「猫耳メイド喫茶②」
猫耳メイド喫茶は予想以上の反響で、廊下に待機列が出来るほどの人気となった。
ひとグループ15分という時間制限の中で、生徒や親御さんたちが客として入れ替わり立ち替わりやって来て、ろくすっぽ休憩をとる暇すらない有様だ。
「……なんだ、君まで来たのか。同じクラスなんだから、大人しく裏方でもしていればいいのに」
「それはそれで悪くないがね、どうせだから接客してもらおうと思って」
すまし顔でそう言ったのは、午前中最後の客となったレザードだ。
「……君、それはこの喫茶のしきたりを知った上で言ってるんだろうな……?」
「もちろん」
しれっと答えるレザードは、楽し気に口元を綻ばせている。
「さて、メイド君。ご主人様が帰って来たわけだが、何か決まり文句があるんじゃなかったかな?」
「う……」
僕は呻いた。
他の人に言うのも当然恥ずかしいのだが、なぜだろうレザードに言うのはそれ以上の気恥ずかしさを感じる。
「うう……」
出来れば言いたくない。
言いたくはないのだが……。
「お、お帰りなさいませご主人様……お疲れでしょう。さて、お飲み物は何になさいますか…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………にゃん」
顔から火が出た。
そう錯覚するぐらいに顔が熱くなった。
いいかげん慣れたと思っていたのに今さら変な汗が出て来て、僕は耐えきれずにその場にうずくまった。
「わ、わ、笑うなら笑えっ。僕だって知ってるっ。こんなのやるようなキャラじゃないってっ。男勝りで女性らしい慎みの欠片も無い僕がこんなのやったって滑稽だってっ、皆がそれを笑うために来てるんだって………………だ、だ、だからってホントに笑うなああああああっ!」
見れば、レザードは口元を手で覆っている。
顔をわずかにそむけ、ぷるぷると震え、どうやら笑っているようだ。
「バカ! レザードのバカ!」
僕が憤慨すると、レザードは慌てて謝って来た。
「すまん、本当にすまん。いや、まったく悪気は無かったんだ。ただ本当に、純粋に衝撃で……。あ、言っておくが、決して悪い意味のではなくてだな」
「じゃあなんだって言うんだ。適当なことを言っても逃がさないし、許しもしないぞ」
僕が口を尖らせて訊ねると。
「良い意味の衝撃で……なんというか、満たされたというか……」
「……満たされた?」
予想していなかった言葉に、僕は眉をひそめた。
いったいこいつは何を言っているんだと思い、仔細に観察すると……。
赤くなった肌……わずかに発汗……きちんとこちらを見ない双眸……あれ?
こいつまさか……照れているのか?
「……ふうーん……なるほど、そういうことか」
やっぱりそうだ。
いつもの余裕しゃくしゃくな態度はどこへやら、レザードは照れて真っ赤になっている。
そうだそうだ、考えてみれば僕は18歳のお姉さんであり、大人びているとはいってもレザードはまだ14歳の子供だ。
何も過剰に恐れる必要は無いんだ。
「ふふふふふ……そうかそうか、そういうことか……」
ならばここは攻め時だ。
年齢差を生かしてマウントを取るんだ。
女医さんに言われた通りに、悪女らしく振る舞うのだ。
僕は立ち上がると、さっそく攻勢に転じた。
至近距離までレザードに近づくと、顔を覗き込むようにしながらテーブルの上にメニューを差し出した。
「こちらがメニューとなっております。さ、ご主人様。そんなに照れていないで、この中からお好きなものをお選びくださいにゃん。美味しくて可愛らしいお飲み物やお料理がいっぱいですにゃん」
「ほうそうか、じゃあこの『萌え萌え♡きゅんきゅん愛情たっぷりオムレツ』を、オプションの『尻尾ふりふりダンス』付きで」
「?????」
明らかに手慣れた注文の仕方に、僕は困惑した。
「おっと、飲み物も必要だな。この『白猫ちゃんのいたずらジュース』を、オプションの『肉球たぷたぷいたずら』付きで」
「ちょ、ちょちょちょちょっと待て……さっきと明らかに態度が違うんだが……っ?」
さっきまでの照れはどこへやら、レザードはニヤリ悪そうな笑みを口元に浮かべている。
……あれ? よく見ると、頬の赤みもウソみたいに薄れている……はっ? こ、こいつもしかして……っ!
「だ……騙したな!? 余裕がないフリしてウソをついて、僕を泳がせたんだなっ!?」
そうしてお姉さんぶって接客した僕を嘲笑ったんだ!
こいつ……なんて奴だ!
これが王族の権謀術数というものか!?
「なるほどな。ロレッタ嬢の言っている意味がようやくわかったよ。普段凛々しい君が、ふとした拍子に見せる弱さと初々しさ。これがギャップ萌えという奴なんだなと」
「お、おのれレザードぉぉぉ……っ!」
ぐぬぬと悔しがる僕を、レザードはいかにも楽し気に眺め……。
「メイド君。さあ速やかに任務を果たしてくれたまえ。あ、オプションも忘れないように」
悪魔のような笑みを浮かべながらそう言った。
おーっほほほほほ! みなさまご機嫌よう!
西園寺・ドンクリスティ・龍子よ!
珍しくからかう側に……は結局回れなかったわね。
まあこっちのほうが似合うけど。
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