客
6月ももう終わりに差し掛かったある日、目高高校に二時間目の終了を告げるチャイムが鳴る。理沙は何やら熱心に作業をする佐々木に、「ねえ、ごめんなんだけど数学の課題見せてくれない?」と手を合わせながら話しかけた。ペンを走らせる手を止め佐々木はまたか‥という感情と女子に話しかけられて嬉しい!という感情に挟まれながら「あ、いいよ」と返す。「いつもありがとね!」「いえいえ」と話している間に彼女はノートをスマホに収め、「助かったー!ほんとありがとね!」と言って自分の席へ帰っていった。佐々木は何か言いたげな表情をしながら、彼女の背中をしばし見つめるのであった。
席へ帰ると彼女はちゃっちゃと課題をノートに写し、再びスマホを開いた。友人の裕子が「何見てんの?」と話しかける。「なんかねー、無料でめっちゃ見れるサイト!」と画面を見せた。そこには、『コミタダ!このサイトでは、全ての作品を無料で閲覧いただけます。』と書かれていた。裕子は一瞬顔をしかめたが、「へー、理沙は何読んでんのー?」などと談笑を交わした。
そうして休み時間が終わり、学校が終わり、帰宅部の理沙はバス停へと足を運んだ。バスが遅延しているのか、そこには十人ほどの列が出来ており、理沙は先頭に中学時代の友人である葵乃を見つけた。理沙は「葵乃ちゃんひさしぶりー!」と歩み寄った。彼女は一瞬怪訝な表情を浮かべたが、すぐに「あー!久しぶり!」と返す。理沙は横に並ぶと、すぐにお互いの近況報告で盛り上がった。後ろの数人が顔をしかめていることなど、知る由もなかった。そうこうしているうちに遅れてバスがやってきて、彼女らを乗せて出発した。バスの中で理沙は「葵乃は今も美術部なの?中学の時頑張ってたみたいだけど」と尋ねると、「うん!今日は部活休みだったんだけど、2学期に文化祭で出し物するから結構頑張ってる!みんなも張り切ってるし。理沙もよかったら見に来てね!」と嬉々として語った。そうして葵乃はバスを降り、バスは理沙を乗せて走り続ける。
もうすぐ最寄りの停留所に着こうかという時、「げほっ!ごほっ!んんんっ!」とけたましい咳が車内に響き渡る。声の主を見ると、優先席に座る老婆であった。頭には埃が舞って、薄汚れたカーディガンを羽織い、スニーカーには穴が開いている。老婆は咳が落ち着くと、ガラケーをずっと弄っていた。バスを降り、帰路につく理沙だったが、何故か先ほどの老婆の姿が頭にこびりついて離れなかった。忘れようと頭をぶんぶんと振り、角を曲がる。しかし、曲がった先には見慣れないものが佇んでいた。