第二十七話 鉄道局
1889年 (明治22年) 7月
この日、市太郎は鉄道局に押しかけていた。
「…貴方達では相手になりません。上の者を呼んで来て頂きたい。」
市太郎が職員と揉めていると1人の男が声をかけて来た。
「…騒がしいと思ったら、東亜鉄道の会長さんではないですか。…なにかございましたか?」
「えっと、以前何処かでお会い致しましたでしょうか?」
「いえ、初対面ですよ。…鉄道局長しております、井上勝と申します。私の友人から貴方のお話を聞いていましたので、つい声を掛けてしまいました。」
その名前を聞いた瞬間、市太郎は一瞬眉を顰めた。
「そうですか。ご丁寧にありがとうございます。」
「それで、どうかしたのですか?」
「はい、鉄道局の職員に我が社の社員が無礼な態度を取られていると聞いて、押しかけいたんですよ。」
「そうですか、私の部下が申し訳ない事をしました。…良ければ私の部屋で謝罪をしたいのですが。」
「ええ、構いませんよ。」
そう市太郎が返事をすると、市太郎は井上の部屋に案内された。
「…それで、嘘を吐いてまで私をこの部屋に呼んだのどう言う事でしょうか?」
訝しげに市太郎は聞いた。
「嘘は吐いていませんよ。私の貴方に謝りたい気持ちは本当です。…派閥の統率を取れていなくて申し分けなかった。」
そう言って、井上は頭を下げた。
「謝罪は受け入れましょう。…それで、本題は何でしょうか。」
「…貴方は私を信じて頂けないのですか?」
「それはそうでしょ。…鉄道国有化を唱えている貴方を信頼出来ませんよ。」
「これは手厳しい。」
井上は笑いながらそう言っているが、目は笑っていなかった。
「…貴方がそこまで言うならば、本題に入りましょう。…率直に申し上げます、東亜鉄道を国に売却し鉄道事業から手を引いて頂きたい。」
「お断りします。…そもそも、何故貴方は鉄道国鉄化に拘るのですか。」
「…私が鉄道国有化を唱えるのは民営鉄道の利益優先主義による競合によって、他の会社との競争に熱中するあまり、無駄な路線敷設が増加し官営鉄道の鉄道敷設の邪魔になる。それに加えて、貴方達民間鉄道は予算膨張を恐れたり利益が赤字になる可能性があれば交通の便に必要な建設計画を実行せず、せっかく作った施設も放置して改良しない、会社の鉄道独占が国家の介入を阻む恐れがあるなど、新しい線路鉄道発展にマイナスとなるからです。」
「…確かに、我々は他の会社との競争の中で必要のない路線を敷設するかも知れません。…ですがね、貴方達鉄道局も同じではないですか。」
「…何を言いたいのですか?」
少しだけ苛立った表情をしながら井上は聞いた。
「貴方達の路線も所詮は政治家達の政治ゲームの玩具ではないですか。」
そう、この時代において地元に鉄道を敷かせる事によって、自身の影響力を示す事が政治家には、地元の支持を得るには必要な事であった。
「それに加えて、交通の便に必要だからと無尽蔵に路線を敷設して行ってはその路線の赤字が次第に膨れ上がり、国の財政の足枷になりかねない。」
史実において、国鉄が民営化された理由の一つとして、国鉄の抱える巨額債務の解消がある。そして、その債務の理由に赤字路線の多さがある。
「私には理解出来ませんね。民間鉄道など百害あって一利なしですよ。」
「鉄道は民間に任せた方が、政治家の汚職が少なく、合理的な路線を引けますよ。」
「…どうやら、私と貴方は分かり合えないようですね。」
「そのようですね。」
「私は必ず鉄道国有法を成立させます。…それまでの命ですよ、東亜鉄道は。」
そう言って、井上は部屋を出て行った。
次回はもう少し明るい話になります!(予定)
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