第三話 激アツな当落抽選
冒頭にパチンコの主流であるデジパチの簡素な遊技方法を書いています。
パチンコをあまり知らない方は、
「パチンコの遊び方って、こんな感じなんだ」
といったぐらいの認識で大丈夫です(多分……)
銀玉は様々な釘に翻弄されながらも、ヘソまで辿り着かなければならない。
デジパチの大まかなヘソ入賞ルートを説明すると、盤面北西のブッコミ釘付近に玉を落とし、次に玉を弾ませながら下に落とす役割の寄り釘を通過させたら、玉の分岐点というべき風車に到達する。風車を右に曲がればオッケー。左だとほぼハズレ、偶に数球だけ払い戻しされる小賞球口に入るだけだ。
右に選択された玉は数か所の零し穴がある道釘を緩やかに転がり、最終関門のジャンプ釘へ。ここで、トランポリン的に玉を小ジャンプさせ、上手くヘソに入れることができれば、晴れてデジタル始動――確率一分の一に設定されてある巨大パチンコ台では、必然的に大当たりとなる。
銀玉はゲートを通過し、いざパチンコ台の世界へ。
だが、銀玉は直ぐに異変に気付いた。勢いが余りに付きすぎているのだ。
エンマ様のわざとしか思えないほどの加減ミス。このままでは、銀玉はブッコミの先にある中央上部の天釘を越え、盤面右側に向かってしまう。右側には大当たり用の出玉獲得口があるだけで、決してヘソには向かわない。
――銀玉にとって、大ピンチな状況だ。
「くっそー、落ちろ、落ちろよ!」
銀玉は必死に天釘を越えるなと阿鼻叫喚に叫び続けた。
すると、不思議と銀玉は減速し、天釘にぶつかった。それにより、進路が逆方向に変わり、無事銀玉はヘソに向かう盤面左側のルートへ。
「ふう、助かった……。どうやら、ある程度は自分で動きを調整できそうだ」
推進力の調整可能。銀次にとっては一筋の光明。勝機が見えて来たことを銀次は強く認識した。
「これはイケる!」
と銀次は右拳を握った。――銀玉になっているので、心の中でだが。
「それにしても、あの時は右側に行ってしまったな……」
銀次は銀玉になっている現状と、自身の過去を照らし合わせていた。
――銀次の幼き頃の夢は、野球選手になることだった。小学校低学年から中学三年まで地元の野球クラブに入り、銀次は白球を追いかけ続けた。
だが、上には上がいた。年上、同年代、年下と自身より上手い子がいて、その存在が銀次少年の自信、やる気を奪っていった。
「こいつらみたいなのがプロに行くんだろうな。俺には無理だな……」
心が折れた銀次少年は、諦めの境地に達してしまう。そして、中学三年の夏に野球クラブを辞め、野球選手になる夢を諦めてしまった――
「こんな時に、何で昔のことを……」
銀次は呆気に取られそうになるのをグッと堪えた。そんな心内にお構いなく、無情にも銀玉は勢いよく転がり続けた。
銀玉は寄り釘エリアへ。その上部に位置する、二本の釘で構成された縦穴を目掛けて、銀玉は必死で飛び込もうとした。
――だが、あえなく弾かれ、銀玉は寄り釘エリアの下部へと落ちていった。
「クソ! ワープに入れなかった!」
銀次は顔をしかめて悔しがった。
この縦穴はワープ口と呼ばれ、玉はここを通過すれば、ヘソ上部のステージに移動する。風車から道釘経由が通常ルートなら、ワープ経由はスペシャルルート――通常よりも高確率でヘソに入るルートだ。
ワープに入れなかった――即ち、銀玉のヘソ入賞確率が大幅に下がったことを意味する。銀次が悔しがるのも当然の話だった。
「高校受験の時だってそうだった……」
銀次は再び、トラウマスイッチをオンにしてしまう。
――銀次は中学生の頃までは成績優秀だった。野球への夢を諦めた銀次は、心機一転と、ある私立高校を受験した。理由は単純明快で、有名な高大一貫校なので、大学、そして人生もエスカレーターに乗れると思っていたからだ。
だが、この有名私立高校への受験は不合格に終わってしまう。銀次は渋々滑り止めの高校に通い、堕落への道を歩み始めた――
「チクショウ! 嫌なことばかり――」
危機的状況が銀次に過去への邂逅を促していた。
銀玉は寄り釘エリア終点、風車の真上に到達した。左に零れたら、一巻の終わり――ゲームオーバーだ。
「うおおおお――」
銀玉は魂の咆哮で道釘のある右へと舵を取った。
「今は進路を選べてるのに、何で、あの時は真剣に考えなかったんだ……」
銀次の黒歴史を仕舞い込んだ筈のタンスが次々と開かれていく。
――銀次の高校時代、それは実にだらけ切った青春の日々だった。勉強は碌にせず赤点続き。スポーツもせず帰宅部。ひたすら、友達や恋人と様々なスポットとシチュエーションを楽しむだけの日々だった。
高校卒業後も、大学や専門学校に進まずに、
「いつか、どうにかなるさ……」
と銀次は楽なフリーターの道を選んだ――
「もういい、たくさんだ――」
銀次は心の慟哭を必死に押さえつけた。
銀玉は終盤の道釘エリアに突入した。傾斜角度が低いため、銀玉は今までよりも緩やかに転がっていく。数か所の零し穴を上手くジャンプしながら。
「人生は零れっぱなしだったな……」
銀次はこれまでの歩みを総括するように呟いた。
――高校卒業後、フリーターとなった銀次は、様々な場所でバイトをした。スーパー、コンビニ、ガソリンスタンド、パン工場……。
ただ、どれも長続きしなかった。何故なら、銀次は根気というスキルを全く身に付けて来なかったのだ。
そして、銀次は最終的に自堕落過ぎて、若くしてポックリと。銀次の人生はハズレっぱなしだった――
「最後くらいは大当たりを引きたい――」
負の感情の膿を出し切ったのか、銀次にもう迷いは無かった。
道釘を通り過ぎ、ジャンプ釘で己の全てを賭けて、銀玉はヘソを目掛けて自身を羽ばたかせた。
「頼む! 入らせてくれ!」
気持ちとは裏腹に、所詮は駄目な男の推進力。問題なくヘソに入るには勢いが少し足りなく、ヘソの左側にギリギリ銀玉の重心が乗っかるのが関の山だった。
ヘソに入るか入らないかは五分五分。
――激アツな当落抽選だ。
「鉄板だあああ――」
ヘソの左側に乗っかった銀玉は、一時の間、静止し、そして……ゆっくりと右下のヘソに吸い込まれていった。
液晶、始動開始――。
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