「レイミア・デア・ストレイド④」
星月祭の閉会イベント、そして星月姫選びの場ともなったオペラハウスは、多くの観客でごった返していた。
観客席は生徒や招待された親御さんでいっぱい。
立見客が通路に溢れ、大変な状態になっていた。
「あれーっ? ヘラお母さまはー?」
レイミアはキョロキョロと周囲を見渡し、はてなと首を捻った。
「ヘラかい? んー……さっきまではいたんだけどねー……。お手洗いとかじゃないかな? ほら、女性は待ちが長くて大変だから」
「もうすぐお姉さまの番だけど、大丈夫かなー?」
「んー……まあそのうち戻って来るんじゃないかな? 子供じゃあるまいし、上手いこと間に合わせるだろうさ、きっと」
ギルバートはアリアを応援するための小旗を握って、心ここにあらずといった調子。
「んんー……そうなんだー?」
朝から不機嫌だったヘラを、せっかくなだめすかして会場まで連れて来たのだ。
一番の盛り上がりどころだけはぜひ見て欲しい。
「ぱっと行ってぱっと戻ってくればいいよね?」
軽く考えたレイミアは、席を立って探しに行くことにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「んー……どこだろー……どこだろー……」
しかしなかなか、ヘラは見つからなかった。
トイレの待ち列にはいないし、中にもいない(ひとつずつノックして確かめた)。
「……はっ、もしかして、お腹が減って売店に行ってるっ?」
それだ、とばかりにレイミアは駆け出した。
会場の入口に固まって配置されている移動屋台の方へ。
「早くしないと、決まっちゃうよーっ」
レイミアが席を立った時、すでにアリアはステージに上がっていた。
残りの候補者がすべて上がり、投票を済ませ開票が終わるまでの時間を考えるなら、もうほとんど余裕は無い。
「ヘラお母さまーっ、ヘラお母さまはいませんかーっ?」
メガホンみたいに口に手を当てて、ヘラの名を呼んで、呼んで……。
そしてとうとう、見つけることに成功した。
ヘラは会場の隅にある階段の踊り場にいた。
地下2階と地下1階の間で、誰かと話し込んでいるようだった。
「あっ、いたっ。ヘラお母さ……」
呼びかけようとしてやめた。
それは、思ってもみなかった単語を聞いたからだ。
──こんな時期に家族揃って学園祭見学か、いいご身分だなあー、おい? おまえまさか、自分の任務を忘れてんじゃねえだろうなあー?
ヘラと話しているのは男だった。
茶色いコートを着込んだ毛むくじゃらの大男で、頬には刀傷がある。
マフィアといったらイメージは近いだろうか、金持ちや貴族の子女しか入学出来ない王立学園には不釣り合いな印象だ。
──いえ、そんなことは決して……。
普段の居丈高な雰囲気はどこへやら、ヘラは申し訳なさそうに頭を下げている。
まるで部下が上司にするみたいに、へこへこと。
──いいか、勘違いするんじゃねえぞ? おまえは元々そんな大層な身分の人間じゃねえんだ。遥か西方のギリ=ハン諸国のスラム街の、薄汚ねえスリの小娘。見てくれだけはいいから拾ってやって、俺たち『カリンガの夜鷲』の一党に加えてやって、持参金と豪商の娘って肩書き付けてギルバートのとこに送り込んだ。その意味がわかってんだろうなあ?
──……はい。ガラクタを高値で売りつけて経済的に困窮させ、元からあったストレイド家の家財を、今度はガラクタ同然の値段で買い取ることです。
──そうだ。ストレイド家と言えば由緒正しい名家で、物持ちで有名だからな。持参金の10倍はバックがある計算だ。それが今はどうだ。こっちの送り込んだ商人どもの狙いを軒並み看破して突っ返して来やがって。中には衛士に捕まった奴もいるんだぞ?
──それはアリアが……。あのコが急に知恵を付けて……。
──そいつをなんとかするのがてめえの役割だろうが!
大男が壁をドンと叩くと、ヘラは「ひっ……?」と身を竦めた。
──偽者だろうが母親だろう。だったら娘の首に縄付けてでも、商談から引き離せ。
──やろうとはしてます……でも……。
──でもじゃねえんだ。やるんだよ。もしどうでも娘が言うこと聞かねえってんなら構わねえ。事故にでも見せかけて殺しちまえ。
──殺すだなんて……そんな……。
──おい、何を勘違いしてんだ? おまえは偽者の母親だ。娘どもと血の繋がりの無い、ただの他人だ。だったら何を恐れる必要がある。後ろからぶん殴るでも、料理に毒を盛るでも構わねえ、とにかく殺るんだよ。
──だって……だって……。
ヘラは顔面蒼白になった。
命令の衝撃で、全身を震わせ怯えている。
──あのコを……そんな……。
「……」
誰かを呼んで来なければと、レイミアは思った。
話を聞く限りでは、相手は相当な悪人だ。
何年にも及ぶ周到な計画を立て、それを実行するだけの力を備えた組織だ。
「……」
正直、ヘラが組織側の人間だったことはショックだ。
組織の命令で自分たちの母親を演じていたことも。
でも、だからと言って見捨てるのは変だと思った。
理屈ではなく感覚で、レイミアはそう思った。
「……助けなきゃ」
自分の力でこの場は解決できない。
誰か大人を呼んで来よう。
会場の守衛がいいか?
来賓の護衛のために配備されている衛士がいいか?
ヘラの事情を考えるなら、アリアかレザード、アレクのほうがいいのだろうか?
「そうだ、早くお姉さまを……っ」
意を決したレイミアが身を翻した、その瞬間のことだった。
バチンと乾いた音がした。
続いて、くぐもった悲鳴がした。
ハッとして振り返ると、大男が平手を振り切ったあとだった。
頬をぶたれたのだろうヘラは、床にうずくまり頬を押さえている。
指の隙間から涙がこぼれている。
それは数本に枝分かれし、床にぽたぽたと落ちた。
少し遅れて、嗚咽が漏れた。
今まで聞いたこともないような、ヘラの弱々しい声が聞こえた。
「……」
早くなんとかしないと。
自分ではどうにも出来ないから他の人を呼んで来ないと。
そんなことはわかっている。
わかっている……のだけれど……。
「ダメ! ダメだよ!」
次の瞬間、レイミアは階段を駆け下りていた。
二発目を振り下ろそうとしていた大男の前に立ちはだかり、両手を広げていた。
「お母さまをいじめちゃダメ!」
強い光を放つ双眸で、大男を真っ向から睨みつけた。
おーっほほほほほ! みなさまご機嫌よう!
西園寺・ドンクリスティ・龍子よ!
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