「決闘の前に」
僕らの決闘は、オペラハウスの地下にある練習場で行われることになった。
オペラや吹奏楽の練習で生徒たちが使うスペースで、防音効果が効いているのが特徴の施設だ。
互いに人に聞かれてはまずい事情があるので、誰も中には入れず、ふたりだけで行うことにしたわけだ。
「いずれこうなるだろうとは思っていたが……」
練習場の中央に立った僕は、準備運動をするパーシアをじっと見つめながらつぶやいた。
「まさかこんなに早いタイミングでとは思わなかったな」
さすがにウエディングドレスのままとはいかないので、パーシアは剣闘用の練習着に着替えている。
一方僕は衣装のままだが、問題ないだろう。
ベスの仕立ては一流で、最新式のスポーツウェアのように動きやすい構造になっている。
「そう? わたしはこれでも遅いほうだと思うわ。そもそも転生者同士は不俱戴天、どうやったって仲良くなんか出来るわけないんだもの」
踵、膝、肘、肩甲骨。
順番に屈伸運動をしながら、パーシアは吐き捨てた。
「……そうかな。上手くやれば、異邦人同士で有益な情報交換とかが出来たりするんじゃあ……」
「ないわね、ないわ。あんたがそうしている以上はあり得ない」
「……僕が? 僕のいったいどこに問題があるというんだ?」
いや、細かく言うならばそりゃあいくらでもあるんだろうが、少なくともここまで盛大にケンカを売られるほどのものだとは思えない。
「レザード第一王子、ロレッタ公爵令嬢、アレク第二王子にディアナ公爵令嬢。イレーヌ、ヌミシア、デアボラの3人。その他多くの、わたしの派閥の人間たち……いったいどんだけ自分の方に引き込むつもりなのよ。さすがに強欲すぎでしょ。誰かひとりにしておきなさいよ。何よ、逆ハーでも作るつもりなの?」
逆ハーというのは、女主人公に対してすべての攻略対象キャラが首ったけになるという意味だ。
僕を中心に集まった皆のことが、パーシアにはそのように見えているのだろうか。
「んー……しかし、レザードとロレッタ嬢以外はほとんど君のせいでこっちに来たような気がするのだが……」
「はああーっ!? わたしがいったい何をしたって言うのよ!?」
いかにも心外だという口調でパーシア。
「いや、むしろわからないことがびっくりなんだが……」
僕はパーシアの失敗をかいつまんで説明した。
人間関係を雑に扱ったこと。
派閥内にヒエラルキーを作り、いじめやつるし上げ等、様々な非道な行為を行ったこと。
そのせいで最近は、ピリピリと嫌なムードが漂っていること。
「だから皆、こっち側に来たがったんだと思うぞ?」
「た……たしかにちょっとめんどくさくなってたことは認めるけど……やらかした人に絡まなくなったことも認めるけど……でも、いじめやつるし上げなんて知らないわ! そんなの下の人間が勝手にやったことよ!」
「下の人間が……勝手に……?」
僕は首をひねったが、なるほどたしかにそういうことはあるのかもしれない。
組織というのは巨大になればなるほど誰が何をやっているかなんてわからなくなるものだし、パーシアに取り入って仲良くなりたいという人間もたくさんいただろう。
派閥の中で上手く立ち回り、甘い蜜を吸おうとしていた人間もいたかもしれない。
翻って自分の派閥はどうなのだろうかと考えると、そういったことをしている人間がいないとは言い切れない。
「……なるほどな、まあたしかに、そういうことはあるのかもしれないな」
僕はうなずくと、改めてパーシアに訊ねた。
「ともかく僕としては、誰かを無理やり引き留めているつもりはないんだ。派閥を作ったのも、ただ君に対抗する上で必要だっただけ。君さえおかしなことを考えなければ、今すぐにだって解散すると約束しよう」
「……そんなの、信じられるわけないじゃない」
パーシアは疑り深い目で僕を見た。
「この際だから聞いておきたいんだけどね。あんたどうやってあのふたり……レザード第一王子とロレッタ公爵令嬢のハートを掴んだのよ。あんたみたいな悪役令嬢キャラに、そんなこと出来るわけがないじゃない。いったいどんなチートなの?」
チートというのは、たしかゲームシステムの穴を突いた不正行為やハッキングのことを差すのだったか。
「別に僕は何もしていない。わずかなアクシデントがあって、それを解決したのをきっかけに仲良く……その……仲良くなれただけで……」
「なんでもじもじしてるのよ! やっぱり何か後ろめたいところがあるんでしょ!?」
「や、別にもじもじしてるとかそういうことは……っ。ただちょっと、口では言い表せないような様々な事象があるだけで……っ」
どうしようもなく赤くなっていく頬を冷まそうと、パタパタと手で仰いでいると……。
「何を言ってるのか全然わからないわ! ……ええい、もはや問答無用よ! わたしは正ヒロインとして逆ハーを築きたいの! 美男美女に囲まれてちやほやされる女王様になりたいの! そういう意味であんたは邪魔なのよ!」
うーん、なんたるわがまま。
「というわけで行くわよ! あんたの顔面を、二度と見られないようなブサイク顔に変えてあげるわ!」
止める暇もなく、パーシアはまっすぐに打ちかかって来た。
おーっほほほほほ! みなさまご機嫌よう!
西園寺・ドンクリスティ・龍子よ!
わがまま娘パーシアVS不器用娘アリア運命の決闘!
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