静寂と吐息
好きだった音楽が、私を癒やしてくれなくなった。優しく寄り添ってくれた詩もそっぽを向いている。繰り返し唱えていたあなたからの言葉も大切なまま色あせて、愛していたものが次々に私を裏切っていく。
イヤフォンを外し、体をベッドに放り投げた。目を閉じると、あの時の熱が、思い出が、私を抱きしめようとにじり寄ってくる。
逃げるフリしかできない自分の愚かしさを憎みながら、私は抗えず、抗わず、そのまま抱き寄せられるのだ。
あの日、夜の海の静寂の中に、ふたりの熱を持った吐息だけ溶けていった。頬を擦り寄せて、髪を撫でてきたくせに、あなたは私を好きにはなってくれなかったらしい。
あなたの思いが手に入らないと知って泣く私を、ごめんねと言いながら、優しく、強く抱きしめるなんて、本当に狡い。
「俺、このまま海に沈められそう。」
いっそ、私を好きにならないのなら死んでしまえばいいと思った。
あの日、あなたが言ったとおり、そのままこの思いと一緒にあなたを海に沈めてしまえばよかっただろうか。
そんなことを思う。思うだけ。
一晩の恋人ごっこが、幾夜に渡って私を蝕んでいく。
「家に帰って俺のことで泣かないでくださいね。泣くなら今、俺の目の前で泣いてください。」
どの口がそれを言うのか。優しさに擬態して、自分が悪者になりたくないだけのエゴなのはわかっているのに、恋が私を愚かにさせていく。
悔しい。自分を幸せにしてくれない男を愛しいだなんて、無駄な労力だ。わかっている。すぐにあなたなど過去形にしてくれる。もう、好きじゃない。好きだった。今はもう別にどうだっていいの。そう思いながら、今も一人で泣いている。そんなこと絶対に教えてやらない。
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「彼方の海波」の後日談のような作品です。
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