不服であろうとも
「村長! 今の話は本当なんですかい? テッド坊が勇者様だなんて信じられませんぜ。神父様には悪ぃが、何かの間違いじゃ?」
まず声を上げたのは牛飼いのハイルさんだ。でっぷりした体型で髭の濃い四十男である。
彼が口火を切ると、出席している村人たちからどんどんと意見が飛び出してきた。
そのほとんどが、「テッドのような不真面目なエロガキを女神様がお選びになる訳がない」というものと、「世の中には、もっと勇者様に相応しい人物がごまんといる」というものであった。
本人がいないこともあり、憚りの無い意見が次から次へと出てくる。父親であるアルトさんはさぞ肩身が狭いことだろう。
『こうして聞いていると、全部もっともな意見ですね』
ノエルが《念話》を使って話しかけてきた。
『そうだな。俺だって何も知らずに、いきなりテッド君が勇者様に選ばれたなんて聞いたら、女神様の頭を疑うだろうさ。女神様がご乱心したとか、耄碌したとも思うだろうな』
『……アルシエ様に聞かれたら、またオシオキされますよ。気をつけてくださいね。私はもうホッペ抓りは嫌です』
ノエルのゲンナリした感情が伝わってくる。
確かにアレは心折れる痛さだからなぁ。
『――何人かの心を盗み聞きしましたが、皆さんはどうも、「村から勇者様が輩出される名誉」より、「テッド君が勇者様に選ばれる不条理」を強く感じているみたいです』
相手が《念話》を意識していなければ、ノエルは容易に思考を聞き取ることができる。
彼らが“伝えたくない”と強く意識していればノエルには伝わらないのだが、《念話》を知らない村人たちはそんな事は思っていないだろう。盗み聞きし放題である。
『なるほど、分かる気がする。……にしても、ここまで歓迎されない勇者様って史上初じゃないか?』
『テッド君の普段の行いの結果ですね』
俺たちが雑談をしている間にも議論はさらに熱を帯びてきた。
遂には、「テッドがちやほやされるために、女神様に神託を授けられたと嘘をついたのでは?」という意見まで出てきた。
言ったのは――馬飼のネオさんか。鼻の曲がった白髪頭の五十男である。偏屈な性格で、こういった集会では、いつも意地の悪い発言をする人だ。
「――そうか、それで村長や神父様が騙されたのかも」
「二人の信心深さに付け込んだのか。悪知恵を働かせやがって」
(あっ、不味い)
村人たちから同調する意見が出てきた。
普段であればネオさんの発言は一顧だにされないのだが、今回はテッド君の信頼度が低いせいで受け入れられてしまった。
「ちょっと待ってくれ! ウチの子はバカでスケベだが、嘘だけは吐かないんだ! 村長や神父様を騙そうとなんてしないっ!」
「じゃあ、何でテッドが勇者様なんだ! あり得ないだろ!」
「アルトさん、息子を庇いたい気持ちは分かるが、これは冗談じゃ済まないんだぞ!」
アルトさんの反論を機に、議論はさらに燃え上がる。
いよいよ収集がつかなくなりそうになったその時、メルド村長の一喝が集会所に響いた。
「皆の衆! 各々言いたいことがあるだろうが、先ずは落ち着け!」
「うっ……」
「へい……」
とたんに鎮まり返った集会所。耳に入ってくるのはメルド村長のダンディな声だけだ。
「そもそも、テッドが本当に勇者様かどうかを決めるのは我々ではなく、国王陛下と教皇猊下だ。私たちがやるべき事は、ありのままをお伝えして判断を仰ぐ事のみ。ここでの議論には何の意味も無い。――分かったか?」
「「「はい……」」」
「むしろ、本当に女神様がテッドを勇者様にお選びになったとしたら、どうするつもりだった? 我々の悪感情だけで勇者様を嘘吐き呼ばわりしたなどと知られたら、村ごと処罰を受ける可能性すらある。ここは、私とカイン神父様を信じて成り行きを見守ってくれ。そうすれば、万が一罰せられるとしても私たち二人だけで済むのだ」
「「「……分かりました」」」
さすがは村長。あっという間にこの場をまとめた。先程までカッカしていた村人たちが冷水をぶっかけられたように、意気消沈している。
(さて、ここは俺も何か言わないとな)
俺はスッと片手を挙げた。
「村長、私の方からも一言よろしいでしょうか?」
「もちろんです、カイン神父様」
「ありがとうございます」
メルド村長が頷いてくれたので、俺は「では」と前置きして村人たちと視線を合わせる。
村人たちは固唾を呑んで俺を見つめていた。
「私は、皆様がご懸念されるのも尤もな話だと考えております。テッド君が嘘を吐かない子だと承知しておりますが、正直、私も最初に彼から話を聴いたときは内心戸惑っていました。『本当に女神様はテッド君を勇者様に? もっと心清い人物が相応しいのでは?』などと、畏れ多くも女神様への不信感すら抱いたほどであります」
敬虔な神父らしからぬ俺のセリフに、集会所内がザワっとした。
聖職者が女神様に一時でも疑念を持つなど、到底許されない(という事になっている)のだ。ましてや、それを公言するなど、背教者の烙印を押されかねない行為だ。
(だからこそ俺の言葉に説得力が増すんだよな)
そう心の中で呟く。
これでみんなは俺が本心を吐露していると思ってくれるはずだ。
俺はやや語気を強めて村人たちに語りかけた。
「ですが、『もし女神様がテッド君をお選びになったのであれば、そこには、蒙昧な我々では理解できないような崇高なお考えがあるはずだ』とすぐに思い直しました。皆様、考えてみてもください。未だかつて女神様がお間違いになられたことがありましょうか?」
全員が首を横に振った。
そう、“女神様は絶対に間違えない”。それがエアリス教の金看板だ。
「私は女神様を信じております。女神様は心優しき人類の庇護者にして全知全能の御方! 今、私たち人類が栄えているのも女神様のおかげ! その女神様がお選びになったテッド君を我々も信じようではありませんか。女神様がなさる事は常に正しいのですから!」
村人たちは不承不承ではあるが頷いた。
これで明日、使者一行が村に着いてテッド君が勇者であると確定したら、今後は表立ってテッド君を非難しようなどという輩は出てこないはずだ。
テッド君を非難することは女神様を信じていないということと同義。どれほど不満だろうとも、不信心者と言われたくなければ口をつぐんでいるしかないのだ。
(地元で悪口を言われてたらテッド君が可哀想だし、アルトさん一家も少しは暮らしやすくなるはずだ)
心の中まではどうしようもないが、口なら閉ざすことはできる。
テッド君に勇者の使命を押し付けた訳だし、これくらいのケアはしてあげないといけないだろう。
『よっ、兄さんの名役者! カッコいいですよ!』
『アッハッハ、ありがとうノエル』
この後、集会では、「今後、村に魔物が出た時の対処方針」と「国や教会の使者を出迎える準備」の2点が話し合われた。
結論としては、前者は領主様に相談、後者は明日から急ピッチで準備を始める(間に合わない)ことに決まった。
最後にメルド村長が閉会を宣言して臨時集会は終了、村人たちはそれぞれ帰路についたのであった。
「……ノエル、そろそろ限界だ。帰らないか?」
「う〜ん、そうですね。これ以上は馬を借りなきゃいけなくなっちゃいます。帰りましょうか」
現在、俺とノエルは村の市場で買い物をしている。
市場と言っても、町にあるような大規模なものではなく、広場で村人が商品を持ち寄って広げているだけの露天商の集まりだ。
日によって並んでいる物もマチマチ。品数も少ない。しかし、それでもノール村の貴重な買い物スポットであるし、奥様方の情報交換の場でもある。
今、俺が抱えているのは、小麦袋と籠いっぱいの野菜類である。ノエルは、ホントに容赦なく重い物を買い込んでいた。明日は筋肉痛かもしれない。
「ノエルちゃんったら、今日は随分と買い込むのね〜」
野菜を売ってくれた農家のモンローおばさんが目を丸くして驚いている。日に焼けた肌をした、赤茶色の髪の、逞しい体つきの健康的な中年女性である。5人の子供を育て上げた肝っ玉母さんでもある。
「ええ、まあ」
おおっぴらにはできないが、口が一つ増えたので、必要な食料も増えたのだ。
「あっ!」
モンローおばさんは突然何かを察したような声を上げ、ニマ〜ッと口の端を吊り上げ、イヤらしい眼差しでノエルのお腹を見つめた。
「も・し・か・し・て〜、デキちゃったの〜? 栄養を取らないといけないのかしら? 神父様ったら、ヤルじゃない」
ノエルは「まあっ!」と声を上げ、ニマニマ笑いながら軽く手を振って否定した。
「やだも〜、モンローおばさんったら〜。残念ですけど違いますよ〜。しばらく忙しくなりそうだから買い溜めしようと思ったんです」
「あら〜、そうなの? でも、子供ができたらアタシに相談してちょうだい。アタシ、勉強はサッパリだけど、子育てなら何でも教えてあげられるわ!」
「ありがとうございます! その時はよろしくお願いしますね!」
二人して「あはは」、「うふふ」と笑い合っている。
(荷物が重いから、早く帰りたいのだが……)
悲しいかな、それを口にする事はできない。女同士の会話を邪魔すると後が怖いのだ。
(腕が痛くなってきた……)
俺たちが教会に帰り着いたのは、それから暫く経った後であった。
【おまけ】
・二人の帰宅後
俺たちはアルシエ様が待つ我が教会へと帰ってきた。玄関を開けて天井を見上げると、隅々までピカピカになっていた。
「アルシエ様、かなり頑張ってくれましたね」
ノエルが「ほぅ」と感嘆の息を漏らす。
「天井掃除なんて滅多にやらないからなぁ。ホント、助かるな」
「さっそく御礼を言わないと。ーーどこに居るのでしょう?」
「居間とか台所じゃないか? 行ってみよう」
「はい」
俺たちは真っ直ぐ居間に向かった。
ガチャリ。
「「ただいま帰りました〜」」
ビクンッ!
居間の扉を開け、中に声をかけると、こちらに背を向けたアルシエ様の肩が跳ねるのが見えた。
アルシエ様はそろそろとこちらを振り向き、ぎこちない笑顔を浮かべた。
「お、お帰りなさい。早かったですね」
「ええ、まあ……、集会が思ったより早く終わったので」
「……もしかして、何かあったんですか?」
アルシエ様はブンブンと勢いよく首を横に振った。
「大した事は何もありませんよ? 至って平穏なお留守番でした」
「「大した事は?」」
怪しい……。
ノエルと二人で訝しげにアルシエ様を見つめていると、彼女の頬をツーっと汗が一筋流れた。
「その……ちょっと勇者を倒しただけです……」
何やってんだ、この女神。
「テッド君を!? 何やってんですか!?」
アルシエ様はワタワタと弁明を始めた。
「仕方ないのです。換気のために2階の窓を開けていたらテッドが忍び込んできて……」
テッド君め、アルトさんから逃げるために教会に隠れようとしたな。俺とノエルが留守だと踏んだのか。
「折悪く廊下で出くわしたのですが、私の顔を見るなり『泥棒!』と叫んで襲いかかってきたので、こう、ゴツンと……」
アルシエ様がゲンコツを振り下ろす。
俺とノエルはそれを冷めた目で見ていた。
「それで? 倒したというのですか? 女神様が勇者を?」
「はい……」
アルシエ様はすっかり悄気返っている。さすがに面目無いと感じているようだ。
俺は「はぁ」と大きく息を吐いた。
「アルシエ様は……大丈夫みたいですけど、テッド君は無事なのですか?」
「はい、怪我は治しましたし、記憶も消しました。今頃は帰宅しているはずです」
それを聞いて、ノエルがヤレヤレと肩をすくめた。
「……まあ、起こってしまった事はどうしようもないですね。悪いのは忍び込んだテッド君です」
ノエルの言う通りだ。大事にならなかったのであれば、これでこの話は終わりにしても良いだろう。
それにしても、旅立つ前に村の教会で女神に負けた勇者、か。これも英雄譚に書けないな。