ハーレム嫌いは何ゆえに
以前単発エッセイで「嫌い」にこだわり過ぎない方が良いんじゃないかな? 的なことを書いたのですが、こういうのを見て反面教師的にそう思うようになったのかな? という切っ掛けの話。
こんなタイトルですが、自分はハーレム要素は嫌いではありません。
というか今も度々読み返す好きな作品がハーレム要素のある作品だったりしますし。
まあハーレム要素があるから読むという風にすごく好き! という感じではありませんが。
じゃあなんでこんなタイトルなのかと言うと、ハーレム要素が嫌いな人の内の一部の層についてちょっと思う所があるからですね。
ここでも度々見かけますが、感想やらレビューやらで何故かハーレム要素を「悪」と断じるような表現を使う人が散見されまして。
例えばハーレム要素のある作品に対するレビューなどで、
「ハーレム要素があるのがダメ」
「ハーレム要素さえなければもっと面白い」
みたいにハーレム要素という一点のみを理由に否定的な内容を書いたりとか。
酷いものだと「ハーレム作品ですという一言&最低評価」なんてものもありましたね。
そもそも大抵の場所でレビューは「おすすめ」や「良い部分」を紹介するためのものとして扱われているはずなので、レビュワーが悪いと思っていることを書くのは規約違反なんですけどね。
また作品を誉めているレビューでも、
「ハーレム要素が無いのが良い」
みたいにわざわざハーレム要素が無いことを強調していたりなんてことも。
もちろんハーレム要素の苦手な人の多くは(タイトルやタグ等での事前回避などで)そういった作品との棲み分けが出来ていると思いますが、ハーレム要素以外でこういう「〇〇があるからダメ(無いから良い)」みたいな表現が使われる場面をあまり見ない気がするんですよね。
あとこれは実際にそういうレビューやコメントを見て感じてもらうしかないと思うんですが、その手の主張があまりにも堂々としていて、ハーレムを嫌いなのが「当然」で、ハーレム好きな人たち……というよりハーレム要素自体が何の疑いもない「悪」と信じているみたいな感覚が伝わってきてしまうのが本当に怖いです……。
こういうことを書く人たちが、
「自分はなぜハーレム要素が嫌いなのか」
「ハーレム要素の何がいけないのか」
みたいなことをエッセイ等で書いているのを見た覚えがないので詳細は分かりませんが、なぜそこまで自身の価値観を妄信することが出来て、しかも他者にそれを押し付けられるのかは純粋に疑問だったりしますね。
多くの人は自分が嫌いな要素があるからといって、要素であれ作品自体であれそれを好きな人まで無闇に否定したりはしないはずだと思うんですけどね……。
多分こういう人はハーレム要素自体がどうこうというよりは、低評価が見えていた昔のY〇uTubeのように「低評価を付けるために頑張っている」系の人なのだろうなと何となく思います。
好きな物を伸ばすのではなく、気に入らない&嫌いな物を消し去ろうとする行為を楽しむようなタイプと言いますか。
こういう人には「嫌いより好きを大事にして欲しい」が通用しないんだろうなあ。
……オチがついていませんが、ここから上手いことオチをつけられる気がしませんし、これ以上語っても盛り下がる一方になりそうなのでここで〆ようと思います……。