聖剣顕現
程なくしてテッド君たちが礼拝堂に訪れた。
礼拝堂に入ってきたのは全部で6人。主役のテッド君、父親のアルトさん、母親のバネッサさん、姉のサリィちゃんのアルトさん一家。そして、村長のメルドさんと、その息子のダン君である。
(村長も来たのか。……それもそうだな、村で初めて魔物が出たんだもんな。しかも、それを倒したのは未来の義娘の弟。村長としても、親戚としても、詳しく事情を知る必要があるわな)
一行の表情は、能天気なテッド君を除いて、暗く落ち込んでいた。
初めて村で起きた魔物騒動に酷く動揺しているのだろう。
(この分だと他の村人も怯えているだろうな。しばらくは礼拝に訪れる人が増えそうだ)
めんどくさいなぁ、と内心でため息をついてしまう。
「カイン神父様、今日はお忙しい中、ウチのバカ息子のためにありがとうございます。何でもテッドを祝福してくれるとか? すんません、俺らぁ、その……聖別の儀? ってヤツを初めて聞いたもんで、よく分からなくて」
互いに一通りの挨拶を交わした後、アルトさんが日に焼けた大きな身体を精一杯折り曲げて、申し訳なさそうに頭を下げてきた。
アルトさんは無精髭を生やした、ぱっと見では粗暴な外見の三十男だが、その実、純朴な気のいい親父さんである。見てるこちらが申し訳なく感じるほど恐縮しきっていた。
横を見れば、バネッサさんや、サリィちゃんも頭を下げている。
バネッサさんは恰幅の良い朗らかな女性だが、今は身体を縮こませている。昨日はよく眠れなかったのだろうか、顔つきが疲労で陰っていた。
いつも屈託のない笑顔で接してくれるサリィちゃんも、すっかりオドオドとして、長い三つ編みが床に触れそうなほど深々と頭を下げていた。
(こんなに善良な人たちを憔悴させるなんて、魔物を放ったアルシエ様は非道いお方だ)
ホント、はた迷惑な神様である。
「アルトさん、皆さんも。どうか頭を上げてください。新しい加護者を祝福するのはエアリス教の僧侶として当然のことです。そう畏まらないでください。それに――」
俺は、心の底から悔やんで見えるように、悲痛な面持ちで頭を下げた。
「今回、テッド君が魔物と出会ってしまったのは私の責任です。私が昨日突然サリィちゃんの結婚式の打ち合わせをするなどと言い出さなければ……。御子息を危ない目に合わせてしまい、申し開きのしようもありません。――誠に申し訳ございませんでした」
「申し訳ございませんでした」
俺の隣でノエルも頭を下げる。
向かいでアルトさんたちがワタワタしている気配がした。本当に人の良い一家だ。
「そんな、神父様、シスター・ノエルも、やめてくださいよ。この村に魔物が出るなんて誰にも予想できませんて。神父様のせいじゃありませんぜ」
「そうです! 本当だったらテッドじゃなくて私が魔物と遭遇する筈だったんです。だから、どの道誰かが被害にあっていました。神父様は何も悪くありません」
アルトさんとサリィちゃんが慌ててフォローしてくれた。
全部知っていた身としては、ほんの少しだけ心が痛む。これが良心というものか。
「アルトさん、サリィちゃん、ありがとうございます。――テッド君も、俺のせいで怖い目に遭わせてゴメンな」
ゆっくりと頭を上げ、顔をテッド君の方に向ける。
テッド君は色素が薄い茶髪をした、ツンツン頭の、いかにも生意気そうな少年である。体格は父親に似たようで、同年代より頭一つ背が高かった。
暗い顔をした家族とは対照的に、満面の笑みを浮かべ、灰色の瞳を輝かせながら、嬉しそうに両手を頭の後ろで組んでいる。
「へへっ、気にしないでくれよ。カインの兄貴のおかげでスゲェ力も手に入ったし、むしろ感謝してるんだぜ」
「バカやろう! 神父様に何て口を利いてやがる!」
ゴツンッ!
「ふべっ」
テッド君はアルトさんに大声で叱られ、ゲンコツを落とされていた。
――はぁ、見ていて頭が痛くなってきました……。
(――!?)
脳内にアルシエ様の声が聞こえてきた。隣でビクッとしていたので、ノエルにも聞こえたのだろう。
横目でチラッとノエルを見ると、彼女はコクリと頷いて《念話》を発動してくれた。
『アルシエ様、聞こえますか? あっ! 今度は弾かれない』
『聞こえてますよ、ノエル』
《念話》を拒絶するのも、受けるのも、アルシエ様の匙加減のようだ。しかし……。
『……声は聞こえるんですが、アルシエ様の感情が伝わってこないのですが?』
ノエルが困惑しているように、普通は声と一緒に伝わってくるはずの感情が全く感じ取れない。
『プライバシーの保護です。そうやすやすと私の心を覗き見れるとは思わないことですね』
だ、そうだ。
『器用ですね』
『……ズルいです。これで苦労しているのに……』
ノエルの不服そうな感情が伝わってきた。
なお、俺も会話に参加しているが、ノエルの《念話》には人数制限も距離制限も無い。
現在、アルシエ様は居住スペースにいるが問題無く《念話》は繋がっている。仮に国外にいても同じことであろう。便利な【祝福】である。
『さてと、そろそろアルトさんを止めないとな』
俺は、不出来な息子に頭を抱えるアルトさんを宥めにかかった。
なお、その不出来な息子はゲンコツをくらってブーたれている。
「まあまあ、アルトさん。今日はテッド君の大事の日なのですから、どうかその辺で」
「……神父様がそう言うのなら……。ホント、躾のなってないバカ息子で……」
俺は項垂れるアルトさんに「いえいえ」と返し、改めてテッド君に向き直って、優しく話しかけた。
「これからテッド君の聖別の儀をとり行うわけなんだけど……、昨日、テッド君の【祝福】について調べていたら気になる事を見つけたんだ。それについて確かめたいから、今ここで【祝福】を発動してくれるかな?」
俺が手を合わせて頼み込むと、テッド君はふんぞり返って元気よく了承してくれた。
「おうっ! いいぜっ!」
テッド君は高々と手を掲げ、大声で叫んだ。
「出でよっ、キィィィングゥゥシルバリオンソーーードッ!!」
『見てるこっちが恥ずかしいのですが……《聖剣》って叫ばないと発動しないのですか?』
『そんなバカな機能があるわけないでしょう。といいますか、私の造った聖剣に変な名前を付けないでほしいのですが……』
『ああ、やっぱりアレはテッド君の命名なんですね。歴史書で読んだ聖剣と銘が違うから不思議に思ってました』
俺とノエルが内心冷めた目で見守る中、ド田舎の寂れた小さな教会に女神様の恩寵品である聖剣が顕現した。
魔を払う輝きを放つ白銀の剣身に、女神様をモチーフにした精緻な装飾が施された黄金の鍔のロングソード。
まさしく伝説に謳われる聖剣そのものである。
『敬虔なる信徒としては、聖剣に対して相応の態度を取らないとな』
『そうですね。女神様が下された、勇者様の証ですもんね』
『……なんて白々しい……』
アルシエ様の呆れた声を聞き流し、俺とノエルは感極まってる風を装いながらヨロヨロとテッド君に近づく。
「ああ……やはりそうだ。昨日、この剣を見た時も感じましたが、再度見て確信しました。なんとありがたい。ああ、女神シュール・エアラ様……っ」
「ええ、この輝き、この神々しさ、涙が止まりません。ううぅ……女神様、偉大なる御身に永遠の栄えあれ……」
俺たちは恭しく跪き、手を組んで祈りを捧げるポーズをした。
『気持ち悪いです……』
『アルシエ様、こっちは真剣に演技しているのだから黙っていてください』
『兄さんの言う通りです! 身から出た錆とはいえ、テッド君なんかに跪くという屈辱を、歯を食いしばって我慢しているのです! 余計なことは言わないでください!』
『この兄妹は……ッ』
今大事なところなのだから邪魔しないでほしいものだ。
「どうしたんですかい、二人とも!? おいっ、テッド、お前いったい二人に何をした!」
「し、知らねえよ。俺じゃねえよ!?」
異様な興奮をしている俺たちを見て、アルトさんたちが困惑している。
普段落ち着いた振る舞いを崩さない俺たちが涙を流して祈っているのだ。驚くのも無理はないだろう。
『そろそろ理由を説明するか』
『そうしましょう』
『……(茶番ですね)』
「テッド君の持つ、この光輝あふれる剣は、歴代の勇者様も振われた聖剣なのです。女神様が、邪悪なる魔王を討伐するため、勇者様にお授けになる《聖剣》の【祝福】によってのみ顕現する神器。そう、女神様はテッド君を勇者様にお選びになったのです!」
「「「えええぇぇぇーーーーーっ!!」」」
俺がテッド君の【祝福】が《聖剣》だと告げると、みんなの驚きに満ちた声が教会に響いた。
『選んでいません』
『だから黙っていてくださいっ!』