「ディアナの堕ち方」
「ディアナが家を追い出されただと?」
思ってもみなかった言葉に驚いた僕がアレクに事情を訊ねると、どうやらこういうことらしい。
今回の不正行為について、レザードはその経緯のすべてを国王陛下に報告した。
元からペンドラゴン公爵と仲の悪かった国王陛下は、これを受けるとすぐに動いた。
季節ごとに行われる園遊会の席で、公爵のお付きの特級執事に話し伝え──それが巡り巡って公爵に伝わり──国王陛下の側近に伝わり──高貴な方々の複雑なご関係を経た上で、ディアナの身へと降りかかって来た。
それはもう烈火の如く激しいもので、しかもただの叱責では済まされなかった。
これまでの素行の悪さを考慮した上で公爵の出した結論は、ディアナをメイドとして他家に奉公に出すというものだった。
僕の世界の、たとえば中世イギリスにおいて、下位の貴族の娘がより高位の貴族の屋敷において行儀見習いの一環として奉公することがあったように、こちらの世界でもそういった風習はあるのだろう。
しかしまさか、爵位において王族に次ぐ公爵家の、しかもディアナは長女のはずだが……?
「……そんなこと、あり得るのか?」
「通常はあり得ないな。だが今回は、事情が事情だ」
そう答えたのはアレクではなくレザードだ。
「あまりといえばあまりの振る舞いに、ペンドラゴン公爵は危機感を覚えたのだろう。人間としての成長を促すべく過酷な修業を課し、しかもただの叱責では済ませないという意味で、他家へのアピールにもなる。実に冷静な、素晴らしいご判断だ」
『…………』
いや、さも当然のように言っているが、そう仕向けたのはきっと君だよな?
完全にどん引きした皆の視線など意にも介さず、レザードは澄まし顔だ。
「と、ともかくですわ!」
ディアナは、ここぞとばかりに苦情を述べ立てた。
「あなたたちのせいで、わたくしの人生は台無しになってしまいましたのよ! 家を追い出されて! 下級貴族の家に奉公に出されて! 朝から晩まで休む間もなく仕事をさせられて! 学園にはかろうじて登校させてもらえるけど、よりにもよってこの服だし! 本当にいい笑いものよ!」
下級貴族宅ではメイドや使用人たちにいたぶられ、学園では皆に後ろ指を刺され、とにかく大変な状態らしい。
「しかもパーシア嬢はなんの手も差し伸べてくださらないし! それどころかわたくしがこうなった瞬間、関係は終わり、みたいに無視されるし!」
パーシアは、ディアナが落ちぶれたと判断した瞬間、トカゲの尻尾切りよろしく容赦なく切り捨てたらしい。
派閥から追い出し、他の者にも一切関わらないように言い渡したのだとか。
「なるほどな……」
大いに納得した僕だが、ひとつだけ納得いかない部分があった。
「しかしどうして、僕らのことを?」
アレク曰く、ネズミみたいに窺っていたのか。
「パーシアから追い出されたのであれば、もう僕らの顔なんか見たくないというか、二度と関わり合いになりたくないものだと思うが?」
「……」
「……ん? どうした?」
「……ですよ」
ディアナが小声でぼそぼそ言い出したが、どうにも上手く聞き取れない。
「え? なんだ? もっと大きな声で言ってくれないか?」
「あなたの派閥に入れてもらえないかと、言ってるんですよ!」
……。
…………。
………………ええー。
「……本当に? 本気で言ってるのか?」
あまりのことに語彙を喪失する僕だ。
「冗談でなかったらこんなこと言いませんわよ! ついさっきまで敵対していた相手に頭を下げて、『仲間に入れてくれだなんて』!」
「いや、全然頭なんて下げてない気がするが……」
「じゃあはい! これでいいでしょう!?」
顔を真っ赤にしたディアナは、ペコリとわずかに10度ぐらい頭を下げた。
……まあつい先ごろまでは公爵令嬢だった身だ。下々の者に頼みごとをすることそれ自体が耐え難い屈辱なのだろうが……。
「そもそも、仲間に入ってどうしたいというんだ? 言っておくが僕らはパーシアのそれとは違って、変に偉ぶったり権力を振るったりとかそういうことはしないぞ?」
「べ……別にそういうことがしたいわけじゃありませんわ! ただわたくしは……」
ディアナが言うには、今まで他人に対して辛く当たってきたせいで、今まさに倍返しを受けているところなのだそうだ。
悪口を言われたり、足を引っかけられたり、ほとんどいじめに近い行為を受けているのだという。
僕の派閥に入って、それらの行為から庇護して欲しいということらしいが……うーん……。
「完全に自業自得では……」
「お、お願い! お願いします!」
即座に却下しようとした僕に、慌てたディアナは何度も頭を下げた。
10度、20度、30度と角度が急になり……しまいにはとうとう土下座までして頼んで来た。
「わたくし、これ以上の辱めには耐えられません……! 正直舌でも噛もうかと思うぐらいの……本当にそれぐらいの屈辱なんです! ですのでお願いします! お願いします!」
「うむう……」
涙ながらに頼まれると、さすがに哀れにも思えてくるが……。
「もし仲間に入れてくださるなら、パーシア派の内部情報を教えて差し上げますわ! ねえ、これならいかがですか!?」
「……ほう」
パーシア派の内部情報か。
たしかにそれは、今後戦いを進めていく上でとても重要な情報だ。
アレクは脳筋で、そういった情報の引き出しがまったく無かったからな。
いかにも陰湿な謀略が好きそうなディアナなら、かなりの部分まで食い込んでいそうではある。
僕はチラリとレザードに、次にロレッタ嬢に視線を送った。
「……ま、アリア嬢がいいならいいんじゃないか? おかしなことを考えたら即座に俺が、あらゆる方面からとどめを刺してやるし」
レザードはにっこり恐ろしい笑み(矛盾しているようで矛盾していない)を浮かべ。
「わたしも構いませんわ。メイド堕ちするとまではさすがに思っていませんでしたし、アリア様のためになる情報を持っているのなら有効に活用するのが良いかと思います」
僕のためになるならと、ロレッタ嬢はあっさり同意してくれた。
「なるほど、そういうことなら」
僕はふたりに対してうなずくと、地面に膝を突いているディアナの頭に手を乗せた。
「え……なんで撫で……あ、これ違うっ!?」
アイアンクローの要領で頭に乗せた掌にぎゅっと力を込めると、ディアナが悲鳴を上げた。
僕の腕を掴んで必死に引き剥がそうとしてくるが、当然そんなもので剥がせるわけがない。
「痛いっ、痛いっ、痛いっ!? た、助けて……」
「いいか? ディアナ」
苦しむディアナに、僕はゆっくりと告げた。
「もし僕らを裏切れば、その場でころ……制裁を加えてやる。大の大人でも泣き出すような、痛みの極地を味合わせてやる。それが嫌なら絶対に裏切るな。わかったか?」
「わか、わか、わかりましたあっ! わかりましたからこの手をおおおーっ!」
そんな風にディアナとやり取りをしていたら、いつの間にやらレザードやロレッタ嬢とのギクシャク感は無くなっていた。
まあ、こんな奴でも役に立つことはあるものだ。
おーっほほほほほ! みなさまご機嫌よう!
西園寺・ドンクリスティ・龍子よ!
ディアナがまさか、そんな目に遭っていようとは……。
やっぱり悪いことはしちゃダメね。
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