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夜襲

 その日の夜、俺とノエルは晴れ晴れとした気持ちで教会の戸締りをしていた。

 俺たちが急拵えで立てた、「サリィちゃんの勇者任命阻止作戦」は大成功。……作戦などと大層なこと言っても、考える時間が無かったので、サリィちゃんの代役を放牧場に用意するという大雑把でお粗末なものだが……。

 とはいえ成功は成功。サリィちゃんは勇者にならなかった、ただそれだけが大事なのだ。


(しかし、サリィちゃんが放牧場にいなくても魔物が現れるなんて、向こうもいい加減だなぁ……)


 夢の中の話では、女神様の部下が裏山から魔物を放すと言っていた気がする。その部下……天使様かな? ともかく、その部下の雑な仕事に救われた。

 本当にありがたい話だ。夜の礼拝で、思わず部下のかたに感謝の祈りを捧げてしまうくらい助かった。


「兄さん、窓は全部鍵を閉めました」


 ノエルが教会をぐるっと一回りして窓を閉めてくれた。

 ノール村のような、他所者が滅多に来ないど田舎に泥棒が出るなんて聞いたことが無いが、用心は大切だ。こじんまりとしたボロ教会とはいえ、他の民家よりかはお金があるのだから。

 それに、ノエルみたいな若くて可愛い女の子もいることだしな。万が一があってからだと遅いのだ。


「火の始末もしたし、あとは礼拝堂を閉めるだけだな」

「そうですね」


 外はすっかり日が暮れている。屋内を照らすのは、俺とノエルが持っている手燭の灯りだけだ。

 俺たちは炎を重ねるように、連れだって廊下を歩き、礼拝堂へと向かった。

 ウチの教会は生活スペースと礼拝堂裏手が渡り廊下で繋がっている。戸締りは、礼拝堂正面に内鍵をかけ、渡り廊下側の扉を外鍵で閉じれば終わりだ。

 俺たちは灯りを頼りに裏手から礼拝堂に入った。夜の礼拝堂には誰もいない。静かで、神聖さよりも不気味さを感じさせる空間だ。まあ、何年も坊主をやっているので、今更怖いも何もないが。

 俺が正面の内鍵を閉めようとすると、外から扉がドンドンドンッと力強くノックされ、


「たのもーーーぅ!!」


 と大声で来意を告げてきた。聞いた感じ、おそらく女性であろう。

 ずいぶんと余裕の無い声だ。火急の用事なのか?


「こんな夜更けに一体誰だ?」

「村のどなたかがお亡くなりになったのかもしれませんね」

「多分そうだな」


 ノエルの言う通りだろう。夜、村人が教会を訪ねてきたら、大半は葬式の依頼だ。

 そうとなれば、いつまでも外で待たせるのは可哀想だ。早いところ中へ入れてあげなければ。


「はーい、今、開けまーす」


 バンッ!


 俺が返事をして扉を開けに行こうとしたら、外の女性が勢いよく扉を押し開けた。やめてくれ、ボロくなってきた蝶番が悲鳴をあげているぞ。


「ちょっと、お嬢さん!? どうしたんですか、落ち着いてください!」


 外にいたのは村人ではなく、見知らぬ若い少女だった。俺よりは若く見える。15〜17というところか? 少なくとも成人はしていそうだ。

 薄暗くてよく見えないが、プラチナブロンドの髪に琥珀色の瞳、幼さを残した凛々しい顔つきは、彼女が将来、絶世の美女となることを予見させた。

 着ている服は仕立ての良い清楚なワンピースだ。ぱっと見、生地も上等そうである。こんな服を着ているということは、お金持ちのお嬢さんのようだ。


「これが落ち着いていられますかッ!」


 ……いきなり怒鳴られた。

 少女は、その綺麗な顔を怒りに歪め、目を吊り上げて俺を睨みつけてきた。その声には憎悪がこもっており、背筋が凍るような威圧感を放っている。


(あれ? この子、最近どこかで見たような? 声も聞き覚えがある? それに、なんか俺のことを親の仇みたいに睨んでいるような?)


 妙な既視感を感じたが、俺はこんな美少女とは面識が無いし、ましてや、こんなに憎まれる覚えも無い。恨まれているように感じたのは、きっと気のせいだろう。

 そんな事を考えていると、少女は無遠慮に俺のことを指差してきた。失礼な娘である。


「あなたの愚行で、どれほど私が迷惑を被ったと思っているんですか! それを、『落ち着け』ですって? ふざけるのも大概にしなさい!」


「はい?」


 まったく見に覚えが無い。俺は「女性に優しく」がモットーの紳士だぞ?

 それに、これまでの人生はそれなりに品行方正に生きてきた。この少女に“愚行”と言われるような事はしていない筈だ。

 まず間違いなく人違いだろうが、相手は(たぶん)お金持ちだし、とりあえず丁寧に応対しよう。


「あの……どこかでお会いしたことがあるでしょうか? 私はカインと申しまして、この教会を管理している神父です。失礼ですが、お嬢さんは私のことをどなたかとお間違えでは?」

「何ですってッ!!」


 少女が怒声を上げ、柳眉を逆立ててツカツカと近づいてきた。かなり怖い。


「私に対してあの様な振る舞いをした挙げ句、あんな事までしておいて、言うことがソレですか! 私のことなど知らない? ふざけないでくださいッ!」

「なっ!?」


 この女、何てことを言うんだ! まるで、俺が彼女に乱暴を働いたみたいじゃないか。

 ノエルが底冷えするような目でギロッと睨んできた。


『どういう事ですか、兄さんッ! まさか浮気ッ!?』


 頭の中にノエルの声が響き、彼女の不安と困惑が伝わってきた。

 これがノエルの【祝福ブレス】――《念話》だ。

 《念話》は他人と心の中で会話ができるようになる能力だ。どれほど距離が離れていても言葉を送ることができるので、手紙より速くて正確な、非常に有用な【祝福ブレス】である。

 ただし、《念話》にはデメリットがある。言葉と共にその時の感情が相手に伝わってしまうのだ。

 だからさっきもノエルの心痛がヒシヒシと伝わってきた。早く誤解を解かなければ。


『落ち着け、俺がそんな事をする訳が無いだろう?』

『……どうやら本当みたいですね。ごめんなさい、取り乱しました』


 良かった、分かってくれた。ノエルの《念話》は嘘がつけなくなるが、こうして本心が伝わるから、こういう時は助かる。

 俺の方にも、ノエルが心底安堵した感情が伝わってきた。

 

『では、この人は一体誰なんでしょう?』

『分からん。初対面の……はず?』

『どこかで見たことがある気がするのですね? 実は、私もそんな気がするのです』


 俺たちが(はたから見たら無言で)悩んでいると、少女がイライラした様子で、


「まだ分かりませんか! ならば、これならどうですか?」


 と怒鳴り、パンッと手を叩いた。

 すると、みるみるうちに少女の髪と瞳の色が変わり、ワンピースが貫頭衣へと変化した。


「「あーーーっ!」」


 俺とノエルは揃って少女を指差した。

 銀の髪と金の瞳をもつ女神、シュール・エアラ様がそこにいた。夢で見た姿より少しだけ若いが、間違いなく女神様だ。


「な、何故、こんな所に女神様が……」

「天上におわす女神様が下界に!? そんな話、聞いたことがありません!?」


 女神様は苛立たしげにフンっと鼻を鳴らした。


「確かに、私がこの世界に降り立つのは初めてです。カイン、あなたに一言文句を言うため、わざわざ受肉をしてまで現世に降臨したのですよ。さあ、私が誰か分かったのなら、今すぐこうべを垂れなさい」


 人生最大のピンチかもしれない。

 まさか女神様が直々に怒鳴り込んでくるなんて……。

 シュール・エアラ様御降臨なんて、奇跡として聖書に書き加えられるレベルだぞ? それなのに、理由が俺に文句を言うためだなんて、そんなの有りかよ……。

 ……あれこれと嘆いていてもしょうがない。とりあえず、言われた通りに跪こう。


「きゃっ」


 突然、ノエルが悲鳴を上げ、頭を押さえた。


「ノエル!」


 俺は慌ててノエルに駆け寄って肩を抱く。

 外傷は無いみたいだが、どうしたのだろうか?


「大丈夫か?」

「はい、大丈夫です。【祝福ブレス】が弾かれるなんて……ッ」


 女神様に《念話》を試みたのか! 思考を盗み聞きしようとしたのだろうが、肝が据わっているというか、怖いもの知らずというか……。

 

「ふーん」


 女神様が呆れた目でノエルを見つめる。


「あなたは……カインの妹のノエルですね。《念話》の加護者ですか。まったく……、そんなものが神である私に通じる筈がないじゃないですか」


 女神様は深々とため息をついた。


「はぁ〜、兄妹揃って不遜な態度。本当に困った人たちです。ほらっ、無駄な抵抗などしてないで、さっさと跪きなさいっ!」

「「はい、女神様。誠に申し訳ございませんでした……」」


 俺とノエルは戦々恐々としながら床に跪くのであった。

【補足】


・ノエルについて


 カインのメインヒロイン。15歳。

 以前は外見のせいで村人から冷たい性格だと思われ、少し距離を取られていたが、四六時中カインにべったりで世話を焼いていたので、今では微笑ましい目で見られている。なお、二人の交際関係は村人周知の事実である。

 やきもち妬きで、村の女衆の集会では、カインに色目をつかう女性を牽制している姿が毎回目撃されている。

 カインと同じく信仰心は皆無。今の生活のために女神に逆らうあたり、彼女もまた、気合いの入ったエアリス教のシスターである。

 《念話》の加護者。

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