第一話 令和なのに昭和な遊び人銀次
パチンコを知らない人でも問題なし。話の流れで大当たりとはこういうものだと分かるようになっています(多分……)
「ピピピピピ――」
とあるボロアパートの一室に、スマホのアラーム音がリンリンと鳴り響いていた。銀次はいつも通り、その音で開眼した。時刻は午前九時四十分、大抵の人よりも遅い目覚めだ。
碌に洗濯してないダニまみれの敷布団に包まっていた銀次は、スマホのアラーム音を消すと、ダルそうにして起き上がった。そして、寝惚け眼で黒カビが生い茂ったユニットバスへと入った。
ふぁああと欠伸をしながら、用とボサボサ髪のセットを済ませていく銀次。だが、数日前から剃ってない無精髭はそのままだ。
ユニットバスを出ると、銀次は部屋着からヨレヨレの色褪せたTシャツ、何日も洗っていないジーパンに着替えた。これで外出するための一通りの準備は完了。ヨシッと満足気な表情で、銀次は心のセットを固めた。
締めに、お気に入りの黒のショルダーバッグを肩に背負い、玄関で底が擦り減ったスニーカーを履いた。
「バタンッ」
そして玄関のドアを開け、銀次は勢いよく外の世界へと飛び出した。
先ず銀次が向かったのはアパートの駐輪場。そこにとめてあるメンテナンスを怠り切ったボロボロな自転車。そのサドルに銀次はまたがった。そして、ペダルを漕ぎ出した。
――目的地はいつもの所。パチンコ屋だ。
銀次は高校卒業後、人生について何かしらの目標を持たずに、完全に勢いのみで一人暮らしを始めた。仕事も何となくと様々なバイトを渡り歩いた。だが、数年前にコンビニのバイトを辞めて以降、銀次は現在まで働いていない。
そんな無職の銀次が足繁くパチンコ店に通う理由――それは娯楽目的ではなく、生計を立てるため。
「何としても勝たなきゃ――」
変速機能が壊れ、妙な摩擦音が生じている自転車のペダルを、銀次はハアハア必死に漕ぎながら、この日の必勝祈願をした。
銀次が目的のパチンコ店に着いたのは、午前十時過ぎ。店は開店から数分後で、既にどの入り口でも入場可能になっていた。開店前の列に入り、並ぶ行為を面倒くさいと嫌がる銀次にとってその時刻は、入店する際のルーティンタイムだ。
銀次は店に入ると、顔見知りの店員や常連に軽い挨拶を交わしながら、パチンコの島中を早歩きで回っていった。その理由は単純明快で、日銭の種になる台を探すためだ。
博才があったのか、銀次は優秀な台を見つけることに関しては、周辺地域ならトップクラスの腕の持ち主だ。――他の職に活かせない、汎用性のない才だが。
そんなトップランカーのお眼鏡にかなう台が見つかると、マジマジとその台を隅々までチェックした。そしてチェックを終えると、銀次はウンと頷き、その台の座席に腰を下ろした。
台と対峙する銀次。双眸にはメラメラと炎がほとばしる。すでに銀次には、一つの未来のビジョンしか見えていなかった。
――勝利した自身の姿。
二十万発以上の貯玉数を誇る会員カードを台横のICカード差し入れ口に投入し、銀次は打ち出しを開始した。すると、途端にスイッチが入り、何かに取り憑かれたかのように、デジタル始動口であるヘソへ向けての玉入れ作業に没頭していった。
「早く当たれ!」
と台に念も送り続けながら。
打ち出しから一時間後、銀次は集中力を切らした顔で席を立った。
銀次の体は、定期的にニコチン摂取という名のガソリン補給を必要としている。なので、店内の喫煙所で赤マルを嗜む。これも銀次のルーティンの一つだ。一本吸えば、補給完了。これで銀次は、一時間後までカラータイマーが鳴らずに済むのだ。
夜の八時過ぎ、銀次はこの日の稼働に切りを付けた。祈りが通じたのか、この日はある程度の『浮き』を呼び込むことに成功した。故に銀次は、勝利の達成感、一定以上の稼働を果たした充実感で満たされていた。
「今日は良い日だったな。明日は休みにして風俗でも行くか!」
と浮かれた心持ちで、未だ店に残っている常連に別れと激励の言葉を掛けてから、銀次はルンルンと店から出ていった。
帰りに馴染みのスーパーで、半額シールが貼られた弁当と総菜、ペットボトルのウイスキーと炭酸水を購入し、銀次は住んでいるボロアパートの自室へと帰宅した。
真っ暗な室内に入り、明かりを点けた。この瞬間を銀次は堪らなく苦手にしている。それは室内喫煙による黄色塗装が施された壁のクロスがより目立ち、嫌でも目に入ってくるからだ。
「……一流の煙草スプレー芸術家だな、俺。退去の時、大家さんも驚くだろうな……」
とこの時ばかりは省みぬ主義の銀次も反省したりする。
銀次は部屋着に着替え、敷布団の上に胡坐をかいた。そして、買ってきたウイスキーと炭酸水の栓を開けた。それらを交互にラッパ飲みし、口の中でハイボール合成させていく。
この日は炭酸水との組み合わせだが、気分次第でコーラ、カルピス、牛乳などを口内錬成する。そうやって、銀次はウイスキーのヴァリエーションを楽しんでいるのだ。
口内錬成の合間に、弁当や総菜をつまむ。銀次にとって弁当や総菜は、飯というよりもただの酒の肴みたいな物だ。
弁当や総菜を食べ終わった頃には、銀次は顔が真っ赤、ベロンベロンになっていた。稼働疲れも相まって、いつもより早く酔いが回ってきたのだ。
すぐさま、銀次は敷布団に横たわり、毛布に包まった。普段は寝る前にスマホで動画を見たり、SNSで友人と連絡を取り合ったりするのだが、この日はパスにした。
毛布に包まると、銀次はあっという間に夢の世界へ旅立った。――大量のダニに添い寝してもらいながら。
これが銀次の日常だ。銀次は酒、煙草、女、ギャンブルをこよなく愛する、『ちょっと』駄目な男だ。――ただ、昭和スタイルな駄目街道を二つ先の年号である令和で謳歌できる、稀有な凄い奴でもある。
「ファアア……」
銀次が目を覚ました。辺りはまだ暗く、カーテンの合間から差し込む外灯の明かりだけが唯一の目の頼りだった。
「あれ?」
と思った銀次はスマホから時刻を確認した。
午前一時を過ぎたばかりだった。
「こんな時間に起きるなんて、珍しいな」
銀次の中に奇妙な違和感が生じていた。普段布団で一度寝たら六時間以上は起きないロングスリーパーなのに、深夜に目が覚めてしまった。おまけに眠気も完全に覚めている状態。
「酔いが足りなかったのだろう」
銀次は幾許かの時間、目や眠気が覚めた理由を思案した結果、そう判断した。そして、布団から上体だけを起こし、ペットの傍に置いてあったウイスキーをラッパでがぶ飲みを始めた。グビグビと音を立てて、琥珀色の液体を胃袋に流していく。
「ウッ!」
すると突然、銀次は体に異変を感じた。すぐさまウイスキーのペットボトルを手から離し、胸を押さえつけた。勢いでウイスキーを大量に飲みすぎたせいで悪酔いの域を超え、彼岸に近しい状態に陥ってしまったのだ。
悶え苦しむ銀次。その果てに、銀次は敷布団の上に力なく横たわった。
「もう駄目だな……」
銀次は悟った。双眸からは現世への未練の涙がこぼれていた。
――そして、意識を失った。
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