11.謎のドワーフと消えた錬金飴
だが当のドワーフはきょとんとしている。
なぜ疑われたのか分からないとでも言いたげだ。ドランは追及の言葉を続ける。
「この森は神聖な場所だ。あの里の人達が特別な理由もなく、この森に入ることはない。ましてや一人で入ってくるなんて……。何のつもりだ」
「嘘じゃねぇよ。俺は確かにあの里で生まれ育った。この森が大切にされていることも知ってる。ただ俺は今、里のルールではなく、技術を継承し、守っていく側に立っている。ただそれだけだ。今だってこいつがお前さんらに迷惑をかけないよう、回収しに来ただけだ」
「技術を継承するドワーフ、ってもしかしてあなたがシマさんの収穫用鋏を作られた方ですか!?」
先ほどまで怒っていたシマさんも、ジゼルの質問を肯定するようにコクコクと頷いている。
あの里の出身かどうかはともかくとして、シマさんの知り合いであることに違いはないようだ。ここにいることも何か事情があるのだろうか。森を管理する役目がある、とか。
さっぱりとした態度に、ジゼルの警戒は薄れていく。
「色々と残してきたつもりだったが、真っ先に俺の作品として挙げられるのが収穫用鋏とは……。随分と時間が経っているとはいえ、寂しいもんだな」
「私、何か気を悪くするようなことを……」
「いや、お前さんが気にするようなことじゃない。そうだ、よかったらお前さん用の収穫鋏も作ってやるよ。こいつが邪魔した詫びだ」
「使うのは私ではなく、実家の家族に送りたいんです」
「ん、分かった。できたら里経由で送る」
「キューキュッキュッキュ!」
「これ貸したら俺が聞こえなくなるだろ! 初対面のじじいが使ってたもの渡されんのだって嫌だろうし。第一、どっちに貸すってんだよ。一個しかないんだぞ」
「キュッ!」
シマさんは迷わずジゼルを指さす。
だがすかさずドランが否定する。
「なんだかよく分からない物をジゼルに渡すな」
「だめ!」
たーちゃんもジゼルを守るようにぺったりとくっつく。
話の流れから察するに、おそらく彼が耳に付けているアイテムはシマさんの言葉を翻訳するための機械。クオッツ達の里にはないアイテムだ。
目の前の彼が開発したアイテムなのだろうか。興味はあるが、渡されても実際に使うのは少しためらってしまう。
「キュキュキューキュキュウウウウウウキュッ! キュッ!」
「あれははめ込み式だから持ってこれねぇよ。持ってくるなら、専用の物でも作らないと」
「キュキュウ? キュッキュッキュウウ」
「材料全て揃えてくれても作るのに五日はかかる。今回は諦めろ」
「キュッ!」
「俺だから五日で作れるってだけで、他のドワーフじゃ無理だからな!? それに俺が恩を感じているのはドラゴン使いの方だ。これ以上、坊主の邪魔をするようなら容赦しねぇぞ」
男とシマさんで何やら揉めているようだ。
しばらく話していたが、男は大きな溜息を吐く。そして服のポケットから麻袋を取り出して、中にシマさんを放り込んだ。
「キュッキュウウウウウウウウウウウウ」
いきなり突っ込まれたシマさんは袋の中で大暴れ。叫び声が森中に響く。
「邪魔したな」
「あ、はい。えっと、お気をつけて」
男は左手をひょいっと挙げて、木々の間に消えていった。
結局、シマさんの目的は分からなかった。精霊仲間に会わせたかったのだろうか。
「ハイドワーフ」
ドランがボソッと呟いた。
「え?」
「いや、世界樹を守る役目を担うハイエルフがいるなら、特別な技術が失われないように継承する役目を担うハイドワーフがいてもおかしくないんじゃないかと思ってな。まぁあの人がそうとは限らないけど。でも、あの里の出身って言うのは嘘じゃないと思う」
恩を感じているのはドラゴン使いの方だと語った彼の目は本気だった。
シマさんを回収するために来たというのも嘘ではないのだろう。彼がジゼル達に何か要求したり、何かを問いただそうとすることはなかった。
ジゼルとドランは彼が消えていった場所を見つめる。
するとズボンの裾をくいくいと引かれた。
「いこ~」
三人の中でシマさんの言葉が分かるのはたーちゃんだけ。けれどたーちゃんの気持ちはすでにシマさんではなく、世界樹に続く穴に向いているようだ。
「そうだね、行こうか」
「だな」
ジゼル達は顔を見合わせ、道なりに進む。
聞いていた通り、石で囲まれた小さな水たまりと、リスの巣くらいの小さな穴が開いた木があった。先ほどジゼルとたーちゃんが見た樹と穴とは別物だ。
あれは里の外からやってきた人向けのダミーだったのか。シマさんがあそこから出てきたということは、どこかと繋がっているのかもしれない。
どちらにせよ、無事に目的地に辿り着けて良かった。
ジゼルは一度、たーちゃんを下ろす。そしてドランと一緒に手を合わせる。
「どうか俺達を見守っていてください」
「見守っていてください」
「よろしくおねがいしまぁあす」
たーちゃんも二人の真似をして、手を合わせる。
そしてどこからか取り出した赤い錬金飴を穴の中に転がした。
「たーちゃん!?」
「いっしょにはいかないけど、あめはわけてあげたの。たーちゃんやさしいから」
「あげるならシマさんに直接渡せばいいだろ。さすがに中は見えないか……」
「精霊達に事情を話したら回収してくれるかな」
たーちゃんも悪気があったわけではない。むしろ善意からの行動である。
ビビアンと一緒に作ったアヒルの貯金箱がお金を食べて育ったという話を気に入っていたくらいだ。穴を樹の口だと思って、飴を入れてあげようと考えたのかもしれない。
念のため、周りも探してみるが、やはり錬金飴は見つからない。
「もうたべちゃったからないよぉ? ありがとおっていってるの!」
「どういうこと?」
たーちゃんの言葉の意味が分からず、ジゼルとドランは首を傾げる。
だがたーちゃんは「たーちゃんいいこっ!」とぴょんぴょんと飛び跳ねてご機嫌である。
「もしかして穴の中に精霊がいて、そいつが食べたとか?」
「んーん、ちがう。せいれいじゃない」
「精霊じゃなかったらハイエルフ?」
「たーちゃんわかんない。でもありがとうだから、たーちゃんいいこ」
ジゼルの胸元にぴょんっと飛び込むたーちゃん。のけぞりそうになった身体をドランが支えてくれた。
ハイエルフでも精霊でもないなら、一体誰にあげたのだろうか。
もしかして世界樹に……。
ジゼルは一瞬頭に浮かんだ考えを吹き飛ばす。樹が飴を食べるなんて話は聞いたことない。
「まぁ錬金飴なら精霊達も食べてくれるだろうし、そこまで気にすることでもないか」
「一応帰る前にクオッツさんに事情は話しておこう」
「そうだな。じゃあ帰ろう」
二人で肩を並べて来た道を歩く。
帰りも泉や樹はあったが、ジゼルもたーちゃんももう気にすることはなかった。