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1.ジゼル、クビになる

「それってクビ、ってことですか」

「まぁそうなるねぇ」

「なぜ!」


 ジゼルは思わず声を荒げる。

 なにせ出勤直後に呼び出され、すぐにこんな話を切り出されたのだ。落ち着ける訳がない。


 ジゼルとは対照的に、少し前に就任したギルドマスターは冷静そのもの。

 ジゼルの提出した書類をペラペラとめくっては、時たまふっと鼻で笑ってみせる。馬鹿にしているのだ。


「だってもう君、二十四でしょう? うちに来てから十年近くになる。お給料だってわりと結構な額渡してるよね? なのに作れるものと言ったら一年目の新人が担当するようなものばかり」

「私だって他の魔法道具も作れます! オーレルさんに言われて、新人だけでは賄えない分を作っていただけで!」

「その話は聞いているけどさ、だったら新しく人を多めに雇えば済む話なんだ。いざとなったら支部に仕事を投げればいい。……こんなことは言いたくないけれど、君だけが優遇されすぎだと苦情が来ているんだ。君を基準にするなら自分達の給料を上げてほしいってね。一応こちらの都合ということで退職金は出すから、辞めてくれるね?」


 はい、と軽く渡されたのは通告書。

 すでにジゼルの退職は確定してしまっていたらしい。こんなひどい話はない。せめて十日前には通達してくれなければ困る。


 すでに受けている指名依頼だって……と口元まで出かかった。

 けれどすぐにそれが正式な指名依頼ではなく、あくまでもギルド全体に来ている依頼を毎年ジゼルに割り振られているだけだったと気づいた。


 今の時期は毎年王家からの依頼が入っているため、ちょうどジゼルへの依頼は一つもない。辞めさせるにはうってつけの時期だった。


「わかり、ました……」

 抗議しても無駄だ。退職金が出されるだけマシだと自分に言い聞かせ、言葉を飲み込む。


 すぐにでも荷物を片付けるようにと指示を受け、ギルドマスターの部屋を出る。

 近くで聞き耳を立てていた職員達はあっという間に散り散りになった。各々噂を広げに向かったのだろう。


 自分なりに尽くしてきたつもりだったが、ジゼルを必要としてくれていたのは前任のギルドマスター・オーレルだけだったようだ。


 ジゼル=スターウィンが大手錬金ギルド『精霊の釜』に所属したきっかけは彼にスカウトされたからだった。物心ついた頃から村の薬師をしていた祖母の手伝いをしていたジゼルだったが、錬金術なんて名前すら知らなかった。


 けれど「初めからちゃんと教える」だの「住む場所なら私の知り合いの宿に下宿すればいい。気のいい夫婦だからきっと気に入るはず」と言ってくれたので、わずかな荷物と共に王都へとやってきた。


 初めて錬金ギルドに足を踏み入れてから九年と八ヶ月。ひたすら初級魔法道具を作り続けてきた。


 オーレルは退職する際、今後の居場所も保証すると言ってくれた。本当に嬉しかったし、その言葉に嘘はなかったはずだ。


 だがすでに去った人の意見より、現在もそこにいる人の意見が採用されることはよくあることでもある。


 ……さすがに一ヶ月とせずに撤回されるとは思わなかったが。


 悲しくて悔しくて、涙も出ない。

 大手ギルドをクビになったジゼルを雇ってくれる同業ギルドなどいない。個人で店をやっていくというのも手だが、独立してやっていけるのは一部の凄腕錬金術師だけ。開いたところでお客なんて来てくれる見込みはない。


「魔法道具作るの、向いてないのかな……」


 荷物をまとめながらぼつりと呟く。

 といっても特別何かやりたいことがある訳ではない。村にも帰りづらい。優しい宿屋の夫婦に迷惑をかける訳にもいかない。


 それでもこれ以上惨めな思いはしたくなかった。




「ただいま帰りましたぁ」

 肩かけ鞄に入りきらなかった荷物を両腕で抱えて宿の玄関をくぐる。


「あら、ジゼル。早かったじゃない」

「この時期に早く帰れるなんてよかったじゃないか」


 ニコニコと迎えてくれたのは宿屋の夫婦である。


 ちょうど朝の客を見送り、部屋の掃除も終わった頃。今は宿屋の休憩時間であった。


 長らく下宿させてもらっているジゼルが宿の一日を知っているように、二人もまたジゼルの繁忙期を熟知していた。


 例年通りに王城からランプの作成依頼が入ったのは三日前のこと。


 一年に一度、王城にある全てのランプを取り替える時期なのだ。量が多いのはもちろんのこと、王族のデザインへのこだわりは並々ならぬものがある。


 特に二番目の姫様なんて自分のお抱えのデザイナーに作らせたデザインをギルドに持ち込むほど。しかもみっちりと使い方まで書かれており、渡される度に『ランプ職人に依頼すればいいのに……』と喉元まで出かかっていた。


 とにかく数をこなさなければならないため、自然と簡単なものは新人に、難しいものは回数をこなしたジゼルに振られるようになっていた。


 クビにさえならなければ、この先十日以上はほぼ休みなく釜をかき混ぜていたことだろう。


「えっとその……クビになって、しまいまして」


 荷物を抱えたまま、首をすくめる。

 言いにくいことだが、下宿させてもらっているのだ。すぐにバレる。それに自分の口から伝えるのが、下宿させてもらっている者の礼儀というものだろう。


「は?」

「クビ、だと!?」

「あ、今月分の家賃ならちゃんと払います! 貯金はあるので!」


 固まる二人に、お金はあるとしっかりとアピールする。


 王都で暮らしているといっても、ジゼルには趣味らしい趣味はない。家賃も普通に家を借りるよりもウンと安い。食事もそうだ。


 来たばかりの頃は実家に仕送りをしていたが、三年が経った辺りで自分のために使うように言われた。それからは貯まる一方だ。


 一応もらえるらしい退職金と合わせれば、そこそこの額になるはずだ。


「お金のことはいいんだよ!」

「ギルドの方でも忙しいのに、宿の手伝いをしてくれているしなぁ。本当にいい子なのになぜ……」

「よくしてもらっているんですからあのくらい当然です」

「そんなことないよ。あたしらはすっかり助かってるんだから」

「そうだぞ。ギルドを辞めてもずっとうちにいてくれてもいいくらいだ」

「女将さん……親父さん……」



 優しい言葉に、目には涙が溜まっていく。


 ジゼルにとって、この宿は第二の実家みたいなものだ。どんなときでも優しく迎えてくれる人がいる。


 クビ宣言は心の底からショックだったが、新しいギルドマスターに食いついてまで居残ろうと思わなかったのは彼らがいるからだ。


 本当に、よくしてもらっている。

 女将さんと親父さんにも、持病の悪化で母国に帰ってしまったオーレルにも。


 今のジゼルがいるのは間違いなく三人のおかげで、少し話しただけでも前を向こうと思える。


 他人が見れば、今のジゼルはあまりにも単純に思えるかもしれない。だがこれこそがジゼルの長所なのだ。


新連載始めました(* ´ ▽ ` *)

前向きな主人公が宿屋の手伝いをしながら錬金飴を作成&販売するお話です。少し進むともふもふもでます!


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