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5.釣りと特別な餌

 収穫した野菜はシマさんの籠に入れさせてもらう。

 泥の付いた野菜はそのまま、トマトなど潰れやすい野菜は深めのザルをセットできるようになっているようだ。入れている時に気付いた。


 それにしてもかなりの量になってしまった。シマさんの体に対してやや大きめの籠がすでにいっぱいになっている。


「籠、重くないか? 俺が持つよ」


 ドランの申し出に、シマさんはフルフルと首を横に振る。

 そして畑を出て、森の方へ歩き出した。


「キュ~キュ」

「つぎはこっち。かわがあるんだってぇ~」

 シマさんの後に続き、森の中に入っていく。

 こちらは舗装されていないが、里の人達がよく通っているのだろう。土が踏み固められていて歩きやすい。


 川を目指す途中、シマさんは歩きながら自生している植物や落ちている木の実をいくつか採取していく。野菜の収穫同様、かなり手慣れている。これらも料理に使うのだろうか。


「わぁ~おみずいっぱいだぁ~」


 たーちゃんは初めての川に大興奮である。案内してくれたポイントは流れは緩やかだが、深さがある場所のようだ。魚が泳いでいるのも見える。たーちゃんは端っこの方で手の先だけ川に付け、「ひえひぇ~」と楽しんでいる。


 ジゼルは少し離れた位置に設置された木製のテーブルにバスケットを置く。そしてたーちゃんに声をかける。


「滑りやすくなってるから、石の上移動する時はゆっくり歩こうね」

「わかったぁ~」

「じゃあ俺、道具取ってくるから。ジゼルはそこで座っててくれ」

「キュキュッ」


 シマさんとドランは道具小屋へ向かう。ジゼルはバスケットの中からカップと水筒を取り出す。大人用のカップが二つと子供用のカップが二つ。それぞれにお茶を入れ、戻ってきたドラン達にカップを渡す。


「たーちゃんもお茶飲も~」

「うん!」


 先程のジゼルの言葉を守り、ゆっくりこちらに移動してくるたーちゃん。カップを渡すとごくごくと一気に飲み干した。喉が渇いていたようだ。


「おかわりいる?」

「だいじょおぶ! しまさんなにしてるのぉ~」


 ジゼルにカップを返し、今度はシマさんの元にタタタと走っていく。シマさんは一足先に自分とたーちゃんの分の釣り竿の用意を終え、何かを作っていた。


 すり鉢の中に投入したのは、森で拾った木の実だろうか。他にも持参した物をいくつか入れ、せっせとすり潰している。そこに川の水をポタポタと何滴か垂らし、残りは手で練っていく。拳大の固まりを作ったら完成したようだ。


「キュッキュ!」

 綺麗なまん丸い玉をたーちゃんに見せつけるように掲げた。かと思えば次の瞬間、大きめの石に叩きつけた。


「キュッ」

 そして石にくっついた部分から小指の爪ほどを確保する。丸めてから釣り針に付けた。これが今回の釣り餌になるらしい。


 てっきり川辺で虫を調達するものだと思っていた。石に叩きつけたのは匂いを付けるためなのだろうか。ジゼルは近くにある石と、シマさんが選んだ石を見比べる。選んだ基準は苔の有無か。


 精霊の言葉が分かれば詳しく聞きたいのだが……。少しもどかしい。


「したにおちたのはだめ?」

「キュ」

「わかったぁ~。たーちゃんもまるめる!」

 たーちゃんはシマさんの横でせっせと餌を丸め始める。


「ジゼル、できたぞ」

「たーちゃんがえさつけたげるねぇ~」

「虫じゃないんだな」

「キュッ」

「いっぱいつかったらほかのたべなくなっちゃうから、とっておきなんだって」

「そうなのか。ありがとな」


 シマさんは照れたように頬を掻く。そして魚が集まったポイントに向けてひょいっと竿を振った。緩やかな流れに合わせて竿を移動させると、早速魚が食いついた。


「シマさん、こっち寄せてくれ」

 ドランはタモ網を持ち、シマさんが手繰り寄せた魚を掬う。


「おっきいねぇ」

「キューキュッキュッキュ」

「こう?」

 シマさんはたーちゃんにアドバイスをすると、竿から網に持ち返る。


「俺達も釣ってみよう」

「そうだね」

 さすがにシマさんほどすぐには釣れなくても、一匹くらいは釣ってみたい。

 そんなことを考えていたジゼルだが、すぐに魚がかかった。


「キュッ」

「たーちゃんもぉ~」

「わ、俺もだ」


 それも三人ほぼ同時に。

 近くに引き寄せた魚から、シマさんがサクサクと網ですくっては、バケツに入れる。針を取るのも一瞬で、魚へのダメージがほぼない。


 そこから二匹ずつ釣って、竿をしまうことにした。

 一番の大物を釣ったのはシマさんだったが、ジゼルもたーちゃんも釣り初心者。ここまで釣れるとは思わなかった。ドランも「まさかパンを食べる隙さえないとは……」と呟きながら片付けている。


 ビギナーズラック、というわけではない。ポイント選びと餌のおかげだ。シマさんは余った餌玉をいくつかに分け、森に埋めている。


 一体何が入っているのだろうか。

 知りたいような、知らない方がいいような……。シマさんが最初に言っていたように、特別な時だけにしか使ってはいけない物なのだろう。多用すれば生態系が荒れる。


「キュ~キュキュ?」

 全て埋め終えたシマさんがジゼルを見上げる。

 どうしたのかと不思議そうだ。


「ううん、なんでもないよ。釣らせてくれてありがとう。調理、私も手伝うね」

「キュッ」


 泥の付いた手を洗い、野菜を持って近くの水場へ。

 洗った野菜をジゼルが切り、シマさんはたーちゃんとドランと一緒に魚を串刺しにしていく。塩を振った魚を網で焼き、隣で野菜を炒める。味付けはバターと塩だけ。


「おいひい」

「パンともよく合うな」

「キュ!」

「パンと挟むの? ん~、美味しい!」


 焼いたパンの中に半分になった魚と野菜を挟む。行儀は悪いかもしれないが、これがまた美味い。焼く際にバターを中に入れてくれたのだろう。じわっと染み込んだバターと魚の相性も抜群だ。


 シマさんはこれを食べさせたかったのだろう。

 特別な餌まで用意して、自分の手で釣らせてくれたことも。

 その気遣いが何よりも嬉しかった。


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