教会の業務とは
エアリス教会の朝は早い。
夜明け前の鶏鳴によって目を覚ましたら、まず最初に急いで顔を洗って身だしなみを整えなければならない。ここでグズグズしていると次の仕事に間に合わなくなってしまう。
威儀を整えたら鐘塔(塔と言っても二階建ての小さなものだが)に登って待機。夜明けを待つ。
そして、日の出と同時に鳴鐘。村中に時刻を知らせている。
因みに、この教会では鐘を1日5回、日の出、朝、正午、夕方、日の入に鳴らしている。村人たちは、この鐘の音に合わせて毎日生活をしているのである。
なお、昨日は朝一番にアルシエ様が怒鳴り込んできたので、俺もノエルも日の出の鐘を鳴らしに行けなかったのだが、何故かちゃんと鐘は鳴っていた。
あとでアルシエ様に確認したところ、やはり彼女のおかげであった。曰く、
「鐘が鳴らないと村人が不審に思うでしょう? 単にあなたたちが寝坊しただけと思ってくれれば良いのですが、変に気を回して教会に様子を見に来られたら、お説教の邪魔です。ですので、時刻になったら自動で鳴るようにしときました」
とのことだった。もちろん既に解除されている。楽が出来そうだったが仕方ない。ひとりでに鳴る鐘なんて、ホラーでしかないのだから。
話を戻そう。
鐘を鳴らした後は礼拝堂にて朝の礼拝である。
エアリス教の聖職者は毎日必ず、朝、昼、夜の3回に礼拝をすることが義務付けられている。
礼拝では、女神シュール・エアラ様に感謝の祈りを捧げ、エアリス教のお題目である、『民衆の教導と救済』を果たすことを誓っている……と信者には説明している。
実際は、昔の坊さんが決めた手順に従って儀式を行い、昔の坊さんが決めた通りの文言を口にしているだけ。心のこもっていない、信者向けのポーズである。
第一、信仰対象(アルシエ様)が居間にいるのに、礼拝堂の女神像に向かって祈っているあたり、中身が伴っていないのが分かるだろう。
一応、アルシエ様には、
「礼拝の時に女神像を退かして正面に立って、俺たちに拝まれますか?」
と尋ねたのだが、すっごく嫌そうな顔で断られてしまった。
「拷問ですか? 上辺だけの媚びたセリフなんて気色悪いものを聴かせようとしないでください」
との事だ。
朝と夜の礼拝は俺とノエルの二人だけ。昼の礼拝は一般にも公開しているので、時折村人が参加したりする。
10日に一度は村人を集め、昼に集団礼拝を行う。
集団礼拝とは、村の女衆で構成された聖歌隊により讃美歌が歌い、神父である俺が参列者に聖書の読み聞かせをした後、みんなで祈りを捧げるという典礼である。なお、帰り際には参列者から心ばかりの喜捨を頂戴している。これがウチの教会の主な収入源である。
教会の日常業務は大体こんな感じだ。
この他にも、事務仕事や教会の清掃、村人の葬儀も執り行うし、頼まれれば子供たちに勉強を教えたりもする。
この様に俺とノエルは、忙しくはあるが、気忙しくはない、充実した毎日をこのノール村で過ごしていたのである。
――そう、平和な毎日だったはずなのだ。
ここ数日はイレギュラーの連続。バタバタとして、気の休まる暇も無い有り様(主にアルシエ様の夜討ち朝駆けのせい)である。
今日も今日とて、昼過ぎの臨時村民集会に参加をしなければならない。呼ばれてなくても行くつもりだったが、今朝、ダン君が来て、参加してほしいと言われたのだ。
昼の礼拝後、昼食を食べた終えた俺とノエルは、さっそく集会に向かうことにした。
開催場所は村の集会所。集会所といっても100人くらいしか収容できない、こじんまりとした建物だが、人口が300人未満しかいないノール村なら十分な大きさだろう。
出掛ける前に、アルシエ様へ一言かけておく。
「アルシエ様、俺たちは集会に参加してきます。夕方の鐘を鳴らさないといけないので、その前には帰ってきますね。あと、玄関には鍵を掛けておきますので、誰が来ても無視してください」
村人たちはアルシエ様のことを知らない。万が一、誰かがアルシエ様の姿を見つけたら面倒な騒ぎになるだろう。
――俺が村人に内緒で美少女を囲っていたという騒ぎに……。
ただでさえノエルという可愛い恋人がいることで村の若衆から時々妬ましげな視線を向けられているのに、更にもう一人などと誤解されたら堪ったものではない。
「分かりました。外から見えない所でお掃除でもしています。そうですね……天井の蜘蛛の巣や煤汚れが気になってましたし、二人がいない内にやってしまいましょう。道具はありませんが、宙に浮けば手が届きます」
アルシエ様は天井を見上げながら、そう言った。
「……礼拝堂は結構ですよ、急に綺麗になったら参拝者が不審に思います」
「もちろんです。――万が一、誰かに私の姿を見られたとしても、その人の記憶を消せば良いだけですので安心してください。他人の心をいじるのは私の主義ではありませんが、まあ、今回は仕方ないでしょう」
アルシエ様は平然とした顔で、サラッとエグいことを口にした。
「……アルシエ様、やっぱりお部屋でのんびりしていませんか? 不幸な村人を生まないためにも……」
無理にリスクを取る必要は無いと提案してみたが、アルシエ様は、
「大丈夫です。後遺症もありません」
と取り合おうとしてくれない。
すると、ノエルが俺の肩にポンと手を置いた。
「兄さん、ここはアルシエ様の好きにさせてあげましょう。アルシエ様ならどんなトラブルも対処できますし、天井の掃除はとても助かります。それに、そんなに心配なら《予知》をしてみては? きっと平穏な光景が見れますよ」
「う〜ん、ノエルがそう言うなら……」
事実、アルシエ様なら何が起きても大丈夫だろう。
でも一応、《予知》はしてみよう――。
「あの……、《予知》したら、怯える子供の前で手を叩くアルシエ様の姿が見えたのですが……」
「「ハズレですね」」
二人がかりで否定されてしまった……。
【おまけ】
・全自動鐘鳴らし
ある日、俺は日の入の鐘を鳴らし終えて居間に戻った。
居間ではノエルとアルシエ様がのんびりとくつろいでいる。鐘を鳴らすのは力仕事なので俺の担当なのだ。
「兄さん、お疲れ様でした。アルシエ様が紅茶を淹れてくれたんです。一緒に飲みましょう?」
「ああ、いただくよ。アルシエ様、ありがとうございます」
「どういたしまして。また新しいブレンドに挑戦してみたので、試してみてください」
ノエルがカップに紅茶を注いでくれた。甘い花のような香りが鼻腔をくすぐる。今日の紅茶も美味しそうだ。
紅茶を飲んで一息ついた俺たちはテキトーな雑談に興じていた。
話題は毎日の仕事についてである。
「しっかし、毎日毎日鐘を鳴らすのも大変だな。アルシエ様、時間がくれば鐘を鳴らしてくれる【祝福】なんてありませんか? 前に奇跡でやってくれましたよね? あんな感じの」
アルシエ様はちょこっと首を傾げて思案する。
「……幾つかの【祝福】なら、工夫次第で同様の結果を起こせるでしょうが、能力の無駄遣いとしか思えませんね。それならば、時間になったら自動で動く装置を組み立てた方が賢明でしょう」
そう言ってアルシエ様は肩をすくめた。
「そんな物がっ!?」
愚痴をこぼしただけだったが、驚くような返答が返ってきた。
そんな便利なものが作れるのなら、ぜひ欲しい!
「そんな装置ができたら全教会が泣いて喜びますね。どうやって作るのですか?」
ノエルが尋ねると、アルシエ様はクスッと笑って、
「ナイショです。欲しかったら頭を捻って考えて、自分で作りなさい。もし完成したら歴史に名を残す様な大発明家ですよ」
と言ってきた。
「「ケチっ!」」
俺たちは口をイーっと伸ばして抗議した。
アルシエ様はケラケラと笑っている。本当に教える気が無いようだ。
俺はハァとため息をはいた。
「残念ですが夢の装置は諦めます。俺はこれからも手動で鐘を鳴らすとしますよ」
「あら、そうですか。まあ、カインが作らなくても、1000年以内には誰かが作るでしょうから、それまで気長に待っていることです」
「それ、俺はもう死んでいるじゃないですか……」
どうやら、まだまだ教会の人間は楽できないようである。
【補足】
・都会の教会との相違点
人口が多い都会では教会の鐘は1日7回鳴ります。
増えるのは、朝と正午の間の昼前の鐘と、正午と夕方の間の昼後の鐘です。
仕事始めや昼休憩の終わりの合図となっております。