第二十九話 初恋の味
1889 年 (明治22年) 9月
カルピノを発売して7年が経った。
カルピノは近畿地方では有名だが、関東や九州ではあまり知られていなかった。
その為、東亜飲料は日本中にチラシを配ろうと考えた。
そして今、おっさん達(重役)でカルピノのキャッチフレーズを考えていた。
「うーん…カルピノを飲めば不老不死になります!とか、どうでしょう?」
錦戸が言った。
「馬鹿か!胡散過ぎる。…却下だ。」
「ですが会長、これでもう30個目の案ですよ。…もう、新しい案が思い付きません…」
吉野が疲れた顔をしながら言った。
これまで出た案は"これを飲めば明日から元気満タン"や"新しい朝の日課にカルピノを"などの案で、市太郎の琴線に触れなかった。
「今日はもう遅い。…また明日にしよう。」
「分かりました。」
この日は、そのまま解散となった。
市太郎が家に帰りずっとボーとしていると、心配そうに武子が話しかけてきた。
「市太郎さん、どうかされたのですか?」
「いや、カルピノのキャッチフレーズが思いつかなくてね。…お前も一緒に考えてくれないか?」
「喜んで!」
武子は嬉しそうにそう言った。
そして、武子が考えること1分で何か思いついたようだった。
「初恋の味。」
武子は小さくそう言った。
「初恋の味?」
「はい、甘くてほんのり酸っぱいカルピノの味は初恋の味だと思いまして。」
「そうか。…初恋の味。…そういえば、お前にも初恋があったんだな。」
市太郎が少し驚きながら言った。
「当たり前じゃないですか、ありますよ!」
武子は少しムッとしながら言った。
「いや、お前は男に興味なさそうだったから…。他意は無いんだ。」
「ふーん、そうですか。…もしかして、嫉妬してます?」
武子は小悪魔のような笑みを浮かべながら言った。
「五月蝿いぞ!…明日も早いからもう寝る。」
そう言って、市太郎は逃げるように布団に潜り込んだ。
市太郎が寝た後に武子が「私の初恋は貴方ですよ。」と小さく呟くのだった。
翌日の会議が始まった。
「カルピノのキャッチフレーズの件だが、初恋の味と言うのはどうだ?」
「初恋の味、ですか。…恋という言葉を使うのは、少しまずいのではないですか?」
錦戸が言った。
実はこの時代では恋というのは、あまり口にするのは憚られる時代であった。
なんなら、現代で主流の恋愛結婚をするのは不良のする事で、お見合い結婚が主流だったのだ。
その為、錦戸が言う通り"初恋の味"をキャッチフレーズにするのは、かなり攻めた事だった。
「今の時代、望まぬ結婚をした者も多いんだ。…それ故に、初恋という言葉には、人々の夢と希望と憧れがあると俺は思うんだ。」
市太郎はしみじみと言った。
「確かに、時代の風潮に逆行するその斬新さが、話題を呼ぶかも知れませんね。…それに、私も初恋には思い出がありますし。」
田山が懐かしそうにそう言った。
「まあ、確かに斬新さが話題を呼ぶかもですが…。…分かりました。"初恋の味"でいきましょう。」
「そうか、ではカルピノの件はこれで決定だ。」
こうして、カルピノの広告のキャッチフレーズとして"初恋の味"が使われる事になった。
翌月から"初恋の味"というキャッチコピーが使われたカルピノは、初恋という当時の夢や希望、憧れとその初恋の味という言葉の斬新さに、世間の話題を呼ぶ事となる。
そして、そのキャッチコピーが生まれた裏側に武子のアイデアによる活躍があったのだった。
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