「お礼」
大男がぶっ飛び、ヘラお母様はその場に崩れ落ちた。
大男の持っていたナイフは明後日の方向へ飛んでいったが、ヘラお母様の首筋には赤い線が走り──
「ヘラお母さま!」
一番先に動いたのはレイミアだった。
ヘラお母様の首の切り傷に両手を当て、噴き出した血を必死で押さえ込もうとしている。
「お医者さん……!」
船医はと見れば、大男とぶつかったのだろう、白目を剥いて気絶している。
「お姉さま! お医者さんを!」
僕は戸惑った。
たしかに今、僕はこの人を助けようとして動いた。
だがそれは、ただのはずみ。
冷静に考えてみればこの人は……。
「助けようというのか……? 僕らを騙し、君を売ろうとしたその人を?」
「死んでいい人なんか、この世にいないんだよ!」
困惑する僕を、レイミアはピシャリと叱りつけた。
今まで聞いたこともないような、本気の、殴りつけるような口調だった。
「わ、わかった……!」
弾かれたように、僕は動いた。
大男をどかし、下から船医を引きずり出した。
その間にも、血は容赦なく噴き出している。
レイミアの小さな両手では押さえきれぬ量の出血が、彼女の服を、顔を赤く染めていく。
「……ねえ、あんたさ。その人助けてどうするつもり?」
不思議なものでも見るような目で、ジェーンがレイミアの傍にしゃがみ込んでいる。
「その人、犯罪者だよ? あんたの中に恨み事がまったく無いんだとしても、この後逮捕されることは間違いないの。罪の内容を考えるなら、普通に終身刑、悪くすれば処刑ってことになるはず。それでも生きてたほうがいい? むしろここで死なせてやるのが優しさじゃない?」
どういうつもりなのだろう、ジェーンはレイミアの気持ちを試すような質問を続ける。
「……わたしはね、あんたのお姉様と一緒の世界から来たの。同僚で、この世の暗部をたくさん見て来たの。その上でわかったのはさ、この世には、死ななきゃならない奴がいるんだってこと。救いようのない悪人がいるんだってこと。だってさ、そういう奴らは生かしておいてもろくなことしないんだ。恩赦を受けて牢を出ても、また悪事に手を染めちゃうんだ。だったらさ、次の被害者を出さないためにもここで殺すのが世のため人のためってことで……」
「そんなことないもん!」
レイミアは強くかぶりを振った。
「ヘラお母さまはわかってくれるもん! レイミアを看病してくれて! 今だってレイミアのために傷ついて……!」
アイスブルーの瞳から、ボロボロと大量の涙が溢れた。
「悪いことは悪いことだよ!? でもきっと、話せばわかってくれるもん! わかってくれるまでレイミアはメッてするもん! 何年も牢屋に入ってるなら、何年も会いにいくもん! だって……! だってレイミアたちは家族だから! 家族は一緒にいなきゃダメなんだから!」
レイミアのこだわりは、おそらくエイナお母様の死に端を発している。
自らを産んだせいで母親が亡くなった。
そのことを彼女はきっと、いつも考えていたのだ。
明るく無邪気に振る舞いながら、希望に満ちた目で笑いながら、実はずっと思い悩んでいたのだ。
そしてそれは、今だって同じはずだ。
偽者だったとはいえヘラお母様は母親で、今また、レイミアのために命を落とそうとしている。
そんなの、許せるわけがない。
「………………なるほどね」
ジェーンはぽりぽりと頭をかいた。
「あんたのことが良くわかったわ。アリアが変わった理由も。だからこれは、お礼みたいなものね。わたしの代わりにアリアを見ててくれた、そのお礼」
そう言うなり、ジェーンはヘラお母様の首筋に手をかざした。
まっすぐに伸びた手の平から淡く白い光が放たれると、それはヘラお母様の傷口に染み込んでいった。
「わわっ、なんか光ってるっ?」
驚くレイミアに、ジェーンは答えた。
「ああ、これね。これは光魔法。太陽の力を借り、傷や病を癒す奇跡。超レア物だから、よおおぉっく見ておきなさいよ」
それだけ告げると、ジェーンはちらり、僕の方を見た。
「そろそろ『管理官』も廃業かしらね」
などとよくわからぬことを言うと、皮肉に口元を歪ませ、笑みを作った。
同時に、伝声管からロレッタ嬢の声が流れて来た。
──アリア様! アリア様! デッキと操舵室を占領しましたわ! そちらはご無事ですか!? 大丈夫でしたら返事をくださいな!
星月祭から始まった一連の騒動の、それが終わりの合図だった。
おーっほほほほほ! みなさまご機嫌よう!
西園寺・ドンクリスティ・龍子よ!
決着、救助!
そしてあと二回で最終回よ!
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