9.お風呂
このまま酒盛りを続けるというドラゴンさんを残し、ジゼル達は道具を載せた台車を転がしながら陶器屋さんに向かう。場所はシマさんの畑からほど近い場所にあった。ドアベルを鳴らすと、おじいさんはすぐに出てきてくれた。
「よく来てくれたな。さぁ中に入ってくれ」
髪も髭も真っ白だが、腰はピンとしている。彼に勧められ、店の奥の工房に進む。
作業台の一部を借り、道具を準備する。
「昨日、お前さんがクオッツに渡したガラスも見せてもらった。いい色を作るんだな」
「ありがとうございます」
「今日はどんな色を作ってくれるんだ?」
「普段使っている染料を一式用意したので、大体の色なら作れますよ。調合の様子が分かりやすい色とかあれば、その色で作らせていただこうかなと」
「ピンク」
即答だった。初めからこれと決めていたのかもしれない。
詳しい色味の指定も続ける。
「花みたいな柔らかいピンクは作れるか?」
「これぇ?」
たーちゃんが染料を入れた箱の中から一つの瓶を取り出す。
複数の花びらを混ぜて作った色だ。おじいさんは小瓶に入った染料をじっと見て、小さく頷く。
「ああ、そうだ。こういう色がいい」
「こっちもあるよぉ~」
似た色を二つ取り出す。以前、ジゼルと一緒に色作りをしたたーちゃんは色選びもバッチリだ。おじいさんの好みに近い色を見つけ出していく。
「いくつか色を混ぜることも可能です」
「なら最初のと右側のを混ぜてほしい」
「大きさはどのくらいにしましょう」
「前に取引したくらいの大きさを。もちろん、今回のガラスも礼をする。何がいいか考えておいてくれ」
「今回は私により合った錬金釜を作ってもらうためですから。お気になさらず」
「だが」
「たーちゃんとジゼル、きれいないろつくるからいいかまつくってねぇ~」
「分かった。お前さん達にピッタリの釜を作ると約束しよう」
「うん!」
元気よくたーちゃんは返事をする。
そして早速ジゼルと一緒に色付きガラスの調合を開始したのだった。
「どう、でしたか」
「大体分かった。そのヘラ、普段使っているものか」
「はい。食品以外を作る時はこのヘラを使っています」
「なら早めに別の物に買い替えた方がいい。そう遠くないうちに割れるぞ」
「使い方が悪いということでしょうか」
錬金術師になってから約十年。木べらはずっと同じ物を使っている。
手入れもしっかりしているつもりだったのだが……。ジゼルは肩を落とす。
だがおじいさんの言葉は意外なものだった。
「いや、一回の生産によって木べらにかかる魔力負荷と生産頻度の問題――簡単に言えば寿命だな。今後もそこの精霊と一緒に調合するなら、魔力への耐性が強い素材を使った木べらを選ぶといい。広場横に調理器具を専門としている店があるんだが、そこに魔物素材を調理する時用の道具もいくつかおいてあるから覗いてみるといい」
「ありがとうございます」
クオッツが教えてくれた店と同じだ。
詳しい寸法などを話し合ってから、調理道具専門店を訪れる。
製菓用焼き型と寸胴鍋、それから釜置きに合うサイズの鍋と蓋、クッキーの型に木べらと盛りだくさんだ。ジゼルが持ってきた台車では足りず、店で台車を借りることになった。
「ただいまぁ~」
「おお、帰ったか」
「いっぱい買ったね~」
ドラゴンさんの元に戻ると、クオッツさんと奥さんが出迎えてくれる。彼らの前には先ほどはなかったガラス皿がズラリと並んでいた。
あの後、デザートも出してもらったのだろうか。ドラゴンさんはパンパンに膨れたお腹を満足げに撫でている。
「家族風呂取っといたから、よかったらこれから温泉でも行って来たらどうだい?」
里から少し離れた場所に温泉が湧き出しているところがあり、そこからパイプでお湯を引いているのだとか。温泉は男風呂・女風呂・家族風呂に分かれており、男風呂と女風呂は風呂の中でも酒盛り状態らしい。そのため遠方から来た人達や一人でゆっくり入りたい人が利用するための家族風呂を別に作ったそう。
「おんせんってなぁに?」
たーちゃんは不思議そうに首を傾げる。
「自然の風呂だ」
「おふろ! たーちゃん、おふろしってる!」
「宿屋だから大きい風呂があるのか。だが温泉はそれよりもっと凄いぞ!」
「これがジゼルさんとドランの湯あみ着ね。あんたはどっちが着やすいか分かんないから二種類作ったんだけどどっちがいい?」
たーちゃんの分はガラス像用の採寸を参考に新しく製作してくれたようだ。
クオッツの奥さんは、上下別の半袖シャツと短パンタイプ・キャミソールワンピースの二種類を並べる。
「ジゼルはどっち? おそろいがいいなぁ」
「今回はドランと同じ、上下別々のを用意したよ」
「ならたーちゃんもそっちにするぅ~」
「分かった。大丈夫だと思うけど、一応丈確認しておきたいから後ろ向いてじっとしてて」
「はぁ~い」
クオッツの奥さんはエプロンのポケットから裁縫道具を取り出し、その場で細かい部分の調整をしてくれる。
「おじちゃんはなにきるの?」
「さすがにドラゴンの湯あみ着はないぞ。ドラゴンが入るのは源泉に近いところだから温度も高いしな」
「おじちゃんだけべつなの? あたらしくすができたらおじちゃんもいっしょにすむのに?」
たーちゃんはドラゴンさんだけ仲間外れにされていると思ったらしい。「なんでいっしょじゃだめなの」と眉を下げる。
「我にはドワーフ用の風呂は狭すぎるのだ。たーちゃんは坊と娘と共にゆっくりしているといい」
「おじちゃんもちっちゃかったらいっしょにはいれたのに……むぅ」
「我が小さかったら、たーちゃんしか背に乗せられんではないか。それに我は少し熱いくらいの湯が好きなのだ」
「でもいっしょがよかった……」
「一緒に連れていってやってもいいが、それだと娘とは一緒に入れぬぞ?」
どちらか片方だけ、と言われたたーちゃんは頭を抱えて悩み始める。うーんうーんと悩んで、ようやく答えを出した。
「ジゼルといっしょがいい」
「なら行ってこい」
ジゼルの服の裾を握ったたーちゃんだったが、家族風呂に向かう道中もチラチラとドラゴンさんの方を確認する。温泉に浸かっている間も同じ。しょんぼりとしてしまっている。
見かねたドランが第三の選択を提示してくれる。
「あとであいつのところも行くか? 長風呂だから上がった後に行っても間に合うぞ」
「いいの!?」
「全員一緒に入るのは無理でも、たーちゃんだけ両方楽しむのは大丈夫だからな。でもあんまり長く浸かると湯あたりするから、あっち行ったらあいつの背中にでも乗ってるんだぞ? 約束できるか?」
ドランの言葉でたーちゃんの表情がぱああっと晴れる。
「うん!」
たーちゃんの元気な返事は青空に響く。家族風呂でしっかり温泉を楽しんだ後、たーちゃんは湯あみ着のままドラゴンさんの元に走るのだった。