューチューと啜るのである。
たーちゃんを膝に載せながら、無表情で草を啜るサンドイッチさんがなかなかに印象的だったこともあり、噂の広がりに拍車がかかった、と。
親父さん曰く、あれはただの編みぐるみ。幸運を引き寄せる力などない。
いいことが起きると思い込んでいるから、何かあった時にぬいぐるみのおかげだと思ってしまうのだろう。『いいこと』もほとんどが小さな嬉しいことばかり。
ただし、完全にたーちゃんの行動に全く意味がないとも言い切れない。
たーちゃんは編みぐるみを貸す際、『つかれてるひと』を選んでいるそう。そして彼らはぬいぐるみを返す際、口を揃えて「よく眠れた」と感謝するのだ。中には丸一日起きてこない人もいる。
彼らからすれば、熟睡できただけで『いいことがあった』と言えるのだろう。
他のことも、溜まっていた疲れが取れたことで、今まで視界に入りづらかった物が目につくようになったと言えなくもない。
熟睡できる理由は分からない。
彼らにとってたーちゃんが安心できる存在だからか、それとも誰かから「おやすみなさい」と言ってもらえることで安心できるのか。
実家を出てからはずっと宿屋で下宿させてもらっているジゼルにとっては毎晩口にする夜の挨拶。
だが野宿することも少なくはない冒険者にとっては、言う機会も聞く機会も少ないのだとか。ましてやソロ冒険者となればなおのこと。受け取る時の彼らの表情は柔らかかった。
貸し出されずとも、たーちゃんに挨拶するために部屋から出てきてくれる人もいるほど。
貸し出す相手が常連に限定されている、というところにも意味があるのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、レモネードを持ったたーちゃんが戻ってきた。
「れもねーどおもちしましたぁ〜」
トレイを持つたーちゃんの手はプルプルと震えている。最近ではすっかり配膳にも慣れたもので、床に溢すこともなくなった。ジゼルはカウンターの中からその姿を見守る。
「待ってました!」
「ありがとな、たーちゃん」
彼らは頬を緩ませながらたーちゃんのレモネードを受け取る。
今晩のたーちゃんは誰の部屋を訪れるのか。
その答えを知るのは、たーちゃんだけなのである。
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