第十三話 阪神地域
1884年 (明治17年) 7月
「梅田〜神戸間に新しい路線を引くぞ!」
重役会議開始と共に市太郎は、声高らかに言った。
「東京から帰って来て早々どうしたんですか?あそこは、国鉄の縄張りだから政府が許可をくれない、と言っていたじゃないですか。」
村井部長が言った。
「ああ、そうなんだがな。…お前たち、神戸港は知っているな?」
「ええ、そりゃー勿論。…副社長は神戸港の値上げ交渉に東京に行かれたのでしょう?」
「うむ、そうだ。…驚くなよ…。政府が俺たち大和川鉄道に、京阪神地域における鉄道の敷設する権利と他に二つの権利をくれたんだ。」
「と言うことは…京阪神地域に鉄道を幾ら引いても良いんですね?」
「ああ、そう言うことだ!ちゃんと書面にもサインしてもらった!」
「副社長、流石です!」
他の重役達も喜んでいる。
中には"我々にもついに春が来た!"と言っている奴もいる。
「ふっ、俺がちょっと本気を出せばそれぐらい当然の事よ!」
「はぁー、すぐ調子に乗るところが無くなれば完璧なのに…」
村井が残念な生き物を見るような目で市太郎に言った。
「…まあ取り敢えず具体的にどこに線路を引くかだが、阪神方面は国鉄の南側と北側に国鉄を挟むように線路を引きたいと俺は思っている。」
つまり、現在の阪神電車(南側)と阪急電車(北側)の路線である。
「副社長、疑問なのですがなぜ挟むように路線を敷くので?…それに、南側はまだある程度開発されていますが、北側は田畑しかありません。…需要が殆どないですよ?」
そう、今でこそ住宅街となっているが、実はまだこの時代の阪急沿線はど田舎だったのである。
「何を言っている。…需要がないなら創れば良いじゃない。」
「どう言うことでしょうか?」
「幸い北側は田舎で土地が安い。そこで土地を買い占めろ。そこに住宅街を建設させる。」
「…ですが副社長、家を買うのは簡単な事ではないですよ?余り人口増加の効果は見込めないと思うのですが…」
明治時代において、家を買うと言うのは金持ちのする事だった。では、庶民はどうしてたか…。それは借家を使っていたのだ。
「第四十二銀行から低金利で、家を買う金を貸し出させるように取り計らうつもりだ。…それに大阪の都市化などで、公害や過密化が起きているらしい。…大阪に近く、緑豊かな土地で電車が通っていれば十分移住を考えてくれるだろう。」
「なるほど、分かりました。…となると、不動産会社を設立するのですか?」
「まあ、そういう事になるな。…ああ、それともう一つ。北側の路線とは別に宝塚方面にも路線を広げる。宝塚に大阪方面からの客を呼び込むために宝塚温泉、宝塚演劇団などの観光資源も作るぞ。」
「分かりました。…やる事がありすぎて、これからは休み返上の毎日になりそうですなぁ。」
苦笑いしながら三宅部長が言った。
こうして、大和川鉄道は阪神地域へ進出を開始した。
1885年 (明治18年) 7月
その日、仕事が終わり帰宅し自室に入ると、そこには満面の笑みを浮かべる武子が居た。その武子の目の前にあるちゃぶ台に幾つかの紙が置かれていた。
そして、武子が一言、笑みを浮かべたまま底冷えする様な冷たい声で言った。
「市太郎さん、これは一体どういう事ですか?」
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