8.有効に活用してくれるなら
「あの、これではあまりに釣り合ってないような……。本当にオディリアさんはこれでいいのでしょうか」
「……分かった。今からオディリアと相談してくる。明日はまだ里にいるんだよね?」
ガーネットはごくりと息を呑む。何か覚悟を決めたようだ。だが彼女は勘違いをしている。
ジゼルは慌てて言葉を付け足した。
「釣り合ってないのは私の差し出す物の方です。ガラス玉をいくつか渡すだけなのに、特別なレシピまで教えてもらうなんて……」
「ああ、そっか。錬金術師にとって自作のレシピは大切なものなんだっけ。でもジゼルが心配するようなことはないよ。あたい達が義眼を売っているのは、困っている人の力になりたいから。これで儲けたいとか、そういうのじゃないんだ。だからジゼルがこのアイテムを活用して他の商品を作ったとしてもあたい達は困らない。できれば悪用しようって人の手には渡らないで欲しいけど、奇跡に手を伸ばすならこちらも相応の覚悟がなければならないから」
「悪用なんてしません! 伝えるとしても、医療分野に有効活用してくれるような相手だけです」
ジゼルがこのレシピを有効活用できるかは分からない。
だがリュカなら。医療分野を専門とする彼なら、ガーネット達のように誰かの力になるアイテムを新しく作れるのではないか。
もちろん押し付けるつもりはない。彼が断わったり、そもそも伝える機会が得らなかった時はジゼルの胸の内にしまっておくだけ。無理に使う必要などないのだから。
ジゼルの言葉に、ガーネットの肩から力が抜ける。
「そう言ってくれると嬉しいよ。それで、どうだい?」
「こちらの条件で大丈夫です」
「ありがとう、ジゼル。感謝する!」
「ガラス玉は昨日、クオッツさんにお渡ししたのですが、ご確認いただけましたか? 濃淡の違いがあれば、陶器屋さんに伺った後に作り直しますが」
「バッチリだよ。何色も用意してくれてありがとう、助かった。じゃああたいはこれで! あたいからも今度美味しい酒贈るから!」
ガーネットはそれだけ告げると、バイクに跨がった。
ハンドルを握り、ブオンブオンと煙を噴かせる。そして風のように去っていった。
「え、いや。レシピで十分で……」
ジゼルの声はガーネットに届かない。
代わりにドラゴンさんとクオッツが答える。
「もらって困る物でないならもらっておけ」
「オディリアのとこのワインは美味いぞ~。もらっておいて損はない。俺が保証する」
「えっと、じゃあ遠慮なく……」
「娘が飲まずとも、あやつに渡せば上手く使ってくれるだろう。そうだ、どうせならあやつの調理器具をいくつか見繕ってやろう」
「調理器具なら広場横の専門店を覗いてみるといい。里で作ってる料理道具は特注品以外全部そこで買えるようになってる。坊主達相手なら商品を出し渋る奴はいねぇから、色々見比べてみるといい」
この里では売り物の種類ごとに店を分けているものの、個人で店を構えている人はわずかだそうだ。クオッツも彼の兄弟・息子・弟子と共同でガラス細工店を構えている。
複数人で開いている店の売り子は出展者の持ち回りで、詳しい説明が必要な時は製作者の順番が回ってきたタイミングで再訪してもらうのだとか。
常に店に並べている商品も修行中のドワーフが作った物か試作品のみ。気に入った客が来た時だけ店の奥に通すのだと言う。
商売っ気があるようなないような。それでも他の里と比べれば、一般客にも販売を行っている分、かなり良心的である。
クオッツの口ぶりから察するに、ドラン達は特別な客に分類されるのだろう。
「坊よ、後でその店に行って菓子用の焼き型と寸胴鍋、それから宿の外に置かれている釜置きにピッタリと合う鍋を買ってこい。くれぐれも鍋に合ったサイズの蓋を買うのも忘れるでないぞ?」
「最初の二つはともかく、二個目の鍋は何に使うんだ?」
「無論、料理だ。もっといろんな料理に挑戦したいが、仕込みに響くものは作れないと悩んでいたからな。娘がたまにしか使わない釜置きで料理ができたら喜ぶに違いない。火をくべる式だから火の調整もしやすかろう」
新作作りに燃える親父さんの最近の悩みである。ジゼルも何度か耳にしている。宿の規模自体があまり大きくないこともあり、キッチンもあまり広くはないのだ。
コンロは三口。煮込み料理とスープで一口ずつ使い、空いた一口で炒め物などを行っている。つまり二口は仕込みで埋まってしまうのだ。
ジゼルとたーちゃんのおやつや試作品は残りの一口とオーブンなどを駆使して作っている。作る時間も、料理を頼むお客さんがいない時間帯に限られている。
キッチンの拡張は難しく、親父さん自身、この話をする度に「贅沢な悩みだよなぁ」と締めくくっていた。
ジゼルもいつもお世話になっている親父さんの力になりたい気持ちはあるものの、こればかりは口を出せないのが現状であった。
「いや、お前がよくてもジゼルはよくないだろ」
「私は親父さんさえよければ大丈夫だよ。宿裏なら早めのご飯を食べに来たお客さんが来てもすぐに呼べるし、ちょっと離れる時も火の番くらいだったら私とたーちゃんもできるから」
「おやじさんよろこぶといいねぇ~」
釜置きを使うのは盲点だった。
釜置きは毎日のように錬金釜とセットで使っているため、錬金術のための道具と思い込んでしまっていたのである。
もちろん親父さんの同意あってこそだが、ドラゴンさんの言う通り、大きな錬金釜を使う回数はあまり多くはない。大きなアイテムを作る時か、瓶を量産したい時くらいだ。
使いたい日は事前に話しておけば問題ない。場所を取る物を裏に置かせてもらっていることもあり、有効活用してもらえるならジゼルとしても嬉しい。
「念のために聞くが、釜置きを料理に使ってもその後の錬金術に支障はないんだよな?」
「同じ釜置きとはいえ、娘が使うのは錬金釜であやつが使うのは料理鍋だ。影響などあるわけないだろう」
「ならいい」
「おやじさん、くっきーのかたもかわいいのあったらなぁ~っていってたよぉ~」
「ならそれも買っていくか」
ジゼルとしては、釜置きの使い道よりも買う物が増えていく方が心配だ。
持ってきたお金で足りるだろうか……。いざとなったらドラゴンさんに頼んで、近くの銀行まで連れて行ってもらおう。
「あ、そうだ。クオッツさんにお聞きしたいことがありまして」
「なんだ?」
「シマさんが野菜の収穫の時に使っていたハサミはどこで購入できますか? 家族に贈りたくて」
「あー、あれな。前に陶器屋の爺さんも欲しいって言うんで、ガーネット伝いに聞いてみたことがあるんだが、単語が多すぎてよく分からなかったそうだ」
「単語が多い?」
そういえば昨日クオッツが、精霊は話し方がかなり独特だと教えてくれた。精霊の話を正確に理解するのはとても大変なのだとも。
「精霊は単語を羅列して話すらしいんだが、順番がバラバラだから組み合わせるのが大変なんだと。シマさん自身、陶器屋の爺さんとは仲がいいこともあって何度か話してくれたそうだが、一年くらいで解読は諦めてたな。ただドワーフ、ギジュツ、ケイショウの単語が多く出てきたことから、ドワーフが作った物であることは確かだろうって話だ」
技術のように同じ発音の言葉が一つしかない場合はいい。
だがケイショウは継承・敬称・形象など複数の言葉が存在するため、そのすべてを一つ一つ潰していく必要があるのだと。
さらに順番までバラバラになったら頭がこんがらがりそうだ。
一年間も理解しようと努めたガーネットの根気強さに感動する。
「力になれなくて悪いな。後でシマさんを見かけたら、ジゼルが興味を持っていたって伝えとくわ」
「お手数をおかけしてすみません」
「まぁ、シマさんが何か言ってても俺には全く分かんねぇんだけどな」
クオッツは豪快にガハハと笑った。