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「約束」

「なあ、アリア嬢。君はいったい何者だ?」


 突如放たれたその言葉に、僕は一瞬、動けなくなった。

 レザードの真摯な瞳に見据えられ、心臓が止まりそうになった。


 いつかはこの日が来ると思っていた。

 自らの出自を明らかにする日が。だけどそれは、もっとずっと先のことだとも思っていた。

 もっと打ち解けて、親友のように砕けて接することが出来るようになってから改まって、「実は僕はな……」と。それが理想の形だと。


「……」

 

 だがレザードには、そしてロレッタ嬢やディアナ、アレクにだって聞く権利がある。

 レイミアの捜索につき合ってくれて、命の危険を顧みずにここまで来てくれて。

 皆の力が無ければ、きっと僕は『カリンガの夜鷲よわし』の武装船に追いつくことすら出来ず、レイミアを失っていただろう。


「……」


 答えなければならない。

 だけどそれは、とても恐ろしいことだ。

 

 信じてもらえないことが、じゃない。

 僕が本来のアリアとは別人であることがだ。


 アリアではなく亜理愛アリアであり。

 男爵家のお嬢様ではなく『組織』の『掃除人』であり。

 そもそも向こうの世界の人間であり、つまりは異邦者、ただの偽者であり……。

 

「……」


 喉がからからに乾いている。

 怖くて、恐ろしくて、心臓がきゅうと締まる。


「……言えないか」


 レザードは、明らかに傷ついたような顔をした。

 拳を握りしめ、悔しそうな顔をした。


「わかった。もういい」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 その場を立ち去ろうとしたレザードの手を、思わず掴んだ。

 くるりと振り向いたレザードに、畳みかけるように言葉を紡いだ。


「今はまだ言えない! だけどそのうち言うから! 絶対に言うから!」


「あとで……ってことか?」


「うん、今は……ごめん。今は無理なんだ。僕……僕は怖いんだ」


「……怖い?」


 レザードは目を丸くして驚いた。


「こう言っては失礼かもしれないが……君に怖いものなんてあるのか?」


「……本気で失礼だな。それぐらいあるよ」


 僕は一瞬唇を尖らせてから、ゆっくりとレザードの手を離した。


「まあでも、正確に言うならば昔は無かった。僕は強いし、どこでだって生きていける。友達も家族もいらない、人生はひとりで十分。本気でそう思ってた」


「……」


「だけど今は違うんだ。ここへ来てからすべてが変わった。大切な人が出来た、大好きな人たちが出来た。そしたら僕は、弱くなってしまったんだ。嫌われたくない、呆れられたくない。もしその人たちを失ってしまったらと思うと、胸が張り裂けそうに痛むんだ。それは、こうしている今も同じで……」


「俺は別に君を嫌ったりは……」


「……頼むよ、レザード」


 頼むからわかってくれと、僕は言葉に祈りをこめた。


「僕は君を失いたくないんだ」


「……っ」


 僕の思いが伝わったのだろうか、レザードはぽりぽりと頭をかいた。

 ちょっと照れくさそうに、頬を赤らめた。


「わかったよ。そういうことなら、今のところは保留にしておこう。だが、約束だぞ? いつか必ず、君の秘密を教えてくれること」


「……うん、わかった」


「あともうひとつ」


「……もうひとつ?」


 僕が首を傾げると、レザードはゴホンと咳払いをした。


「これから俺たちは、敵の船に乗り込んで戦うことになるわけだが、君は絶対に敵を殺すな」


「殺すな? なぜそんな縛りを?」


 怪しむ僕に、レザードはこう説明した。


「俺たちはともかく、君なら殺さずとも相手を無力化することが出来るだろう? だから殺すな。言っておくが、敵に情けをかけているわけじゃないぞ? これはあくまで君のためだ」


「僕のため……?」


「そうだ。秘密を知らないなりに、俺にも気づけていることはある。それは君が、本当の戦いの中に身を置いてきただろうことだ。噓偽りのない本物の命のやり取りをしてきただろうことだ。君にとって殺すというのは、おそらくその頃に戻る行為なんじゃないか?」 


「あの頃に……」


「実際に戻れるのかどうかはわからん。君のいたのがいったいどれだけ遠い国なのかも想像つかん。いずれにしろ、俺は君に戻って欲しくないんだ。さっき君は失うのが怖いと言ったな。実は俺も同じなんだ。間違っても君を失いたくないんだ」


「……っ」


 一瞬、心臓が止まりそうになった。

 瞬間的に体温が上昇して、顔が噴火したような気持ちになった。


 察しの悪い僕ですらわかる。

 これは、アレクと決闘した直後にレザードがしてきた告白とはまた違った形の、けれどたしかな愛情表明だ。


「と、とういうわけだ。わかったな? 約束だからな? ええと……それじゃっ」


 レザードはしゅたっと手を挙げると、逃げるようにその場を後にした。

 硬直した僕の視線から逃れるように、船室のドアを開けて船内に入った。


「あー……あああ~……」


 ひとり取り残された僕は、どうしようもなくなってその場にしゃがみ込んだ。

 両手で顔を覆い、わけのわからぬ呻きを漏らし続けた。




「あーらーらー♪ あらららら~♪」


 ものすごい楽しそうにしたジェーンが、隣にしゃがみ込んで肩を組んで来た。


「聞いた~聞いた~聞いちゃった~♪ なによなになにアリアさまぁ~? 今のってまさかの、愛の告白う~?」


「違う、そういうのじゃないっ」


 必死になって否定する僕を、ジェーンはオペラでも歌うみたいにしてからかってくる。


「ひゅう~、やるじゃなあ~い♪ 将来はお姫様ってわけですかあ~? するとわたしはお姫様のお友達に~? これはこれは、光栄なことですわねえ~♪」


「違うと言っているだろう、もうっ」


 肩を拳で叩くと、ジェーンは慌てて逃げ出した。


「あ痛たたたたたっ、ごめん、ごめんなさいっ! からかったの謝るから殴るのもうやめてっ!?」


「まったくっ、まったくもう君はっ」


 逃げ回るジェーンを叩いたりしながら過ごしているうちに、僕らの帆船は敵船の横腹に接舷せつげんした。

 さあ、レイミア奪還作戦の始まりだ──

おーっほほほほほ! みなさまご機嫌よう!

西園寺・ドンクリスティ・龍子よ!


レザードの問いかけに対するアリアの答え、どうだったかしら?

わたしはいかにもアリアらしいと思ったのだけどね。


さて、そんな彼女の今後が気になる方は、下の☆☆☆☆☆で応援よろしくお願いしますね!

ブクマや感想もお待ちしておりますわ!

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