「その瞬間」
扉を蹴り開けて医務室に突入すると、中には4人の人物がいた。
ひとりは腰を抜かして床に座り込んでいる、よれよれの白衣を着た赤ら顔の中年男性──おそらく船医。
ひとりは椅子に座ったままポカンとした顔でこちらを見ている、身なりの良い30前後の女性──これはヘラお母様。
ひとりは部屋の中央にいる、茶色のコートを着込んだ毛むくじゃらの大男──おそらく敵の親玉。
そして、最後のひとりは……。
「お姉さまっ!」
僕に気づいたレイミアは、ベッドの上でパアッと表情を明るくした。
「レイミア……!」
その姿に、僕は息を呑んだ。
手や頬に大きな絆創膏。
頭部には包帯が巻かれ、薄らと血が滲んでいる。
「レイミ……」
「おおっと動くな!」
敵の親玉はレイミアをその大きな腕で抱き上げると、懐から取り出したナイフを首筋に当てた。
「ちょっとでも動けば、この嬢ちゃんの命は無いぜ!?」
「くっ……?」
今すぐ飛びかかって殺してやりたいのを、必死に堪えた。
「……アリアっ」
ジェーンが僕の耳元で、小さく警戒の声を発した。
「……わかっているっ」
構わずやれと言っているのだ。
通常こういったケースでは、時間をかければかけるだけ不利になる。
相手の肝が据わり、人質に傷をつける可能性が高まる。
だからこそ、まだ場の落ち着いていない初期の段階に、有無を言わさず仕掛けるのがベターだとされているのだが……。
それでも僕は動けなかった。
だって、今危険に晒されているのはレイミアの命なのだ。
他の誰でも無い、この世で最も大切な妹の命なのだ。
もし失敗したらどうしよう。
命が助かっても、顔に取り返しのつかない傷がついたらどうしよう。
恐れが重りのように背中にのしかかって、動けない。
「……動けっ」
動かなければダメだ。
僕は自分自身にそう言い聞かせた。
「……動けっ、動けっ、動けっ」
脳細胞に、筋肉に。
すぐさま動けと指令を下した。
「う、ご、けええええええーっ!」
「ダ、メえええぇぇぇぇぇーっ!」
僕の言葉と、ヘラお母様のそれが被った。
動き出したのはほぼ同時だったが、レイミアの近くにいた分、ヘラお母様のほうが早かった。
「なんだてめえ……っ!?」
「その! 手を! 離しなさいっ!」
ヘラお母様は、大男の腕に飛びついた。
「このコは死んじゃダメなコなの! 正しくて! 尊くて! この世のために存在しなきゃいけないコなの! あんたなんかにわかりはしないでしょうけど!」
「わかるかバカ野郎!」
大男は委細構わず、腕を振り回した。
それでもヘラお母様が離れないとわかると、今度はレイミアの首に当てていたナイフを動かした。
「ああああああぁーっ!」
叫びながら、僕は拳を振るった。
大男の顔面に向けて、まっすぐに。
最短距離を走る、最も早いストレート。
だけど間に合わなかった。
僕の拳が大男をぶっ飛ばしたのは、大男のナイフがヘラお母様の首元を切り裂いた後だったのだ……。
おーっほほほほほ! みなさまご機嫌よう!
西園寺・ドンクリスティ・龍子よ!
緊迫の瞬間!
さて、彼女たちの今後が気になる方は、下の☆☆☆☆☆で応援よろしくお願いしますね!
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