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女神様にバッテンを突き付けろ

「それで? 俺が勇者様と魔王討伐に旅立つって話でしたっけ? いや、無理ですよ。だって俺、かなり弱いですよ。魔王どころか、町のチンピラにも敵いませんって」


 事実、俺は武芸を嗜んだこともなければ、スポーツも人並み、馬術も弓術も全くダメ。これで魔王に挑むなんて自殺行為だ。

 「魔王」――それは数百年に一度現れる人類の天敵。邪悪なる魔族や凶暴な魔物を率いて暴虐の限りを尽くし、世界を滅ぼそうとする存在だ。

 一説には、邪な心に支配された人間が変貌して魔族になり、魔王はその最たるもの、と言われているが、真実は分からない。

 ともかく、歴史上の、どの魔王も強くて残忍だったらしいので、とても俺みたいな一般庶民が関わるべき相手じゃない。命がいくつあっても足りないだろう。


「勇者様には、ちゃんとした仲間を用意した方が良いですよ。武力とか知力とかが優れた善人なんて何処にでもいるでしょう? あとは、財力とか権力を持った善人が……いるかは分かりませんが、そんな人たちがサポートして、魔王を討伐させるべきですよ」


 「勇者」とは、魔王討伐のために女神様から特別な力を授かった、人類の救世主である。歴代の勇者様は総じて、人を超えた力で魔族たちを退け、無辜の民を救うヒーローだ。

 女神の代行者である勇者によって魔王が倒されることで、この世界は平和(とエアリス教の天下)が続いている。そういった意味では、頭が上がらないくらい勇者様のお世話になっていると言えるだろう。

 しかしながら、いくら世話になっているとは言え、俺はそんな華々しいお方とは会いたくもない。

 そもそも住む世界が違うのだ。

 俺は血生臭いこととは無縁の、勇者だの魔王だのと全く関わりのないド田舎の村で暮らし、風の噂で「世界が平和になりました」と聞ければ満足だ。


「ですから、俺なんかじゃなくて、誰か別の人を選んでください」


 俺がキッパリとそう言うと、女神様は苦々しげな表情で俺を指差した。


「……確かにあなたは弱いですし、心根も悪いです。ついでに言えば、この私に対して無礼でもあります。しかし、それらを踏まえた上でも、あなたの【祝福ブレス】は勇者の旅路に必要不可欠な力なのです」


(あー、やっぱり【祝福ブレス】のことも筒抜けか。俺の夢だもんな、そりゃそうだ)


 魔物を倒した人間に女神様がお授けくださる奇跡の力、それが【祝福ブレス】。

 【祝福ブレス】を得た者は「加護者」と呼ばれ、一人につき一つ、特別な能力を行使することができるようになる。手から炎を飛ばす者もいれば、大きな音を出せるようになる者もおり、その能力は千差万別だ。


(誰にもバレないように【祝福ブレス】のことは隠しているけど、夢の中はそうもいかないなぁ……)


 通常、加護者は国に能力を申告する義務がある。当たり前だ、加護者の中には国家バランスを変える程の【祝福ブレス】を発現させる者もいる。為政者がそのような危険人物を放置する訳がないのだ。

 俺の【祝福ブレス】は使いにくい能力だが、非常に強力だ。もし仮に、この能力が世間にバレたら、俺は一生、国(か教会)に囚われて能力を使い続ける羽目になるだろう。

 それは俺が望む、「“彼女”と歩む幸せな人生」ではない。


(勇者様に協力するなんてゴメンだ。俺はこの生活を手放したくない)


 俺は女神様を下から睨みつける。


「お言葉ですが女神様。やはり、勇者様にはご協力致しかねます。俺の【祝福ブレス】を公にすれば、俺にメリットが無いばかりか、今後の人生設計に多大な不都合が生じます。場合によっては命を狙われるかもしれないのに、首を縦に振るなどできません」


 女神様は一瞬グッと言葉に詰まると、不満さを隠そうともせず、ふんと鼻を鳴らした。


「あなたの人となりを知った今では、私としても、あなたが勇者の仲間に相応しいとは思いません。ですが、あなたが勇者パーティに加わるのが魔王討伐の最適解なのです。明日、ノール村で誕生する勇者の最初の仲間となり、その【祝福ブレス】で勇者を導きなさい。これは神命です、ありがたく拝受しなさい! ……まったく、私は何千年も先を見据えて計画を立てているのですよ。素直に従ってほしいものです」


 最後は小声で聞き取れなかったが、この女神様、とんでもない事を言わなかったか?


「明日、ノール村で勇者様が? 一体誰が?」


 ノール村みたいなド田舎で勇者様が?

 ……ホント、夢ってのは突飛な設定で話が進むなぁ。とても現実であり得るとは思えない話だ。

 俺は内心で呆れ返っていたが、女神様は真面目な表情で疑問に答えてくれた。


「私が勇者に選んだのは、羊飼いの娘、サリィです。彼女は明日、羊の放牧中に魔物を討伐し、私が特別に用意した【祝福ギフト】に目覚めます」

「サリィちゃん!? あの子が勇者様に!?」


 サリィちゃんは、羊飼いのアルトさんのとこの長女だ。今年で15歳、いつも長い茶髪を三つ編みにしている、クリッとした目がチャームポイントの女の子である。

 確かに、彼女は他人を思いやることができる優しい子だし、芯の強いところがあるので、勇者としては相応しいのかもしれない。

 しかし、サリィちゃんが勇者様であるはずがない。


「女神様、女性の勇者様など聞いたことがありませんよ? 歴代の勇者様は男性ばかりではないですか」


 女神様は、我が意を得たりと言わんばかりの表情で大きく頷いた。


「そう、その通りです! 今までの私が選んできた勇者は全て男性。しかし、今回は違います。田舎の村で誕生した庶民の勇者、しかも、史上初の女性勇者! だからこそ、意義があるのですっ!」

「意義……ですか?」

「ええ、サリィの存在は、この世界の歴史に大きな影響を与えます。――ですが、それも彼女が魔王を討伐してこその話。いつまでも文句を言ってないで、彼女が役目を果たせるようにサポートしなさい」


 女神様の目論見なんて知ったことではないが、よりによってサリィちゃんが勇者様か……大問題だな。

 俺は両手で大きくバッテンを作った。女神様が目を丸くする。


「……何ですか、その手は?」

「女神様、サリィちゃんはダメです。先約があります」

「はい?」


 女神様がコテンと首を傾げた。愛嬌のある仕草だ。


「先約があるって……わたしより優先されることなど無いでしょう?」


 俺は首を横に振った。サリィちゃんには大事な予定があるのだ。


「いいえ、サリィちゃんは大事な用事があります。――彼女は来月、村長の息子のダン君と結婚するのです。ですから、勇者様に選ばれている暇などありません」


 女神様は一瞬ポカンとしたあと、クラっとして倒れそうになった。なんとか踏みとどまると、呆れ果てた様子で額に手を当てた。


「勇者任命は世界の命運を左右する出来事ですよ? 結婚は確かに大事ですが、個人の事情と天秤に掛けられる話ではありません。当たり前のことでしょう?」

「いえいえ、そうは思いません。個人の幸せは、時に世界平和より大事です」


 どうせ夢だ、好き勝手言っても良いだろう。


「それに、村長は結納として羊30頭を準備しています。いまさら破談にはできません。さらに、サリィちゃんとダン君は幼馴染で、小さい頃から結婚を約束していた仲です。愛し合う二人を引き離すなんて、とんでもない!」


 ついでに言えば、二人の結婚式により、ウチの教会にもお布施としてそれなりのお金が入ってくるのだ。そういった意味でも中止は困る。


「若い二人はこれから手を取り合い、村の将来を――」

「もう結構です」


 俺が二人の結婚がいかに重要かを力説していると、女神様が力無く手を前に突き出して俺の言葉を遮った。ずいぶんと草臥れた様子だ。


「あなたには何を言っても無駄なようですね。ですが、全てはもう決まったこと。――どうせ、まだこれが夢だと思っているのでしょう? ならば、せいぜい明日になってから慌てなさい。サリィが勇者になったと知って、あなたが心底仰天する顔が楽しみです」


 女神様はシッシッと手で追い払うような仕草を俺にした。


「とっとと目覚めなさい。もうあなたに話すことはありません。私はこれから、サリィにけしかける特別製の魔物を準備しないといけないのです」


 急に頭がボンヤリとしてきた。眠りに落ちるような不思議な感覚で、心地良さを感じる。

 身体に力が入らず、崩れ落ちるように横たわってしまう。

 

「まったくもう、女神である私の命令を聞かないなんて、あなたは本当に神父ですか。仮にも“神のしもべ”でしょう? であれば、口先だけではなく――」


 女神様はグチグチと俺を詰ってくる。聞き流して寝ても良いのだが、しかし何故か、最後にこれだけは尋ねる必要がある気がした。


「女神様……村……に……魔物が……現れる……ので……す……か?」


 容赦なく意識を刈り取ろうとしてくる眠気に耐え、口から言葉を絞り出す。

 女神様は「ええ」と頷き、あっけらかんと答えてくれた。


「明日、サリィは羊の放牧中に魔物に襲われ、それを退治することで【祝福ブレス】に目覚めます。ですが安心してください。狙うのは日中、サリィが一人でいる時です。彼女は毎日同じ仕事をしているので、昼前に放牧場へ魔物が現れるようにしましょう。朝、放牧場の裏山から魔物を放すように部下へ指示を出します。これなら村人に危険はありません」


 もう言葉一つ話せないし、瞼も閉じているが、必死に意識を繋ぎ止める。自分でも、何でこんなに頑張っているのか分からないが、ものすごい嫌な予感がするのだ。

 女神様は、俺の返事が無いことなど気にもせず、調子良くペラペラと喋ってくれる。


「戦闘経験の無い彼女でも倒せるような貧弱な魔物を用意しなければ……。さて、何が良いでしょうか? ネズミ……いや、ウサギ型の魔物にしましょう。子供でも殺せるように、身体能力は普通のウサギ以下にしておけば確実ですね。あとは魔物に、彼女本来の【祝福ブレス】を上書きして、《聖剣》の【祝福ブレス】にする能力を仕込んで――カイン、もう眠りましたか? ……はぁ、本当に度し難い男でした。もう二度と会話をすることもないでしょう」


 頭上からパンっと手を叩く音がした。それと同時に身体の感覚がどんどん無くなっていく。

 まどろみに沈んでいく中、微かに女神様の声が聞こえた。


「世界を救うために身を粉にして戦いなさい。あなたの武運は祈ってあげませんが、最終的な勝利だけはわたしが保証してあげますよ」


 俺の意識はそこで落ちた。

【補足】


・夢の世界について


 この世界には天使や悪魔を名乗る存在がいますが

、天国も地獄もありません。

 それらの代わりに彼らのような存在が普段いるのが、「夢の世界」と女神が呼んでいる精神世界です。

 本来、人間には辿り着けない場所ですが、女神は寝ている間に意識だけを「夢の世界」に呼び寄せてます。

 今回も、カインの身体は彼の自室のベッドの上でいつも通りに寝ています。

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