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【閑話】ミートパイと差し込んだ光(前編)

ガーネット視点です

「オディリア! オディリアはいる!?」

 ガーネットは魔導バイクをオディリア達の工房の前に止める。そして合い鍵で裏口から入り、ズンズンと進む。


「ガーネット姉さん、ナイスタイミングだよ。ちょうどミートパイが焼けたところなんだ」

 オディリアの代わりに奥から出てきたのはペーター。オディリアの兄である。エプロン姿で、両手にはミトンを嵌めている。


「あ、美味しそう……じゃなかった。ジゼルから許可が取れたの! もうグラスアイだってできてるんだから! それで、オディリアは?」


 ガーネットは鼻息を荒らげ、グラスアイがいくつか入った箱を見せつける。


 ジゼルの許可を取ったのは里を出発する直前だが、これらを作ったのはジゼルに会う前。

 里に戻ると、工房の机にメモとガラス棒が置かれていた。ジゼルからガラス玉を受け取った父が、すぐに作業に取り掛かれるよう、ガラス棒に作り替えていてくれていたのだ。


 作業と許可取りの順番は逆になってしまったが、ジゼルから許可が取れなかった時は全て溶かすつもりだった。もちろん、すぐに諦めるつもりもなかったが。すんなりと許可が得られて本当によかった。


「オディリアは義眼用コーディング剤αを調合してるよ。姉さんがグラスアイを持ってきてくれた時にすぐに取り掛かれるように、ってさ。終わったら降りてくると思うから、それまでミートパイでも食べて待っててて」


 ペーターはミートパイをテーブルに置き、ミトンを外す。

 焼きたてほやほやのミートパイからは湯気と美味しそうな香りが立ち上がっている。いつものガーネットならここにワインも加えるところだが、今日は大好きな酒も我慢しなければ。


「ありがとう。いただこうかしら」

「どのくらい食べる?」

「もちろん大きめで」

「大きめね。分かった」


 ペーターはクスッと笑ってからミートパイを切り分ける。

 奥の部屋で調合に取り掛かっているオディリアと同様に、彼もまた今日ガーネットが来ると確信して作っておいてくれたのだろう。


 カットされた部分からは、ひき肉と一緒に小さくカットされたりんごも見える。ガーネットが来る時だけの特別なお菓子だ。


「ところで、『ジゼル』は何か言ってた?」

 紅茶を淹れながら問いかけるペーター。

 ガーネットとオディリアが「ジゼルのガラスを使いたい」と話していた時からずっと気になっていたのだろう。


「クトーのことは話してない。言っても混乱させるだけだろうし」

「そっか。……そうだね、その方がいい」


 ペーターはストンと椅子に腰掛け、右足を撫でる。数年前、伝手を使って手に入れた義足が合っているようだ。痛みもほとんどないという。


 オディリアが調合中の事故で右目の視力を失ったあの日、ペーターも右足を失っている。

 調合事故に巻き込まれたわけではない。ほぼ同時刻、全く別の場所で採取をしていた彼が使用した魔法道具が暴発したのだ。


 当時の調査では事故と判断されたが、ガーネットはもちろん、オディリアとペーター、彼らの同僚だった錬金術師の多くがその判断を認めた訳ではない。


 どちらの事故も優秀な彼らがするようなミスではなかったから。

 それに犯人と思わしき人物もいた。系列の錬金ギルドへの引き抜きが決まった兄妹に嫉妬し、怪しい動きをしていた人物――先輩錬金術師のクトーであった。


 だが確たる証拠は、彼と手を組んだ兵士によって握りつぶされてしまった。


 二十年間、クトーへの恨みを忘れた日は一度もなかった。

 今だって完全になくなったわけではない。だがクトーは最大手錬金ギルドのギルドマスターに就任するという、彼にとって最も幸せな瞬間に、錬金術師が最も恐れる方法によって断罪された。


 王族に睨まれ、精霊に見放された男が錬金術師として再起することは二度とない。

 クトーは直接精霊に手を下されたわけではないが、だからこそ彼はこの先精霊の怒りに恐れ続けることになる。


「彼女の精霊は?」

「大人しいものだったわ。ジゼルを困らせることさえしなければ、敵になることはないってさ。ドラゴンが言ってた。彼女が『スターウィン』だからかは分からないけれど」

「スターウィンって確か精霊がたまに口にする、よく分からない言葉の一つだったっけ? それがどうしてジゼルと繋がるんだ?」

「彼女、ジゼル=スターウィンって名前だったのよ。まさか精霊以外の口からその言葉を聞くとは思わなかったわ」


 ジゼルという名前は、以前からドランの話に何度も登場していた。父からも聞いている。


 だがまさか『スターウィン』の名を持つ人物だとは思わなかった。

 ここに向かう道中も色々と考えてみたが、『スターウィン』という言葉がどのような意味を持つのかまるで分からない。


 幼い頃から何百年も考えてきたことだ。今さらポンッと答えが出るわけもなかった。

 ガーネットはミートパイを大きめにカットして、口いっぱいに頬張る。


「ジゼルの先祖に精霊の言葉を分かる人がいて、その人が自分の名前に取り入れたとかは?」

「そうかもしれないけど……。でもなぁ」

「他にも引っかかることがあるの?」

「ジゼルが契約している精霊がさ、ジゼル以外の人の名前も呼ぶのよね。全員じゃないみたいだし、そもそもあんなに人慣れした上級精霊を見ることもないから確証はないけど、スターウィンが特別だからじゃないかなって思えてさ」


 通常、精霊は人の名前や国の名前を使用しない。

 種族名ですら人間・エルフ・ドワーフなど基礎になる部分だけ。エルフの上位種に当たるハイエルフのことは『世界樹を守りしエルフ』と呼ぶ。あくまでもこれはガーネットの翻訳ではあるものの、ハイエルフという単語を用いたことは一度もない。地名に関しても方角や気候、その地域に生息している植物などで表す。


 だからこそガーネットにはジゼルの『スターウィン』の名が異質であり、契約者以外の名前を呼ぶたーちゃんもまたイレギュラーに映った。


 そもそもたーちゃんは他の精霊とはまるで違う。

 精霊が人と契約する理由のほとんどが上位種に進化するためである。他にも自力では手に入らないものを求める者もいるが、わざわざ他者に縛られる『契約』という方法を選ぶ個体はごく稀だ。


 過去、上級精霊と契約している者はいた。

 ガーネットの顧客の中には上級精霊も何体かいる。

 だが彼らは進化して上級精霊になった個体だ。ガーネットの知る限り、初めから上級だった精霊が人と契約した例はない。


 たった一体、たーちゃんを除いては。

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― 新着の感想 ―
たーちゃんは可愛いだけでなくかなり特殊な存在だったのですね ジゼルも然りですが
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