反省する兄妹
「「「ごちそうさまでした」」」
朝食を食べ終え、食器を洗い場に持って行く。
俺とノエルが何も言わなくてもアルシエ様は自分の食器を自ら運んでくれた。……何か意外だ。
「カイン、何ですか、その顔は? 珍妙なものを見るような目で私を見ないでください。バカにしているのですか?」
まじまじと見ていたらアルシエ様に怒られてしまった。
また吊り上げられたら敵わない、正直に謝罪するとしよう。
「すみません。いや〜、アルシエ様がご自分で食器を運んでくださるとは思わなくて。いえ、悪口というか、神様だから身の回りの雑事は天使様に任せっきりだとばかり。ほら、王様が自分で食器を片付けるなんて思わないじゃないですか」
納得してくれたのだろう。アルシエ様は「なるほど」と頷いて肩の力を抜いた。
「当たり前のことですが、同居人として手伝えるところは手伝います。何かあったら、遠慮なく言ってくれて構いません。――それと、私は部下に家事をさせたりなどしておりません。第一、夢の世界では食事も睡眠も不要。誰の手も煩わせたりなどしてません」
(夢の世界ねぇ……、最初聞いた時から気になっていたが、天国とは違うのか? 今度質問してみるか)
それにしても驚いた。てっきり女神様は毎日毎日ご馳走ばっかり食べていると思っていたのに、まさかの食事無し。
それはそれでつまらない気がするが、まあ、女神様や天使様も好き好んでそんな生活をしているのだろうし、俺が口を挟むことではないだろう。
(ん? 夢の世界では? ということは――)
「あれ? 地上だとアルシエ様も今みたいに食事が必要なんですか?」
俺の質問に、アルシエ様はコクリと首肯した。
「ええ、そうです。正確にはこの身体は、と言うべきでしょうね。この身体は元々、あなたたちに一言文句を言うためだけに間に合わせで造った身体ですので、普通の人間と同じ構造をしてます。ですので食事も睡眠も必要となります。一応、造ろうと思えば、食事も睡眠も要らない身体も造れますが……、まあ、このままで良いでしょう」
「えっ? それってつまり……」
ノエルは言葉を濁した。
しかし、アルシエ様には彼女が言いたいことが分かったようだ。もの言いたげな目でノエルを見つめていた。
「無駄に食費がかかるとでも言いたげですね」
「ゔっ」
図星だったようだ。ノエルの頬に汗が一筋流れた。
アルシエ様はヤレヤレと肩をすくめていた。
「私もタダで居候しようなどと厚かましいことは考えていません。家賃や食費は払います」
そう言うと、アルシエ様は食器を洗い場に置いて、そのそばにあったテーブルの前に立った。
そして、彼女がサッと手を振ると、テーブルの上に硬貨の山が一瞬で築き上げられた。
金貨、銀貨、銅貨など、3種の硬貨がジャラッと音を立ててテーブルに広がる。
見たところ、どれも我が国で発行している硬貨だ。ざっと目算で、人ひとりが半年暮らせるだけの金額はある。
「当座はこれで足りるでしょう? 使い切ったら言ってください」
「兄さん、これは……」
「ああ、凄いな……」
俺とノエルはワナワナと震える手で硬貨を摘み上げた。
「どうしました? 目の色を変えるほどの大金ではないでしょう?」
これほどの事をしたのにアルシエ様は平然としている。俺でさえビビっているのに、やっぱり女神様は大物だ。
思わずゴクリと唾を飲み込んでしまう。
「私鋳銭をこんなに大量に作り出したのに、全く意にも介していない。流石はアルシエ様、法律なんて屁とも思ってないんですね」
「はい?」
何か間違ったことを言っただろうか? アルシエ様がキョトンとした表情で首を傾げている。
(死刑待った無しの重罪だよな? ……あれ? 女神様にも法律は適応されるのか?)
「兄さん、これを見てください! 凄いですよ!」
興奮したノエルが、手に持った金貨を突き出してきた。
「ほら、ここを見てください! 絶妙に使用感のある擦り減り方をしています! 手垢で良い具合に汚れてますし、アルシエ様謹製なら材質もおそらく本物! これならバレずに使えそうです! しかも、金貨一枚一枚に違いがあるので、まとめて使っても違和感を感じない、まさにプロの犯行、いえ、神の犯行です!」
「確かに! あんなにあっさり作り出したのに、かなり手が込んだ偽金だ!」
「アルシエ様の偉大さを再認識させられますね」
「だなっ!」
バンッ!
俺とノエルがしきりに偽硬貨を褒めちぎっていると、アルシエ様が突然テーブルを強く叩いた。
「「ひぃっ!?」」
ビックリしてノエルと一緒に飛びあがってしまった。
見れば、アルシエ様の頬がピクピクと引き攣っている。どうやら、また俺たちは彼女の怒りを買ってしまったらしい。
「通貨偽造で私の偉大さを認識しないでくださいっ! それにそもそも、ここにある硬貨は全て本物です!」
アルシエ様は不満げな顔つきで硬貨の山を指差した。
「これは10年前にラゴン海で沈んだ船から回収したものです。このままだと500年は海の底なので、私が拾いました。何か問題ありますか?」
(ラゴン海って王国西部の海の名前だったかな? えっと……確か沈没品は回収した人に所有権があるはずだ)
かつて小耳に挟んだ、うろ覚えの法律をなんとか思い出す。
どうやらアルシエ様の行動は王国法では合法らしい。
気まずくなった俺は、アルシエ様から目線を逸らしながら返答した。
「……問題ありません」
「その通りです! 全くもってあなたたちは、さっきから私のことを変態扱いしたり、犯罪者扱いしたり、失礼にも程があるでしょう!」
「「すみませんでした……」」
返す言葉も無い。
アルシエ様がカンカンに怒るのも当然だろう。
「ですが――」
アルシエ様はそこで言葉を切ると、こほんと咳払いをして、皺をほぐすように眉間を指でグリグリした。
「いきなり硬貨の山が現れれば、私が造ったと誤解するのも無理はありません。……迷いなく私が偽金を造ったと決めつけた事には腹が立ちますが……」
そう言ってアルシエ様は、何かを企むような意地の悪い笑顔を浮かべ、俺たちに近づいてきた。
「これからあなたたちに私を侮辱したことへの軽い罰を与えます。ですが、今回は斟酌する余地があるのでチャンスをあげましょう。――カイン、これから私がすることを《予知》しなさい。当たれば罰は無しにします」
「ゔぇっ!?」
「何ですか、その潰されたカエルみたいな声は? いいじゃないですか、当たる可能性もあるのですから」
昨日《予知》を発動したので、今の的中率はおよそ10%まで下がっている。明らかに分の悪い賭けだ。
アルシエ様の言う“軽い罰”がどの程度かは分からないが、受けたいとは思わない。
ここは何とか別の条件を――。
「カウントダウンをします。5、4、3……」
ちくしょう! 考える時間が無え!
「ああ、もうっ! 分かりましたよ!」
「兄さん、頑張って!」
《予知》を発動ッ……したんだが、これは……。
「カイン、私はこれから何をしますか? 何が見えましたか?」
楽しそうなアルシエ様が俺の顔を覗き込んでくる。
対する俺の表情はさぞ苦々しいものであろう。今の《予知》で、絶対に不正解としか思えないメチャクチャな光景を見てしまったのだ。
「……髪をピンク色に発光させたアルシエ様が狂ったように笑いながら、ハイスピードで食器をジャグリングしていました……」
「――ハズレです」
無慈悲な一言と共にアルシエ様の両手が伸びてくる。その手は俺とノエルのほっぺをしっかりと摘み、そのまま凄まじい力でつねり上げてきた。
「イダダダダッ!?」
「ひぎゃーーーッ! ほっぺ取れる、取れちゃいます!?」
部屋に悲鳴がこだまする中、アルシエ様はジトっとした目で俺たちを睨みながら、
「これに懲りたら、あまりバカな事は言わないように。私だって傷つくのですよ?」
と叱りつけてきた。
……ホント、返す言葉もありません。
「「ご、ごめんなさい! 以後、気をつけますぅッ!」」
それから1分ほど教会に叫び声が響き続けた。
……教会が村の外れでよかった。近くに民家があったら、一体何事かと大騒ぎになるところだった。
【補足】
・《予知》について
カインは、《予知》を発動させようとした時に、次の予知がどれくらいの確率で当たるか感覚的に分かります。
ですので、一ヶ月以上《予知》を使用していなければ「次は100%予知が当たる」と感じ、一ヶ月以内に《予知》を使用していたら「次は10%くらいの確率で予知が当たる」と感じます。
なお、10%を引いても、正確に予知できたかは分からないので、見た未来が正しいかどうかはその時にならないと判断できません。
また、1日以内に2回以上使用すると、2回目は1%、3回目は0.1%といった具合で回数に応じて的中率が下がります。
因みに、カイン本人は使い勝手の悪い【祝福】だと思っておりますが、《予知》の加護者の中ではカインは群を抜いて優秀です。
通常、《予知》の加護者は強制的に国家に所属させられます。
私的な【祝福】を使用を禁じられ、半軟禁生活を強いられながら、能力の条件(例えば一年毎や半年毎)に合わせて国の命令で《予知》を使用します。
非常に希少な【祝福】なので、《予知》の加護者は大国でも2、3人しか見つかりません。