暗殺者の彼と私の秘密
私は幼い頃に、大好きな母を毒で暗殺された。それが父の手によるものだと私は確信している。何故なら、葬儀の直後にすぐさま父が愛人を後妻にしたから。義母と共に家を乗っ取った私の義妹にあたる娘は、私を傷つけるため母の死を嘲笑った。
私はいつか復讐を果たすべくある程度成長してから行動を開始した。こっそり夜中に屋敷を抜け出しては得意の錬金術でポーションを作り、平民のフリをして闇市でポーションを売り捌きタンス預金を貯めた。父がしたように、暗殺者を雇って全員殺してやろうと決めていた。
そんな私に、復讐のチャンスが訪れた。義母が従者の手によって殺されたのだ。本当に偶然その場をみてしまったのだが、私はチャンスだと従者に声をかける。
「貴方はどうしてそんなことを?今までずっと、その人に仕えてきたのでしょう?」
「俺の優しさなんてまやかしさ。最初からこの女を殺すために近付いたんだ」
「そう…貴方、暗殺者なのね?」
「そうとも。アンタもこの現場を見てしまったんだ。口封じしなきゃな。…どうする?命乞いでもしてみるか?」
「じゃあ…命乞いの代わりにお願いがあるの」
彼は、真剣な表情でそう言った私を興味深そうに見つめる。
「お願いか。面白ければ聞いてやるよ」
「その人の夫を殺して」
「…お前箱入りのお嬢様のくせに、初の依頼が自分の父親を殺せとか正気かよ」
きょとんとした後、呆れた表情になる彼に畳み掛ける。
「そのあと、あの男に依頼されてお母様を殺した暗殺者も殺してくれるとすごく嬉しいわ。依頼料として私のタンス預金をあげる。あそこに、あの人とあの男に見つからないよう金貨を隠してあるわ。好きなだけ持っていきなさい」
「あー、はいはい。そういうことね。よくある話だよなぁ。んー…でも、依頼料をくれるならいいぜ。やってやる。俺はプロだ。任せておけ」
「ありがとう」
にっこり微笑めば、彼はギョッとしたあと笑った。
「お前、そんな顔もできるのかよ!いつも仏頂面のくせに…いいぜ。お前の復讐を果たすまで、付き合ってやる。いずれはお前も殺すが、それまではむしろ守ってやるよ」
「あら、復讐を果たせればそれで良いのだけど…寿命が延びたかしら」
「おう、良かったな」
彼は私の頭をポンポンしてきた。そしてタンス預金の隠し場所からお金を全て持っていった。
「ん。これだけあればお前の父親と、奴に依頼されてお前の母親を殺した暗殺者、両方殺してもお釣りがくるな。あともう一人くらい殺したい奴いないわけ?」
「じゃあ、あの人とあの男の娘を」
「それってお前の義妹ってこと?お前の婚約者と影で浮気してるとか言う」
「影でどころか公然の秘密よ。王太子だからって調子に乗って…まあ、でも彼はどうせそんなに好きじゃないし今更いいわ。でも、亡きお母様の形見のペンダントを私の目の前で壊したあの女はダメ。許さないわ」
「お前の義妹割とヤベェな」
彼が引き気味でぽつりと呟く。
「そう、貴方風に言うならヤベェ奴なのよ。ただ、あの男とあの女ならあの男の方がキルスコア高いけど」
「まあ、お前の父親と暗殺者はガチの仇だもんな」
「そうなのよ。うちの血族、私も含めてろくなのがいないわ。お母様さえいれば私は違ったかもしれないとか思ってはいるのだけど」
「…そうだな。それには同意するよ」
そして彼は、また私の頭をポンポンした。
「まあ、任せとけ。散々に苦しめて殺してやるよ」
そして彼は部屋から出て行った。
「お父様が亡くなった…?」
「はい、お嬢様…」
「なんてこと…」
私は父の死を告げられて、悲劇のヒロインを演じる。が、依頼したのは他でもない私。笑っているのがバレないように口元を隠した。
「…お嬢様」
涙が溢れる。やっと、お母様の復讐を果たせた歓喜の涙。だが、まだだ。あの人とあの男は惨たらしく死んでくれた。次は暗殺者とあの女。彼の秘密を知って、彼に依頼できたのはただの幸運。とはいえ、やっと巡ってきた復讐のチャンス。モノにできて本当に良かった。
「暗殺者を殺してきたぜ」
彼はそう言って、資料と写真を見せてくれた。そこには暗殺者の苦悶の表情、そして暗殺者がお母様の仇である証拠があった。
あの人とあの男は直接苦痛に歪んだ凄惨な死に顔を見れたので良かったが、暗殺者の苦悶の表情もみれて良かった。
「この暗殺者で確かに間違いないのよね?」
「資料にある通りだ。うちの暗殺者ギルドの調査だから間違いない」
「良かったわ」
あとは、あの女だけ。私はまた歓喜の涙を流す。にやりと笑う口元も、彼だけしかここにはいないので隠す必要もない。彼は若干引いた目で見てくる。
「その顔色々やばいな」
「だって、仇を討てて嬉しいの」
「お前、本当に良い女だよ」
彼の言葉に、暗殺者の苦悶の表情を見ていた顔を上げる。
「私の本質を知って、そんなことを言うのはきっと貴方だけだわ」
「だろうなぁ」
彼はまた私の頭をポンポンした。
「最後の一人はあの義妹だな。楽しみにしておけ」
「ええ」
「おい、殺してきたぞ。こっちに見に来いよ」
そしてその日が来た。彼に招かれて、こっそりとあの女の部屋に入る。そこにはあの女の余りにも凄惨な死体があった。
「ついにこれで、お母様を殺した者と馬鹿にした者は全員殺せたわ!貴方には感謝しないとね!ありがとう!」
テンションの高い私に、彼は笑う。
「はは、まあな。依頼料は充分もらったし」
「…あとは、私の命を捧げるだけね」
彼は覚悟を決めた私に、優しく笑う。
「いや、その必要はない」
「え?」
「お前が俺の妻になるなら、命だけは助けてやる」
彼は私を至近距離から見つめてくる。
「頼むから頷け」
私は、彼の言葉に頷いた。
「貴方となら、結婚してあげても良いわ」
「良し!」
私はてっきり公爵家を継ぐ私と結婚して隠れ蓑にするつもりだと思っていてお礼も兼ねて受け入れたのだけれど、それに気付いた彼からその後本気で私を愛しているとアピールされまくりやっと彼の気持ちと自分の気持ちを自覚することになった。
なお浮気が貴族の間で公然の秘密となっていた馬鹿王太子は、彼が私の婚約者という立場から引き摺り下ろすため暗躍した。何も知らない平民達に義妹との浮気状態にあったことを脚色ありで吹聴して、王太子には相応しくないと民意を動かした。そして私との婚約は白紙になり、馬鹿王太子は民衆からの評判が高い弟に王太子位を譲って教会に出家した。
そうして彼と私は晴れてフリーになり、彼が適当に顔を変えて爵位を買って婚約する流れになった。