4.シマさんの畑
翌朝。
着替えてすぐにみんなでクオッツの工房に向かう。
錬金道具を一式載せた台車を転がしながら、舗装された道を歩く。
工房の前ではすでにシマさんが待機していた。ジゼル達を見つけるや否や、ブンブンと手を振る。
「キュキュッッキュ~!!」
大きな籠まで背負い、すでに準備万端のようだ。
「おはよう、シマさん。今日はよろしくね」
「キュ!」
「おう、来たか。いろいろ用意しておいたぞ」
「我の偉大さを正確に伝えるためにも、キッチリ測ってくれ」
「任せろ! ところで今日の朝食なんだが、シマさんは採れたて野菜と釣ったばかりの魚を焼いて振る舞いたいらしい。腹は減ってるかもしれんが、少し付き合ってもらえねぇか?」
「キュッキュ!」
シマさんは身体の前で手をブンブンと動かし、何かを伝えようと頑張っている。
「おさなかなとるのぉ?」
「採れたて野菜も釣りたての魚も美味いから、ぜひ食べてほしいそうだ」
「調理場の準備と、大きめのテーブルセットの運搬は済ませてある。釣り道具は川の管理小屋に置いてあるやつを自由に使ってくれ。道具の使い方分かるよな?」
美味しいものを食べさせようとしてくれるのは嬉しい。だがジゼルには一つだけ不安があった。
「私、釣りは初めてで上手くできるかどうか……」
実家の近くにも川はあった。父はたまに釣りに出かけていたものだが、ジゼルは食べる専門だった。釣り竿の種類や仕掛けをどうやって作るのかさえも知らない。
「俺が教えるよ。子供の頃は里に遊びに来る度、川遊びや釣りをしてたんだ」
「ありがとう、ドラン。私もすぐ慣れるように頑張るね」
「キュ~キュ」
「しまさんがおいしいえさよういしてるから、はじめてでもいっぱいつれるとおもうってぇ~」
「これはうちの母ちゃんからな。パンはこのままでも美味いが、どうせなら軽く焼いてから食うといい」
クオッツはジゼルに大きめのバスケットを差し出す。中にはパンと卵、ジャムが入っている。ジャムが入っているのは、釣りの最中にお腹が減ることを考慮してなのだろうか。お茶入りの水筒とカップまで入って至れり尽くせりだ。
「ありがとうございます」
「我も魚が食いたいぞ!」
「そういうだろうと思って、今、うちの母ちゃんが魚料理を何品か作ってる。酒もたんまり用意してあるぞ」
魚にお酒とくると、ドラゴンさんの目の色が変わる。
声を弾ませ、ご機嫌だ。
「それはいい! お前達、気をつけていってくるのだぞ。水場は滑りやすいからな」
「あんまり飲み過ぎるなよ?」
「分かっておる」
ふふんと鼻歌を歌い始めたドラゴンさんに、ドランは呆れたように短く息を吐いたのだった。
ドラゴンさんに道具を預け、二人と別れる。そしてシマさんの案内で畑に向かう。
店が並ぶエリアを通り過ぎ、森に入る直前に広めの畑があった。縞々の尻尾の絵が描かれた小さめの看板が挿してある。
「これ、全部シマさんの畑なの? すごい種類……」
見慣れない野菜や季節外れの野菜も多い。どうやって育てているのだろうか。ジゼルの実家でも野菜を育てていたが、ここまで豊富な種類はなかった。驚きの息が漏れる。
「キュキュ……」
シマさんは恥ずかしそうに頬を掻く。そして畑の中にズンズンと進んで行った。
手慣れた様子で人参やキャベツを収穫して、ポンポンと籠に入れていく。その様子を眺めていると、シマさんがトトトとこちらにやってきた。
「キュ~」
どこからか取り出したのか。人間サイズの収穫用鋏をジゼルとドランに一本ずつ渡す。
「すきなのとっていいって~」
「ありがとう。じゃあ私はトマトをもらおうかな」
バスケットを一旦、近くの切り株に置く。そして早速ハリのあるトマトを収穫していく。
「焼いて食べるならピーマンも欲しいな」
「たーちゃんは何か食べたいお野菜ある?」
「あのくきなあに?」
たーちゃんは畑の端っこにニョキッと生えている野菜が気になるようだ。
近くに行って、左右から眺める。
「それはアスパラガスだな。シマさんの畑のアスパラガスは俺も何度かもらったことがあるが、バターで炒めると美味い」
「たーちゃんもたべたいなぁ~」
「キュッキュキュウキュッ」
ドランの言葉を聞き、シマさんは収穫の手を止める。
そしてジゼルが先ほど切り株の上に置いたバスケットの元へと移動した。その中から取り出したのは、ジゼルの拳二つ分ほどのバターだった。
「それだけあれば、存分にバター炒めが食べられそうだな」
「じゃあいくつか収穫させてもらおうか。アスパラガスもこのハサミで切っても大丈夫? それとも鎌とか使った方がいいのかな?」
「キュッ!」
「はさみでだいじょおぶだって~。あすぱらがす、たーちゃんがえらぶ!」
たくさん生えている中から、たーちゃんが「これっ!」と選んだアスパラガスをハサミで切っていく。太めのアスパラガスも楽々。
豊富な野菜にも驚いたが、このハサミもただ物ではない。さすがドワーフの里、農業用品ですら品質が他とはまるで違う。
サクサク切れるハサミを見つめながら、ジゼルは実家の家族に同じ物を送れないかと考える。
お財布と相談する形にはなるが、野菜用と薬草用でそれぞれ一本ずつ購入できるといいのだが……。後でクオッツに相談してみよう。