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「つかの間の休日」

 星月祭せいげつさい2日目。

 昨日さんざん働いたおかげだろう、今日はメイドとしての仕事は免除された。

 その代わりに星月祭を見て回り、自らの存在をアピールするよう言いつけられたのだが、なんのことはない、実質ただのお休みだ。

 

「ほらお姉さまーっ! あれだよあれあれ、あれが美味しいのっ! チョコバナナーっ!」


 僕の周りをちょろちょろと走り回っているのはレイミア。

 手にクラス番号の書かれた看板を持ち、猫の尻尾がついたメイド服と猫耳カチューシャを身に付けているのは、彼女がメイド喫茶の呼び込みも兼ねてくれているからだ。

 

「こらこらレイミア、そんなに走り回ると転んでしまうぞ? もっと周りを見てだなあー」


「うんっ、わかったあーっ」


 わかったと言いながらも全然わかっていないレイミアは、屋台と屋台を忙しく行き来しては、そのつど何かしらの料理を買って僕に手渡して来る。

 クレープにリンゴ飴に焼きパスタに……。


「おいおい、こんなに持てないぞ」


「じゃああっちで食べようよっ。食べる場所があるからっ」


 とてとて走るレイミアについて行くと、そこはフードコートのような場所だった。

 グラウンドの半分を長テーブルと椅子のセットを並べ、屋台で買った料理を持ち寄って食べるためのスペースになっている。

 500人ぐらいは入れるだろう広大なスペースが、しかし今はぎゅうぎゅうに埋まり、賑やかな話し声が辺りに響き渡っている。


 かろうじてふたり分の空席を見つけて隣り合わせに座ることが出来たが、そうでなかったら立ち食いか、あるいはまた別の場所を探さなければならないところだった。


「ふうー、空いてて良かったねーっ。あーでも、今のレイミアは猫ちゃんだから、猫ちゃん用のお皿で食べるのもいいかもねっ」


「……いや、全然良くはないだろう」


 僕が即座に否定すると、レイミアはけらけらと楽しげに笑った。 


「ああーしかし、ゆったりとした時間だなあー……」


 焼きパスタを啜り始めたレイミアの傍らでぶどうジュースを飲みながら、僕はほっと安堵の息をついた。

 ここのところ頭を使うことが多過ぎたから……本当に色々と多すぎたから……レイミアとこんな風に無為な時間を過ごすのがえらく楽しい。

 何も考えず放心出来るこの瞬間が、とても貴重に感じられる。

 

「お姉さま、最近忙しかったもんねー」


 焼きパスタの最後の一本をちゅるんと吸い込みながらレイミア。


「学校でもだしー、家に帰っても特訓とかお勉強があるしー……」


 上目遣いになり、チラチラとこちらの様子を窺ってくる。


「ああ……そういえば……」


 以前はよくふたりで一緒に街に出かけていたのだが、最近は派閥の皆と行動することのほうが多くなっている。

 状況が状況だけにしかたないのだが、レイミアには寂しい思いをさせただろうか。

 

「最近レイミアとも遊びに行ってないな。……どうだ? 星月祭これが終わったら、どこかに行くか?」


 滅多に無い僕からの誘いに、レイミアはパアッと表情を明るくした。


「うん! 行く行く! あのね? あのね? レイミア、行きたい場所がたっくさんあるの! 丘の上の動物園でしょー? 商店街のはしっこに出来たおもちゃ屋さんでしょー?」


 指折り数えながら、レイミアは行きたいところを口にしていく。

 本当に楽しみにしているのだろう、ニコニコ満面の笑顔で。


「……」


 僕は束の間、不思議な感覚に陥った。

 違う世界に生きて来た者同士が偶然から出会い、家族になる。 

 アリアだった時はそれほど仲が良くなかったレイミアと、今は本当の家族のように暮らせている。


「……」


 何度も言ったが、僕は家族というものを知らない。

 物心ついた時から親はおらず、自分ひとりで生きてきたから。


 だからこの感情が、いまいち上手く理解出来ない。 

 胸の中にぽつりと灯る、日差しのように温かな、そしてどこか切ないような……この感情の正体はなんだろう。


「……」


「ねえお姉さま、起きてるーっ?」


 ふと気が付くと、目の前でレイミアがひらひら手を振っていた。


「ああ、すまん。ちょっと考え事をしていた」


「もおーっ、お姉さまったら、もおーっ」


 もおもおと牛のように不満を述べるレイミア。


「もう一回言うからねっ? 今度遊びに行く時に、お父さまとヘラお母さまも連れて行っていい?」


「……ん? え?」


 思ってもみなかった面子に、僕は驚いた。

 お父様はともかくとして、まさかの……。


「ヘラお母様もか?」


 ヘラお母様との関係は、依然として好転していない。

 実子でない僕のことがよほど嫌いなのだろう、事あるごとにお説教を垂れて来る。

 僕がレザードやロレッタ嬢などのハイカーストの人間と仲良くしてもいい顔をせず、星月姫せいげつき選びの学年代表に選ばれた話をしても、余計なことをするなと言わんばかりの口調で返事をするのみ。


 レイミアの場合はその活発さをうとまれ怒鳴られてばかり、当然いい印象を抱きよもうないはずなのだが……。


「うん……あのね? 最近ヘラお母さま、辛そーなお顔をしてるの。はーってため息をついたりねっ? 眉と眉の間をつねったりしてねっ? とっても大変そーなのっ」


「……だから遊びに連れて行って、元気づけてあげようと?」


「うん! そうなの!」


 なんだ、君は聖人か?

 一瞬そう思った。

 あれほど嫌われているのに、冷たく接されているのに、それでもなお仲良くしようというのか、元気づけてやろうというのか。

 君の魂はどれだけ優しく出来ているのか。

 

「……ねえ、ダメ?」


 上目遣いになり、僕の様子を窺ってくるレイミア。


「うっ……」


 まったくの善意から出た提案。

 そして愛玩動物そのものの可愛らしい動きに抵抗することが出来る者が、この世にどれだけいるだろう。

 僕にしてもそれは例外でなく、思わず口から賛成の言葉が漏れた。


「わ、わかった、いいよ。皆で一緒に行こうじゃないか」

   

「わあーっ、やったああーっ」


 するとレイミアは、席を立って喜んだ。

 両手を猫の前足に見立てて「にゃんにゃん、にゃんにゃん♪」と踊っていたのだが、その拍子にリンゴ飴をメイド服に落としてしまった。

 しかも、よりにもよっての白いエプロン部分に、毒々しいほどの赤みがべったりと。


「うっ……、ううううう……っ」


 まさに青天の霹靂へきれき

 さっきまで有頂天で喜んでいたレイミアは、わんわんと泣き出してしまった。 


「まっ……待て待て泣くなっ。大丈夫だからっ、リンゴ飴はまた買ってやるしっ、服のほうもなんとかしてやるからっ」


 僕は慌てた。

 レイミアのメイド服についた汚れを拭ってやり、辛抱強く語りかけた。

 そんな姿を見た生徒やその親御さんたちの好感度が爆上がりしたらしいが、その時の僕はそれどころではなかった。


 ともかくそんな風にして2日目は過ぎ、いよいよ最終日となった──

おーっほほほほほ! みなさまご機嫌よう!

西園寺・ドンクリスティ・龍子よ!


星月姫選びを前にしたアリア、久しぶりの休日。

だけどあらあら、レイミアが泣いちゃってるわ。


さて、そんなアリアの今後が気になる方は、下の☆☆☆☆☆で応援よろしくお願いしますね!

ブクマや感想もお待ちしておりますわ!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 猫耳メイドは可愛いですね! そしてレイミアさんも可愛いです〜
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