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勇者である証明

「神父様、どういうことですか!? テッドが、私の息子が勇者様だなんて!?」


 いち早く我に返ったバネッサさんが血相を変えて詰め寄ってくる。

 女性に対して失礼な話だが、彼女は恵まれた体格をしているので、凄い迫力だ。思わず腰が引けてしまう。


「お、落ち着いてください。キチンと説明させていただきます。シスター・ノエル、例の本を」

「かしこまりました、カイン神父様」


 まず目の前のバネッサさんを落ち着かせ、それからノエルに頼んでとある本を持ってきてもらう。

 バネッサさん以外の他の人に目を向ければ、テッド君は鼻高々で剣を突き上げており、アルトさんはあまりのショックにまだ呆然としている。

 サリィちゃんは半ばパニックになっており、オロオロした様子で、婚約者のダン君の胸にすがりついていた。

 ダン君は燃えるような赤毛を肩のところで切り揃えた好青年だ。彼も心中は混乱しているだろうが、腕の中の恋人を安心させるように、柔和な顔を強ばらせながらもサリィちゃんに優しく声をかけていた。まだ15歳で、成人したばかりだというのに立派なものである。

 おそらく、この中で一番冷静なのはメルド村長であろう。息子と似た穏やかな顔つきで、やや明るい赤髪の壮年男性である。

 先程はテッド君が勇者様だと聞いて驚いていた様子だったが、すぐに落ち着きを取り戻していた。今は、丁寧に整えられた髭を指先でいじりながら何事かを思案しているようである。

 

「お待たせしました」


 ノエルが、立派な革の装丁がされた分厚い本を持ってきてくれた。その本の革表紙には『祝福事典』と刻まれている。

 

「ありがとう。――さて、この本をご覧ください」


 俺はノエルから本を受け取り、教壇の聖書置き台の上に置いて目的のページを開いた。

 全員が見やすいように台を動かすと、メルド村長とダン君、そしてサリィちゃんが顔を近づけてきた。

 アルトさんやバネッサさんも気になるようだが、文字が読めないので諦めたようだ。

 我が王国の識字率はとても低いのである。


「これは過去に確認された【祝福ブレス】を網羅した本です。そして、このページに記述されているのが、歴代の勇者様がお使いになられた《聖剣》の【祝福ブレス】についてです。どうですか? テッド君の持っている剣と同じものでしょう?」

「ううむ……確かに」

「光る剣身……女神様の装飾……同じ特徴ですね」


 村長親子は本の記述とテッド君の聖剣を何度も見比べ、得心したように頷いていた。

 アルトさんは二人の様子から、テッド君が勇者であることが間違いないようであると理解したようだ。


「つまり? ウチのテッドは勇者……様……なんですかい?」

「ほぼ間違いなく」

「そんなっ……この子が……?」


 バネッサさんが愕然としている。あり得ない現実を受け入れられないのであろう。

 気持ちはよく分かる。俺だって、自分が関わってないなら、テッド君みたいなエロガキが勇者様だなんて信じられないだろう。

 しかし、今はこれが現実である。

 ダメ押しの証明として、俺は本の一部分を指差しながらテッド君に尋ねた。


「ここに書いてあるのですが、勇者様には女神様のお告げが下るそうです。……テッド君、夢の中に女神様がお出ましにならなかった?」

「夢……? あっ! あの美人のねーちゃんかな?」


 テッド君は聖剣を虚空に消して、首を傾げながら俺の質問に答えてくれた。夢の内容を思い出しているのか、眉間に皺が寄っている。

 俺は興奮気味に話に食いついた。


「おお、伝説は本当だった! テッド君、詳しく話してくれるかい?」


 ガシッ!


「お、おう……話すけどさ……兄貴、ちょっと怖えよ」


 勢いよくテッド君の肩を掴んだことで引かれてしまった。

 我ながら少し演技過剰な気もするが、“敬虔な神父”ならばこんな反応をするだろう……たぶん。


「夢にさ、めっちゃキレーなねーちゃんが出てきたんだ。今まであんな美人を見たこと無かったから、すげービックリしたよ。おっぱいは姉貴より小さかったけどな」


(ちょっ!? バカ野郎!)


「テッド! 何を言っているのッ!」


 サリィちゃんが恥ずかしそうに胸を押さえながら、顔を真っ赤にして怒鳴った。彼女は年齢の割に発育が良いのだ。

 テッド君は憎たらしいほど平然としている。自分がどれほど危険なことを口走ったか分かっていないらしい。

 今、俺は背筋が凍りつくような恐怖を味わっている。

 サリィちゃんもカンカンだが、それ以上に恐ろしい存在が荒れ狂っているのだ。


『この色ボケ小僧! 二度と減らず口がたたけないように、今すぐ雷を落としてやりましょうかっ!』

『アルシエ様、落ち着いてください! 今、雷が落ちたら私と兄さんも巻き添えになりますし、礼拝堂が火事になります。狙うならテッド君一人を狙ってください』

『そうですよ! テッド君みたいな子供の言うことなんて気になさらないでください。俺も夢の中でアルシエ様にお会いしましたが、まるで芸術品のようでした。理想的なプロポーションです』


 実際、アルシエ様のスタイルは良い。

 夢の中で見たアルシエ様の姿は大人の色気に溢れていて、今まで見た何よりも美しかった。白状すると、夢の中で俺はずっとアルシエ様に見惚れていたのだ。

 今は夢の時より少し若くなっているが、ノエルという心に決めた相手がそばにいても、時折目を奪われるほど魅惑的だ。

 バストサイズは確かにサリィちゃんの方が大きいが、総合的にはアルシエ様の方が圧倒的に好みである。

 愛情を加算すればノエルが圧勝なんだけどな。

 

『……兄さん、喋ってます。思考がダダ漏れです……』

『えっ!? 嘘っ!?』


 やってしまった。

 念話中は基本的にお互いの思考は筒抜け状態だ。心の中で考えた事は全て相手に伝わってしまう。

 しかし、《念話》を無効化する方法がある。それは、“考えていることを相手に伝えたくない”と強く意識していることだ。それさえしていれば念話中であっても相手に思考が伝わらなくなるのである。

 普段、念話中は発言時以外はこのことを常に意識しているのだが、今回はうっかり忘れていたため、バッチリ伝わってしまった。


『そうですか、アルシエ様は“今までに見た何よりも美しかった”のですね。それでも私の方が圧勝と……』


 ノエルの呆れた声と共に、羞恥やら、喜びやら、嫉妬の感情が伝わってきた。

 そして、アルシエ様は――


『ふふふ、そうですか。カインは私に見惚れてましたか。まったく……女神をその様な目で見るなんて、何と不遜な男でしょう。フフッ、でも仕方ありませんね。今後も私に野獣のような眼差しを向けるでしょうが、寛大な心で許してあげましょう。何せ私は魅惑的らしいですからね』


 分かりやすいくらい声が弾んでいる。容姿を褒められたことがそんなに嬉しいのだろうか?


(かなり下心満載だった気がするんだけど……)


 もしかしたら褒められ慣れてないのかもしれない。心配になるくらいチョロいぞ。


『……アルシエ様、兄さんの一番は私ですよ』

『分かっていますよ。愛情込みで、ですよね』

『ぐぬぬ……』


 今度はノエルが苛立っている! 

 この話題はマズイ。早く話を進めなければ。

 テッド君は先程の発言のせいで、サリィちゃんにこめかみを拳骨でグリグリされて悲鳴をあげている。彼女の怒りはもっともだが、ここは彼を解放してもらおう。


「サリィちゃん、お仕置きはそのくらいで」

「そ、そうですねっ! 大事なお話の腰を折ってしまい、失礼しました」


 困り顔をした俺に声をかけられ、サリィちゃんは慌ててテッド君を離した。人前で弟を折檻するという慎みに欠ける行いをしてしまい、少し気恥ずかしそうである。


「おー痛てて。ありがとよ、兄貴! ……ったく、バカ姉貴め、せっかく褒めてやったのに……」


 懲りてないなぁ。まあ、いいや……。


「テッド君、その女性が女神様であらせられると思うんだけど、何か特徴は無かった?」

「特徴? 髪の毛が銀色にピカピカ光ってたぜ。あとは……真っ白な服を着てた!」


(よしっ、聖書の記述通り! これでテッド君が勇者だと証明――)


「パンツの色も知りたかったんだけど、服をめくろうとしたら避けられちゃったんだ。諦めずに次はおっぱいを触ろうとしたけど、それも失敗。鎖で縛られちまったよ。散々に怒られたけど、おっかなかったなぁ、殺されるかと思ったぜ」

「「「……」」」


(こいつ、とんでもないことを白状したぞ!)


 テッド君以外が顔を青ざめさせて絶句した。

 俺もだ。やらかした事は知っていたが、堂々と告白するとは思わなかったのだ。

 サリィちゃんなんか、あまりのことに気を失いかけてダン君に支えられている。

 テッド君がスケベなのは周知の事実だが、女神様にセクハラをかますなんて、貞淑な彼女の理解の外であろう。……てか、誰も思わないか。


(流そう。これ以上、この話題を続けたくない)


 アルシエ様のご機嫌がまた悪くなってしまう。

 横を見ればノエルが怒りでブルブルと震えていた。空気を読まないテッド君にはらわたが煮えくり返っているみたいだ。


「……テッド君の蛮行はさておき、輝く銀の御髪の女性とは、まさしく我らが女神様に違いありません。それで? その御方は何と?」


 頭を抱えるフリをしながら話の続きを促す。


「えっと……その女神様? が、俺が勇者になったって言うんだ。それから……その……」


 テッド君が言い淀みながら俺をチラチラと見上げてくる。きっと、アルシエ様が『俺を旅の仲間にするように』と言った事が気になっているのだろう。


(テッド君、余計なことは言わないでいいんだぞ! 君の夢に俺は邪魔だろう?)


「テッド君、どうしたのかな? もしかして、女神様に魔王を討伐しろと言われたとか?」


 水を向けると、テッド君はこれ幸い、コクコク頷いて俺の言葉を肯定した。


「そうっ! そうなんだよ、兄貴! 女神様が俺に魔王退治をしてほしいんだってさ。もちろんオッケーしたぜっ! なんたって俺は勇者なんだからな!」


『鎖で雁字搦めにされて転がっていたくせに偉そうですね』


 ご機嫌ナナメなアルシエ様の声が聞こえる。無視だ無視。


「「魔王!? そんなっ!?」」


 アルトさんとバネッサさんが悲鳴をあげた。バカな子とはいえ、可愛い息子にそんな危険なことをしてほしくないのだろう。顔がすっかり青ざめていた。

 サリィちゃんなんか、ショックのあまり、さめざめと泣き出してしまっている。胸を抉るような悲痛な泣き声だ。


「ああ、女神様! どうしてテッドにそのような使命をお授けに! テッド、魔王はあなたが考えているよりずっと恐ろしい存在なのよ! 死んでしまうかもしれないわ!」


 ダン君が心配そうに彼女の肩を抱いていた。


「サリィ、落ち着いて」


 しかし、サリィちゃんは激情のまま、イヤイヤと激しく首を振る。


「ダン、落ち着いてなんかいられないわ! こんなのでも私の弟なのよ! うぅ……代われるものなら代わってあげたい……」


『私もせつに代わってほしいです。本人もこう言ってますし、今からでもサリィを勇者にしませんか?』

『ダメです!』

『却下です!』


 サリィちゃんには気の毒だが、勇者となるのはテッド君だ。

 ここは俺たちのために涙を飲んでもらうとしよう。


『……』


 何となくだが、アルシエ様が呆れているような気がした。

【補足】


・サリィが勇者だった場合


 サリィはテッドが勇者に選ばれたことで酷く心を乱しておりますが、彼女は自分のことなら覚悟ができます。

 信仰心も篤いので、女神の言いつけを守ってカインに旅の同行を求めます。

 なお、サリィが文字を読めるのは、ダンの仕事である村長業を手伝うためです。将来を見越してテッドと共に文字を覚えました。教えたのはカインです。



・聖剣の銘について


 本来の聖剣の銘はエルシアンです。それを知ったテッドは不服そうな顔をしました。気に入らないそうです。

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