昼食と2回目のお仕置き
「う、美味い!」
「……完敗です。お見それいたしました……ッ」
礼拝堂を片付けて居間に戻ると、アルシエ様が昼食を作って待っていてくれた。
作ってくれたのはチーズたっぷりのクリームペンネ。材料は全てありふれた物を使っているはずなのに、貴族様の食卓に上ってもおかしくないほど美味しかった。
正直、ノエルが作る料理よりも上手だ。
当のノエルは悔しそうに顔を歪め、「負けました……」などと唸っている。手に持ったフォークは絶えず動き続けていた。
俺たちの賞賛を受け、アルシエ様は誇らしげに胸を張っている。
「ふふん、中々のものでしょう? 料理は久しぶりでしたが、腕は衰えていませんでした。こんなもので良ければ、何時でも作って――そうだ! 今後は交代で料理を作りますか?」
アルシエ様はニコニコ笑いながら、そう提案をしてきた。俺たちに褒められたことがそんなに嬉しかったのだろうか?
……さっきも思ったが、褒め言葉に弱いな、アルシエ様。
「うぅ……兄さんに料理を作ってあげるのは私の役目なんですぅ……。でも、この味は……いや、しかし……あぁ!」
ノエルがフォークに刺したペンネを真剣に見つめながら葛藤している。昔から美味しい物に目がないからなぁ。
ノエルはしばらく悩んでいたが、決心がついたらしい。フォークを置き、苦渋に満ちた顔つきでペコリと頭を下げた。
「お願いします……交代で料理を作ってください……」
アルシエ様は満足そうに頷いている。
「ええ、喜んで。今度、一緒に料理をしましょう? 色々とアドバイスしてあげますよ」
「ホントですか! ありがとうございます!」
ノエルはバッと顔を上げ、破顔一笑、「やった〜」と両手を振り上げていた。すっかり胃袋を掴まれたみたいだな。
「カイン、お皿が空ですね。お代わりしませんか?」
「はい、いただきます!」
……どうやら胃袋を掴まれたのは俺もらしい。
「そういえば、一つ気になったのですが」
昼食後、3人でお茶を飲んでいると、アルシエ様がふと疑問を口にした。
「テッドのことなのですが、彼はカインと親しいのですか? カインのことを“兄貴”と呼んでましたし、懐いている感じがしました」
「「あ〜」」
俺とノエルは揃って微妙な表情をした。理由が理由だけに説明しづらいのだ。
「……何ですか、その反応は?」
アルシエ様は訝しげに俺たちを見つめた。
「いや〜、言いづらいというか、馬鹿みたいな理由なんです」
「確かにテッド君は兄さんに懐いていますが、理由がアレなんですよねぇ……」
俺とノエルは顔を見合わせ、ハァとため息をついた。
「うむむ、聞きたいような聞きたくないような……。まあ、一応、教えてください」
アルシエ様は数瞬悩んでいたが、興味が上回ったようだ。
俺としても聞かれて困ることではないし、ご要望とあらばお答えしよう。
「わかりました……と言っても何と説明したものやら。う〜ん、昔、彼に文字を教えてあげた事があるのですが、それがキッカケで仲良くなった……と言えばいいのかな?」
この国の識字率はとても低い。
この村で文字を読めるのは俺とノエル、村長父子、サリィちゃんとテッド君の6人だけだ。
王都ならともかく、ど田舎のノール村ではこんなものだ。
この村で生きていく分には文字など知らなくても問題無いのだが、サリィちゃんは将来ダン君の仕事を手伝うために、テッド君は村を出て都会に行った時のために勉強をすることになったのだ。
「なるほど、カインはテッドの先生という事ですか。しかし、テッドは熱心に勉強するような性格には見えませんでしたが、自分から文字を覚えたいと言ってきたのですか?」
首を捻るアルシエ様に、俺たちは苦笑を返した。テッド君はそんな勤勉な子ではないのだ。
「いえ、バネッサさんの教育方針です。本人は凄く嫌がっていました」
「最初はこれっぽっちもやる気が無くて大変でした。『本が読めても何の役にも立たない』なんて言って、よく授業をサボってましたよ」
アルシエ様は“やっぱり”という顔をしている。
まあ、大抵の子供なんてそんなものだ。
「……でも最終的には教えたのでしょう? どうやったのですか? ワガママばかりで人の言うことを聞かないどっかの誰かさんたちを教育する時の参考にしたいので、ぜひ教えください」
嫌味ったらしく言ってきた。アルシエ様としては皮肉のつもりなのだろうが――。
「ブフッ、ゴホッ。ア、アルシエ様、アレを参考になされるのですか? そ、それは、楽しみです。クククッ、ぜひ、お願いします!」
「ウフフフフ、大変です! いったい私たち、アルシエ様にどんな、アハハ、ことをされてしまうのでしょう! ヒィヒィ、笑いが、止まら、お腹痛い」
突然俺たちが突然笑いだしたので、アルシエ様は目を丸くして驚いた。しばらく唖然としていたが、ほどなくしてバカにされている事に気づいたらしく、まなじりを吊り上げて俺たちに詰め寄ってきた。
「何が可笑しいのですかッ! 説明しなさいッ!」
「わ、分かりました。ちょっと待ってください。息を整え、プフッ!」
「〜〜ッ」
先ずは落ち着かないとろくに喋れない。ゆっくりと深呼吸をして息を整える。
隣ではノエルも同じことをしていた。
目の前ではアルシエ様がジトっとした目で睨んでくるが、それが逆に笑いを誘ってくる。止めてほしい。
「フゥ〜、失礼しました」
「……早く説明してください」
おおう、アルシエ様ってば今にも噴火しそう。……これ、説明したらヤバくね?
「あー、その……アルシエ様? どうか冷静に。先ず謝ります。笑ってごめんなさい」
「ごめんなさい」
俺とノエルはペコリと頭を下げた。
「……あんなに笑うとは、どうせ碌でもない方法なのでしょうね。……聞かせなさい」
俺たちはアルシエ様の顔色を伺いながら恐る恐る口を開いた。
「えー、当時の俺は、どうやったらテッド君が文字に興味を持ってくれるか真剣に悩みました。それで、テッド君に文章が読めるメリットを提示したのです」
「兄さんが考案した勉強法によって、テッド君は学習意欲がメキメキ向上。今では、多少語彙が偏っていますが、難しめの文章も読めるようになりました」
「回りくどい言い方ですね? 簡潔にお願いします」
俺はゴクリと唾を飲み込むと、意を決してその勉強法を口にする。
「官能小説を教科書にしました」
「おバカ!」
やっぱり雷が落ちた。
アルシエ様の怒声で空気がビリビリ震え、俺たちは「ヒィ」と肩をすくめた。
「どこの世界に官能小説で子供に文字を教える聖職者がいますかッ! ここにいますね、この変態兄妹ッ! 未成年に対する猥褻行為で一度捕まりなさいッ! ……ちょっと待ってください」
アルシエ様はハッとした様子で怒鳴るのを止め、
「あなたたちは先程何を想像しましたか? 誤魔化さずに言いなさい」
と、要らぬ事に気がついてしまった。
アルシエ様の顔がみるみる赤くなり、キッと目つきを鋭くして俺たちを睨んできた。
「その……アルシエ様が俺たちに色仕掛けをする場面を想像しました。胸元を弛めて上目遣いで、『私の言うことを聞いてください』って言ったりするのかな? みたいな……」
「アルシエ様が私の背中に手を回して情熱的に抱き寄せ、顎クイしながら、『ワガママ言うと、無理矢理その唇を塞ぎますよ』と囁く場面を妄想しました。女の子同士なのに困っちゃうな〜、なんて……」
「〜〜〜〜ッ!!」
結局、俺とノエルは本日2度目のほっぺつねりを食らった。
その後、俺たちはアルシエ様から「セクハラはダメ絶対!」という、有難い教えを頂戴する羽目になった。
……昨日、テッド君にサリィちゃんの代わりに働いてもらう見返りとして、その官能小説を渡した事は黙っておこう。
もしバレたら、もっとキツイお仕置きをされそうだ。
【おまけ】
・魔石について
「もう一つ聞きたいことがありました。カイン、ノエル、あなたたちがかつて倒した魔物の魔石はどうしたのですか? どこかに隠しているのですか?」
アルシエ様が突然そんなことを尋ねてきた。別段重要な事ではなく、ただの雑談のようである。
「いえ、魔物の死骸ごと捨てました。子供が魔石なんて持っているのが大人に見つかったら面倒じゃないですか。下手したら【祝福】についてもバレてしまいますよ」
俺は首を振って否定した。
俺とノエルが魔物に遭遇したのは8年前、倒したのは蝶々型の小さくて弱い魔物だ。魔石も小粒のものであったが、魔石は魔石。持っていてもトラブルの種にしかならない。
アルシエ様は俺の答えに納得したようだが、どこか不満げな表情だ。何か気に食わないことでもあるのだろうか?
「それはまあ、その通りなのですが……なんだか勿体ないですね」
予想外の反応が来た。神様の言うセリフとは思えない。
「いやいや、『勿体ない』って……爪の先程度のカス魔石でしたよ? 使い道無いでしょう?」
俺が呆れたように言うと、アルシエ様はムッとした顔つきになる。そして、あたかも子供に言い聞かせる母親のような口調で反論してきた。
「魔武器や魔道具で需要があるので、どんなに小さな魔石でもそれなりの金額で売れるでしょう? また、未加工の魔石でも、所持しているだけで多少は【祝福】の精度が上がるではないですか。あなたでしたら0.01%くらい的中率が上がりますよ。腕の良い職人がカイン専用の魔道具を作れば0.5%です」
(0.5%って、意味あるのか……?)
「……要らないです」
俺はもう一度首を振った。
誤差の範囲である。とてもリスクとつり合うとは思えない。
「……ですか」
そんな不服そうにされても、ずっと昔の事なんだが……。
しかし、アルシエ様はどうしてこう、所帯染みているのだろうか? 本当に女神様か?