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「時間を掛けた作品には心がこもっている」問題について書いていく

「時間を掛けた作品には心がこもっている」。

 定期的に目にするタイプの話題ではありますが、最近これについてのやり取りを目にしたので自分なりに考えを整理していこうと思います。


 とはいえ時間を掛ける=心がこもること自体は、好む好まざるを問わず時間を掛けて作品に向かい合う以上(こもる物が良いか悪いかは置いておいて)否定の余地が無いと思っています。

 なので無意識にそういうものだと思っている人は居そうなのですが、問題は


「完成までに時間を要しているから心がこもっているハズだ」

「短い時間で作られたから心がこもっていない」

「心をこめるには時間を掛けないといけない」

「時間が掛かっていないから良くない」


 みたいに、

「〇〇は良いもの(こと)だ」

 というあくまで一つの判断基準でしかないことを

「〇〇でないもの(こと)は悪い」

 という風に解釈する人が出てくることだと思います。


 というか「時間を掛けた作品には心がこもる」問題って、作品に掛けた時間だけを判定基準していると絶対に納得のいく答えに辿り着けないと思うんですよね。だって、


 ①そもそも掛けた時間以前に「心をこめる」ということの判断基準が謎(作り始める時点で心をこめている人もいれば、作品を見てくれた人の反応などを通して思い入れが出来ることもあるし)。


 ②①で挙げた判断基準が人ごとに異なりすぎる。


 ③同じジャンル内でも作者&作品によって製作に掛かる時間が異なるうえ、絵やゲームや文章や造形物など作品の種類によっても完成までに要す基本的な時間(「時間を掛ける」の基準)が大きく異なる。


 ④個々人の技術的な製作の速さと質だけではなく、おそらく「心をこめる」こと自体にも個別的な速さと質がある。


 ⑤仮に心をこめることに何かしらの判断基準があったとしても、納期やクライアントからの必須要求など何かしら制限がある仕事と趣味では、同じ判断基準を適用出来ないししちゃいけない。


 ⑥特に仕事の場合は「顧客満足度」という何より優先すべき項目がある。


 等々、作品ごとに時間以外にも複数の要素が(それも異なる割合で)絡んでいる訳ですから。

 だから本来製作背景も含めて多角的に判断しなきゃいけない「心をこめる」という表現を、作品における重要な評価基準のように気軽に扱うのは危ういなあと思ってしまうのでした。




 ……色々書いて来ましたが、単に

『「時間を掛ければ良くなる」と妄信するのは……やめようね!』

 という話だった気がしないでもない。

最後に本文に書きづらかったすごく性格の悪いことを書いてしまいますが、「心がこもっている」が使われやすいのって、「〇〇が好き」みたいな作者さんの言葉があれば籠っているかどうか(真偽はともかく)すぐ判断出来るみたいに、技術的な面や作風に左右されずどんな作品にも使える表現だからなのかもですね。


そういう意味では人に対して「優しそうな人」みたいな表現が使われやすいみたいなことなのかもしれないと思ったり。

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