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【閑話】ミートパイと差し込んだ光(後編)

「俺は精霊のことはよく分からないけど、『スターウィン』の名を持つからジゼルを大切に思っているのであれば、その精霊は彼女が錬金ギルドから追い出されるよりも前に助けに来るものじゃないか? それに『スターウィン』が精霊全体にとって大切なものであれば、ガーネット姉さんの周りの子達がここにいるのもおかしな話だ」


 ペーターは小さく切り分けたミートパイをドール用の皿に載せる。

 そしてガーネットについてきた精霊達に紅茶とセットで渡した。


「そう言われると確かに……。あの子、そういう駆け引きをするようには見えなかったわ」


 どちらかと言えば、ドランと同じく、真っ先にジゼルの前に飛び出すタイプ。

 たーちゃんと接したのはほんの少しだが、ドランのことは赤子の頃からよく知っている。


 スターウィン云々は置いておいて、ただただジゼルがああいうタイプに好かれやすいという可能性もある。


 なにせジゼルはあのドランが十年間片思いをし続けた相手なのだ。

 比較的穏やかな性格の一族とはいえ、彼も立派なドラゴン使い。ジゼルにもまた、ドラゴン使いに執着される何かがあるはずなのだ。


 もっとも、その『何か』がガーネットに理解できるかどうかは別だが。


 ガーネットが考えている間に、左右から精霊の言葉が飛んでくる。


『カンシャ』

『ビミ』

『ヨウキュウ、ツイカ』

『フソク』


 特に三体目と四体目は早く伝えろと、ガーネットの頬を突いてくる。

 彼らもペーターのミートパイがお気に入りなのだ。


「この子とこの子、おかわりが欲しいって」

「分かった。お皿貸して」


 ペーターは精霊から皿をもらい、追加のアップルパイを載せる。

 精霊は満足げに机に座った。


「俺達やその子達がガーネット姉さんのことを大切に思っているように、その精霊にとってジゼルが大切ってだけかもしれないし、全てに納得いく答えがあるわけじゃない。あんまり考えすぎるのもよくないよ。はい、二個目」


 宥めるように告げるペーターから追加のアップルパイを受け取る。


 ただ単にアップルパイを食べたかっただけの気もするが……。

 精霊達に視線を向けると、頬をパンパンにした彼らがきょとんと首を傾げる。気になることはいつだって言葉にはしてくれない。


 それでも好意があるから一緒にいてくれているのだろう。

 アップルパイだけが目当てならガーネットと行動する必要はないのだから。



「そうね。昨日今日と全く酒を飲んでないから、色々と考えすぎちゃったみたい」

 ガーネットはおどけたように告げる。


「義眼作りが終わったら美味しいワインとふかふかのベッドを用意しておくよ。あ、ほらオディリアの方も調合が終わったみたいだよ」


 ペーターは廊下に視線を向ける。

 そこには義眼用コーディング剤αを手にしたオディリアが立っていた。


「ガーネット姉さん、ガラスは!?」

 ガーネットを見て第一声がそれだ。

 ドアを開けると同時にオディリアの名前を呼んだガーネットと同じ。ガーネットは口いっぱいに入ったアップルパイを急いで食べ終え、カップに残った紅茶を飲み干した。


「使っていいって。グラスアイももう作ってある」

 ガーネットはグラスアイが入った箱を開ける。

 そして三人でグラスアイに傷が入っていないかなどを入念にチェックする。


「凄いね。ガーネット姉さんやクオッツさんが作ったガラスと比べても遜色ない色味をしてる」

「この透明感を錬金術で作り出すなんて……」


 オディリアとペーターは同じ錬金術師として、ジゼルの作品自体にも興味があるようだ。しばらく眺めた後、コーティング剤に漬けるものを決めたようだ。


「これにする」

「俺もそれが一番オディリアの目と近いと思った」

「それから比較用にこれも。使っている材料の割合によっても反応が違うかもしれないし。二人とも一緒に来て」


 オディリアに誘われ、奥にあるアトリエに向かう。

 ペーターとオディリア、二人のアトリエだ。部屋の真ん中に埋め込まれた大きな錬金釜には布がかけられている。


 義眼作りが主となった最近はもっぱら机に載せられるほどの小型の錬金釜を使うことが多いが、二十年前は家に帰ってきてからも大きな釜で様々なアイテムを作っていた。


 もしあの事故がなければ、二人は魔導バイク以外にも多くのアイテムを作り出していたことだろう。

 特に彼らが専門とする農業分野では画期的アイテムも生み出されていたかもしれない。元々魔導バイクは農業従事者向けに改良されていく予定だったのだから。


 ガーネットは久々に大きな錬金釜を目にし、つい感傷に浸りそうになる。


「姉さん、グラスアイ貸して」

「あ、先に少し磨かせておくれ」

「分かった。じゃあ私は魔力水あっためちゃうね」

「俺も比較用のを一緒に作ろうかな」

「よろしく」


 兄妹は横に並んで錬金釜の準備をする。

 彼らが子供の頃から、ガーネットは何度もこの背中を見てきた。


 二人は良き友人であり、自分の子供のような存在だった。

 ペーターの満足のいく義足が見つけられたように、オディリアの目もよくなれば……。


 そう願いながら磨いたグラスアイを二人に渡す。

 彼らは温めた魔力水に義眼用コーディング剤αとグラスアイを入れる。



「え」

「なんで」


 二人が驚きの声を漏らしたのはほぼ同時だった。


「どうしたの?」

「水が消えた。ちょっと待って、火を消すから」

「私の方は色が消えた。一旦、兄さんの方と比べたい」


 火を消し、それぞれが相手の錬金釜を除いて声を失った。

 ガーネットも後ろから覗き込む。


 ペーターの方は釜に満ちていた液体全てが消え、グラスアイだけがコロンと転がっている。ガーネットが渡した状態から変化がないように見える。


 一方、オディリアの方は釜の水位はほとんど変わらず。けれどコーティング剤に付いていた色も、グラスアイの色も透明になっていた。


 取り出してよく見てみると、色を重ねた部分はちゃんと層になっていた。色だけが抜けている。


「色味が近い物を選んだのに、これだけ反応に差があるとは……」

「これって、どちらもペレンナの実と反応してるってことよね!?」


 眉間に皺を寄せるペーターとは違い、オディリアの表情は明るかった。

 視力を失ってからも気丈に振る舞ってきた彼女だが、曇り一つない笑顔を見たのは久しぶりだ。ペーターも目を丸く見開き、表情を和らげる。


「そうだな。突き詰めていけばもしかしたら……」

「ガーネット姉さん、材料ってまだ残ってる?」

「ああ、ジゼルが色味の違う青いガラスをたくさん用意してくれたんだ。残りもバイクに積んである」

「じゃあ!」

「三人で一緒に頑張ろう」


 オディリアとペーターの肩を抱く。

 見えないと思っていた奇跡が今、手の届くところまでやってきている。


 あとは全力で掴みに行くだけだ。

 ペーター&オディリアは「【閑話】『精霊の釜』のその後(前編)」でチラッと触れられていた被害者です。彼らが負傷した二つの事故がクトーによる初めての犯行になりました。

 殺傷性の高い手段×兵士を抱え込んでの証拠隠滅を行なってきたため、二十年間彼の罪が明るみになることはありませんでしたが、被害者は他にも結構います。


 精霊の怒りをかったと表現した記者達は、クトーの罪を告発できる機会を窺っていたのかもしれませんね。


 ちなみにジゼルがクビにされるだけで済んだのは、クトーが本気でジゼルを無能(オーレルが贔屓していた若い娘)だと思い込んでいた&ジゼルと出会った時すでにクトーは彼の思い描く最高の地位に就いていたためです。

 クトーにとってジゼルは『自分が手を下すまでもない相手』であり、彼女を辞めさせることで退職金を支払うというデメリットはあるものの、このタイミングで他の錬金術師達の不満を解消することで自分の好感度を上げられるメリットの方が大きいと思っての行動でした。

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