6.ガーネット
「キュッキュッキュ~」
「ばいば~い」
「ありがとう。ご飯、とっても美味しかったよ」
「シマさんも気を付けてな」
クオッツの店の近くでシマさんと分かれる。
シマさんは広場を突っ切って、ジゼル達が宿泊している小屋よりも先にある森に向かうようだ。その森の中に世界樹に続く穴があるらしい。今晩、ジゼル達が祝福を授かるために訪れる場所でもある。
世界樹に続く穴とは、その名の通り、世界樹に繋がる道に入るための穴。
精霊はそこを通って各地を行き来しているらしい。シマさんも今から世界樹に続く穴を通って、ハイエルフの元へ行くのだとか。
籠の中には帰りに畑で収穫した野菜、手には魚籠を持っている。
手を振れない代わりにペコペコと何度か頭を下げて去っていった。
「籠を背負った状態で入れるってことは、世界樹に続く穴って結構大きいんだね」
「リスの巣穴くらいの大きさって聞いてたんだが……」
「お、帰ってきたのか。それで、何が気になってるんだ?」
話していると、後ろから声をかけられる。クオッツだ。追加の酒樽を取りに行った帰りらしい。左右の肩に大きな樽が載っている。
「世界樹に続く穴ってどのくらいの大きさなんですか? 俺はリスの巣穴くらいって聞いていたんですけど、シマさんが籠を持ったまま入れるならそこそこ大きくないと難しいよなぁって思って」
「そのことか。実際の穴の大きさは誰も知らないんだ。どうも俺達が見えているサイズと、実際のサイズは違うみたいでな。本当の姿を見られるのは、穴を通る資格を持つ者のみ。精霊とシマさんのような精霊の資格を持つ者、ハイエルフ。あとはハイエルフが名前を与えた者だけと聞いている」
「名前、ですか? でも名づけを欲するのはシマさんみたいな見習いで、名前がなくても通れますよね?」
「俺も詳しいことはよく分かんねぇんだが、結構前にハイエルフから名を与えられた人間がいたらしいんだわ。そいつが穴を通れるように、ハイエルフ達は特例がいることをドワーフとエルフの里に伝えたんだと。まぁ俺もそういう特例がいるらしいと聞いた程度だ。名前も知らん。実際にいたとしても、とっくに亡くなってるだろうな」
クオッツはそう締めくくる。
長命種である彼が聞いた程度となると、かなり昔の話なのだろう。
「そうそう、うちの娘が帰ってきたんだ。よかったら会ってくれねぇか?」
クオッツに案内され、店の裏に回る。
ドラゴンさんの採寸は終わっており、空になった皿と大量の酒樽に囲まれていた。
すぐ近くには髪の長い女性が低い椅子に座っていた。燃えるような赤い髪をした彼女こそがガーネットなのだろう。焼き鳥をつまみに酒を飲んでいる。
ジゼルの顔ほどあるジョッキも気になるが、彼女の周りに集まった精霊達と見慣れぬアイテムに目を引かれた。
精霊はたーちゃんやシマさんのような動物の姿をした子ではなく人型。
中には絵本や図鑑で描かれていた精霊と同じく、羽を付けた子もいる。他にも木こりのような姿をしている子や羽衣を纏っている子も。属性によって違うのだろうか。
ここまで多くの精霊を見る機会があるとは思わなかった。ガーネットの近くは落ち着くようで、完全にリラックスしている。ペレンナの実を食べている子もちらほらと。
だがそれよりも気になるのは、見慣れぬアイテムの方。
樹の脇に置かれたそれは乗り物だろうか。前後に一つずつ車輪が付いている。真ん中には人が座るための椅子が付いていたり、前の車輪の上辺りにハンドルが付いていることから、動物や魔物の力を借りずに動かす乗り物だと思われる。
後ろの車輪の上には箱が設置されているが、ここに物を入れるのか。車輪が二つしかないのに、後ろに荷物まで載せたらバランスが悪くなりそうだ。馬車や荷車のように車輪を四つ付ければ安定するのに……。
いや、あえてこのデザインにしたのには理由があるはずだ。例えばスピードを出すため、とか。車輪も馬車とは異なる。かなり太い。素材はゴムだろうか。
ジゼルは初めて見るアイテムに目を輝かせる。
「どうかしたか?」
「あ、いえ。大丈夫です!」
クオッツから声をかけられ、ハッとする。
そうだ、今は謎の乗り物よりもガーネットだ。気付けば酒を飲んでいたガーネットはジゼルの前まで来ていた。
「そうか? じゃあ紹介させてくれ。こいつは俺の娘のガーネット。末の娘なんだが、兄弟で一番気が強い。いろんなところに行くから、各地の美味い飯にも詳しいぞ」
「初めまして、ジゼル。あたいはガーネット。よろしくね」
「初めまして、ジゼル=スターウィンです」
「スターウィン?」
ガーネットは一瞬表情を曇らせる。その様子には父であるクオッツも不思議そうな表情だ。
「ジゼルの家名がどうかしたか?」
「ちょっとどこかで聞いたような名前だったから。驚いただけ。ごめんね」
「親戚とどこかで会ってるのかもしれませんね。ところでガーネットさんは精霊の声が聞けるとか」
引っかかるところはありそうだが、深く追求することはない。彼女がいいのであれば、ジゼルも突っ込んで聞くことはしない。サラッと別の話題に切り替える。
「あー、まぁ聞けるっちゃ聞けるけど……。別にいいことでもないよ。話が通じると分かると毎日時間も構わず突撃してくっから」
面倒そうに顔の前でブンブンと手を振る。
するとガーネットと共にやってきた精霊達が異議を唱える。腰に手を当てたり、右手で空をペシペシと叩いたり。だが双方気安い関係であることが伝わってくる。
「ほんとのことだろ! 先週の明け方いきなり来て、あんたら用の椅子を五十七脚も作らせたの忘れたってのかい!? あんたらが気に入らないからここ直せだのなんだの次々に持ってくるから、今回も納品がギリギリになっちまったんじゃないか! 本当なら昨日だってお父ちゃんと一緒にジゼル達を出迎えられてたってのに」
ガーネットは口元をヒクつかせる。精霊達も無理な要望をした自覚があるのか、揃って明日の方向に視線を向ける。唇を窄ませてとぼける様子は、彼らの声が聞こえないジゼルにも口笛の音が聞こえてきそうだ。
たーちゃんも真似してフーフーと音を鳴らそうと頑張っている。
その姿に毒気が抜かれたらしい。ガーネットは諦めのため息を吐く。
「まぁガーネットさんの作品を見たら、あたい以外のドワーフに頼みたくなくなる気持ちも分かるけどさ」
「ガーネットさんは普段、どんなものを作られているんですか? あ、もしかしてそこにあるアイテムも!?」
「魔導バイクのことかい? あれは二十年くらい前に、仲のいい錬金術師兄妹がプレゼントしてくれた乗り物さ。どんなに傾斜の激しい道も凸凹した道も素早く走れる、あたいの相棒なんだ」
大陸中どこへでも行けるんだから! と胸を張るガーネット。
まるで自分の作品が褒められたように誇らしげだ。魔導バイクへの興味とは別に、生産者である錬金術師兄妹への興味も湧く。
細かいパーツを生産する技術と、メンテナンスを続ける技術は別だ。ましてや二十年間動かし続けるとなるとかなりの能力が必要とされる。他にはどんなものを作るのか。
機会があれば、同じ錬金術師として彼らの作るアイテムを他にも見てみたい。