第二話 西南戦争
1876年(明治9年) 大坂 11月
「親父、俺を新しく作る銀行の頭取にしてくれ!」
「はぁ?お前は馬鹿か?」
そう言って、親父は呆れた顔をしながら俺の頭を叩いた。
「痛っ。何しやがる!クソ親父!」
「あ?余りに馬鹿げた事を言うから、お前に頭が本当にあるのか確認しただけだ。文句あるか?」
このクソ親父、息子になんて事を言いやがる!
そんな事を思っていると、ものすごく怖い目で睨んで来た。
俺は屈しないぞ!
「なんか言いたい事でもあるんか?」
ヒエ〜、怖い
「イエナニモナイデスヨ、チチウエ。」
「はぁ〜。…で、なんでいきなり頭取になりたいなんて言ったんや?」
市兵衛が呆れた顔をしながら聞く。
「親父、今九州で士族が不穏な動きをしているのは知っているだろう?」
「ああ、西郷さんとこに士族が集まっていると言うな。それが銀行の頭取と何の関係があるんや?」
市兵衛は興味なさげに相槌をした。
「そこでだ、恐らく士族連中との内戦は避けられんと俺は睨んでいる。…そして、内戦が起こると確実に陸路による輸送は出来なくなる。となると、海運の需要が一気に増す。俺はそこで海運会社と海上保険会社を立ち上げたいと考えている。」
「なるほど、会社を立ち上げたいのか。…話を進める前に聞きたい。海上保険とはなんだ?」
市兵衛の顔は最初の頃とは違い、食い入るようなな表情へと成っていた。
「ああ、海上保険とは保険に入った船舶やその貨物が損傷を受けた時に海上保険会社が保険金を支払う代わりに、保険料として金を払ってもらう制度のことだ。」
「だが、意図的に船舶や貨物を損傷させたらどうする?」
「その時は保険金は支払わない。」
「ふむ、面白い事を考えるな。だが、それなら銀行の頭取になる必要はないだろう。」
「まあ、そうなんだよ。でも、銀行の頭取ってなんかかっこいいからな?それに箔が着くし。保険は信用商売だからね。…まあ、親父の名前を貸してくれるだけでも良いんだけどな。」
「はぁー、お前はまだ子供なんだから信用にならんだろ。…そう言うとこがなくなれば安心して跡を継がせれるのだがなぁ。」
残念なそうな嬉しそう複雑な表情で市兵衛は言った。
「まぁ、そんなわけでどうか頼む。」
そう言って市太郎は頭を下げた。
「はぁ。」
小さく溜息をついた後に市兵衛は言った。
「よしそこまで言うなら良いだろう。確かに話の筋は通っているしな。お前の言う通り、海運事業と海上保険事業を始めよう。…まあ、名前は貸してやる。好きにやれ。ただし、ある程度資金は渡すが足りなかったら銀行などから資金を借りろ。追加で資金を渡すことはないぞ。」
「ありがとう、親父!」
そう言って、市太郎は走って部屋を出て行った。
市兵衛はこの事業は失敗すると思っていた。まず、素人がいきなり海運事業が出来るわけないし、息子にあえて言わなかったがそんな儲ける好機を海運最大手の三菱が逃すはずがない。よくても、精々僅かな儲けのお零れを貰える程度だろうと思っていた。
海上保険に関しては確かに良い案だが保険という概念が余り世間に知られていない。その為、客を集めるのが難しいだろうと考えていた。
それでも出資したのは、陸軍士官学校に落ちたとは言え神童と言われていた息子だ。もしかしたら…と言う気持ちが僅かにあったからだ。まあ、親バカとも言う。
それに、失敗して謝って来た時は二、三発殴って許してやれば良いとも考えていた。
市太郎はその後、地元の漁師の跡の継げない次男などに海運会社で働かないかと誘ったり、海上保険を漁師や海運会社に売り込みに行ったりした。
足りなかった資金は日本全国の銀行や商家に土下座をしながら調達した。
そのお陰でなんとか、摂津海運と大坂海上保険会社は設立された。
そして、1月29日ついに西南戦争の火蓋が切って落とされた。
市兵衛が懸念していた三菱の所有船舶の大半が軍に御用船(徴用)に取られた為、海運に使う船が足りなかった。
これ幸いと、多数の海運会社が瀬戸内海に誕生し、そのおかげで急激に船舶が増えた為に船舶同士の事故が増え海上保険に加入する企業も急激に増えた。
その話を聞いた市兵衛は驚きの余り、椅子から転げ落ちたと言う。
1877年9月24日に西南戦争は終結した。
市太郎は最終的にこの戦争で、海運では大手の企業にも劣らない程の利益を出し、海上保険もこの戦争で多くの信用を得た為、戦争が終結した後でも日本全国から海上保険に加入する企業や漁師が増え続け、それに伴い利益も増え続けている。
主人公である市太郎が設立した大坂海上保険会社は1877年ですが、史実では日本初となる海上保険会社は1879年に設立された東京海上保険会社です。なので、作中では日本唯一の海上保険会社に成ります。
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